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王冠八旗 ①

 女帝ルーネフェルトが統治する『帝国』より遥か南方の海域に、九つの諸島から成り立つ大国がある。

 一人の国王と八人の大酋長だいしゅうちょうたちがそれぞれの島を領土とし、互いに交易し、冠を頂く王に忠誠を捧げていた。

 その南方王国の首都では、街そのものが巨大な港として繁栄を極めており、各島から訪れる人間で活気に満ちていた。

 しかし商人や積み荷を運ぶ船乗りたちの間では、例の船のことが度々話題になっている。

 そして、その船のことは、国王たるカスティエル・アラゴン三世の頭痛の種であった。

 玉座に腰を下ろし、大臣から手渡された報告書を黙読した齢四十半ばのカスティエルは怒りの余り顔を赤らめ、油気のある黒髪を逆立たせる。


「なんということだ! たかが海賊如きに余の財宝船を襲撃され、しかも積み荷を根こそぎ奪われるなどもっての外であるぞ! 誰ぞ悪逆の徒を成敗する勇者はおらんのか!」


 怒りのあまり玉座の傍らのテーブルに置かれていたワイングラスを床に投げつける国王の怒りに、衛兵たちも顔を伏せて口をつぐむ。

 カスティエルは額に手をやって深くため息をついた。


「余の財宝だけではない……この王国の商船の殆どが帝国の私掠船に襲撃されておるのだぞ。ヘンリー・レイディンとかいう薄汚い海賊の手によって、だ。それもこれもあの忌々しい小娘のせいだ。ええい、顔を思い出すだけでも腹が立つわ!」


「畏れながら陛下、外交部としても引き続き抗議を続けて――」


「手緩い! 一刻もはやく我が国の商船団を守り、賊を倒す手段を考え給え!」


 彼にとって最も痛手なのは財宝よりも種々の交易品を奪われていることだ。

 特に砂糖や香辛料は現在のところ南方王国が支配する島々で栽培され、半ば独占状態となっている。

 故に多くの国へ輸出して外貨を稼ぎ、国を豊かにしているのだ。

 しかし、そのためにはどうしても海上交通の要所であるマーメリア海航路を抜けなければならない。

 ヘンリー・レイディンの縄張りを、そして海域を封鎖するように徘徊している帝国の私掠船団を抜けなければならないのだ。

 並の船乗りでは到底成し得ない試練に挑んだ男たちは、今となっては海底に眠るのみ。

 護衛のために雇った傭兵船も一向に頼りにならない。

 何故ならばその半分が返り討ちにあって沈められるか、もしくはヘンリーの旗を見た途端に護るべき羊を置いて逃げ出してしまうからだ。


 かといって公に軍艦を派遣すれば、帝国を刺激し、全面戦争に突入しかねない。

 カスティエルはそれだけは避けたかった。

 帝国の兵力は南方王国を遥かに上回っている。

 故に、苛立っていた。

 ヘンリーの首にかけられた懸賞金も既に巨大な金額となっており、しかも彼を捕縛、もしくは殺害した者には爵位と領地をも与えると触書が至る所に出回っていた。

 だが名乗りを上げるものはいない。


 膨れ上がった私掠船団はその数を五十隻以上に広げ、略奪、密輸、違法漁業など、ありとあらゆる手段で他国の利益をかっさらっていた。

 今でこそ広大な海域に分散しているが、ヘンリーが一声かけるだけで五十隻を超える大船団が集結し、襲いかかってくる。

 正規の軍隊のように規律ある美しい戦いではなく、考えるに恐ろしい地獄絵図を描くであろう。

 ある者はこれを評した。


『もはや彼が率いる偉大な船団は海上に一国を成している』と。


 耳を傾けずとも民の不安の声は聞こえてくる。

 いずれは彼が大船団でもってこの都の港や島々を荒らしまわるのではないか、と。

 三年前、ヘンリーがリンジー島の住民を皆殺しにした事件は誰もが知っている。

 女も子供も容赦なく虐殺し、奪い尽くした悪行を思えば、安心して眠られる日々など遠い昔のことであった。

 八人の大酋長らも独自の軍隊を持っていながら対処には消極的だった。

 一人の皇帝と議会によって成り立っている帝国と違い、南方王国は一人の王とそれぞれの島の長が連合を組んで成り立っている。

 故に意見が割れれば国を容易に動かすことが出来ないのだ。

 国王カスティエルは大酋長たちの弱腰に幾度もため息を吐き、それでも民を守るため、悩み続ける。


 カスティエルにとって最も心やすらぐのが、家族と共に過ごす夕食時だった。

 銀の大皿に盛られた新鮮な果物や、特産の香辛料をふんだんに使った肉のスープなどを、最愛の妃や娘と味わう。


「あなた、近頃顔色がよろしく無くてよ? 少しお休みになられたほうが良いのでは?」


「そう見えるか? すまないな。心配をかけてしまって。しかし余は、この国を守る義務がある。休んではいられんのだ」


「お父様……ではせめて、次の安息日には、家族一緒に何処かへ出かけましょう。近場でもいいわ。遠くの海に出るのは怖いから、国内の綺麗なところへ」


「ああ、そうだな。それはいい。考えておこう」


 と、家族に対する返事もどこか覇気がなく、笑ってみせる顔にも暗い影が立ち込めていた。

 廊下に掲げられた父祖たちの肖像画と目が合う度に心が締め付けられる。

 たかが海賊にここまでいいようにされると、一体誰が予想出来ただろうか。

 そんなある日、彼の心を打ち砕く報せがもたらされた……。



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