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砲声 ②

 船乗り同様、軍人の朝は早い。

 甲高い起床ラッパの音色に叩き起こされ、今の今まで横たわっていたベッドの毛布を素早く折りたたむ。

 すかさず支給された白いパジャマから皺一つない軍服に着替え、同室の仲間たちと共に廊下で整列した。

 他の部屋からも同じように兵士たちが慌ただしく廊下に並び、背筋を伸ばして上官の到着を待つ。

 まもなく新兵の監督を任された歩兵少尉が従兵を連れて表れ、全員が一糸乱れぬ敬礼を送り、少尉もそれに応えて一つ一つの部屋をチェックして回った。

 ジョニーは辛くも審査をパスしたが、中には怒号と共にシーツを引き剥がされ、荷物を廊下にぶちまけられた新兵もいた。

 掃除の後は兵舎の庭で体操をし、朝食の後小休止を挟んで、早速にも戦闘訓練が始まった。

 ここまではいつもどおり。

 普段の訓練と違ったのは、練兵のための草原に設けられた司令部に、何故か昨日に酒場で出会った顔ぶれがいたことだった。

 当然、彼ら兵士には何も知らされてはいない。

 誰もが首を傾げていたが、訓練を怠れば制裁が待っている。

 ジョニーたちは司令部から目をそらし、射撃の的に向けて引き金を引いた……。


 一方、司令部では大変な騒ぎとなっていた。

 なにせ事前に連絡を受けていたのは、都から視察の者が送られてくるという情報だけで、具体的に誰がいつ来るのかは知らされていなかったのだから。

 港に私掠船が入港したことも腑に落ちなかった。

 女帝陛下の勅命を受けて都から遣わされた使者が、まさか海賊上がりの私掠船ということは無いだろう。

 と、高をくくっていた司令部の人間の予想が今まさに打ち砕かれた。


「御役目ご苦労様。早速だけど、訓練を視察させていただこうかしら」


 将軍と参謀の目の前に立つ金髪蒼眼の少女。

 服装こそ見窄らしい水夫のそれだが、全身から溢れ出る気品と威厳に勇猛な軍人たちも流石に恐れおののいた。

 しかも傍らには准男爵のヘンリーと、その右腕たる航海士ウィンドラスが控えているではないか。

 将軍に小突かれた参謀が丁重な態度で主君の前に歩み出る。


「畏れながら陛下、突然の御来訪につき、こちらは何ら歓迎の用意も整っておらず、また兵士たちも陛下に閲兵賜る心の準備が出来ておりません。願わくは、どうか一日のご猶予を……」


「いいえ、お気遣い御無用よ。むしろこれでいいわ。私は着飾り、阿り、偽りの姿なんて見たくないの。特に愛する兵士たちの素のままの姿が見たい。だから私を迎える宴も式典も閲兵もいりません。いつも通り、を心がけること。よろしくて?」


「か、畏まりました……」


 有無をいわさぬ女帝の言葉に参謀は引き下がり、交渉事に長けたウィンドラスが訓練内容や兵士一人ひとりの成績等が記録された書類を受け取った。

 そして一室の机を借り受けて真新しい羊皮紙に羽ペンで書写していくのを見届けたルーネが、司令部のテントから出て、丘の下で見事な戦列を維持する精鋭の訓練を見つめた。

 時折、直々に将軍を呼びつけて様々な質問を浴びせかける。

 それは多岐に渡り、訓練の内容や目的、想定された戦場と戦術、現在装備している武器の性能や使い勝手の良し悪し、更には装填から発射までの平均時間まで事細かく尋ねた。


「ははっ……陛下より賜りしブラウン・ヴィル・マスケットは、有効射程距離80ないし100メートル程度でありまして、一発の発射までに現在およそ30秒程度であります。他国の戦列歩兵が40秒でありますから、陛下にご満足頂ける練度かと自負して――」


「遅いわね……」


 将軍の自慢を切り捨てるように静かに呟いたルーネは、ニコリと微笑んで言った。


「1発撃つまでに20秒を目指しなさい。出来れば1分に5発の射撃を。今見ていたのだけど、兵士たちはどことなく妥協の色が見えるわ。もちろん、苛烈にしなさい、とは言わない。でも士気は高めて頂かないと困るわね? 練度もまだまだ上がるはずよ」


「も、申し訳ございません!」


 まもなく昼時が訪れ、訓練は休憩時間に入り、兵士たちは小隊ごとに自分たちの昼食の準備に取り掛かった。

 手頃な石を積み上げて簡素な竈を作り、火を起こして鍋を吊るす。

 そこに干し肉などを入れて人数分のシチューを煮込み、保存のきくビスケットにチーズなどを載せて食べ始めた。

 話題はもちろん、先ほどから丘の上で訓練の様子をジッと見つめる少女だ。

 何者か様々な憶測が飛び交ったものの、昨夜に酒場で彼女と会った面々の口から、あれは私掠船の見習いだという情報が囁かれていた。


「おい、おい、それは本当かよ、ジョニー?」


「うるさいな。僕が知っているのはそれだけだよ」


 ジョニーもその一人だ。

 同じ隊に属する同僚にも同じように言った。

 真実とは違うが、かといってすべて嘘でもない言葉ほど人は信じてしまうものである。

 食事を続けていると、丘の上にいた少女がジョニーたちに向かって歩み寄ってきた。


「訓練お疲れ様! 今からお昼ごはんよね? もしよかったら、私もご一緒していい?」


 互いに顔を見合わせるジョニーたちは迷惑そうにまゆを寄せる。


「おいおい、部外者は立ち入り禁止なんだぞ?」


「あら、将軍閣下の許可は頂いたけど? せっかく見学に来たのだもの。兵隊さんのご飯を一度食べてみたくて。それとも、昨夜に自分たちは帝国の精鋭だと言っていた兵隊さんは、女の子を悪し様に扱う紳士なの?」


 少々の煽り文句に黙っていられないとばかりに、ジョニーたちは態度を一変させて彼女のための席を開けて、手製のシチューを器に注いで手渡した。


「あまり美味しいとは言えないわね」


「そりゃそうさ。いつもいつも味気ない保存食ばっかりで、しかも食事時間が短いもんだから簡単なものしか作れないし、あまり沢山食糧を使ったら怒られる」


「野菜も少ないみたいね。なぜ?」


「さあね。でも野菜なんて、そこらの農家とか市場からすぐ手に入るし、別に気にしなくていいんじゃないの? 肉のほうが好きだし」


 などと笑ってみせる若い兵士にルーネは更に問う。


「でも、陸軍さんもいざってときは外国に出ていくでしょう? そこで野菜が手に入るかしら? 海軍では野菜の酢漬けとかを常備しているらしいけれど」


「冗談じゃないね。海軍の真似事なんて真平ごめんだ。草でも食っときゃなんとかなるって! なあ、ジョニー? お前いっつもまっすぐ兵舎に戻らずに道草食って帰るもんな!」


「うっさい! 余計なこと言うな! 大体、そっちも部外者なんだから要らない心配しなくていいんだよ」


「ふぅん……」


 と、意味深な反応をしたルーネは酒場同様に手帳にメモを取り、食事を終えた。

 司令部に戻ると将軍が怪訝な顔をしている。

 せめて食事だけはきちんとしたものを用意すると申告したというのに、彼女は即座に兵士と同じ食事を望んだのだから。

 半ば面子を潰されたような面持ちであったが、相手が相手なので苦言を呈するわけにもいかず、その意を察した参謀が遠慮がちに聞く。


「宜しかったのですか? 毒味も何もなく、兵の粗末な食事を召し上がって」


「私は自分の兵を疑うことはしないわ」


 彼女はひどく不機嫌な顔で一同を見据えた。

 やはり兵の食事が口に合わず、気を損ねたのかと危惧する司令部の面々の背後には、上級士官用の豪勢な食事が机に並べられていた。

 途端にルーネの口から火が噴き出す。


「私の愛する兵士たちに粗末な食事を与えておきながら、貴方達は一体どいうつもり!? 兵士の食事を知っておきながら自分たちは良いものを食べて恥ずかしくないの!? しかも肉ばっかり食べさせて! 野菜もしっかり確保しないとダメでしょうが! なぜ海軍と同じように野菜の保存食を作らないの?」


「り、陸軍には陸軍の兵站事情が……」


「お黙り! 末端の兵士でさえ海軍の真似事は真っ平なんて言うこと自体が、貴方達の普段の態度を表しているの! なにが陸軍には陸軍の兵站事情が、よ!」


 可憐な見た目に反して彼女の怒りは獅子の咆哮だった。

 烈火のような癇癪にすっかり縮こまった司令部一同に、彼女は静かに、そして低い声で告げる。


「命令。上級士官は常に兵士と同じ食事を心がけること。そして食事内容と休息時間の見直しをなさい。都に戻って陸軍大臣から正式に命令書を送らせるから」


「ははーっ!」


 そのようなことが起きていることなど露知らぬジョニーたちの訓練は、今日も日没と共に終わりを迎えるのであった。


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