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砲声 ①

 広大な新緑の平野に馬の嘶きが響き渡る。

 戦列を並べた歩兵の軍靴が大地にこだまし、軽快な笛の音と太鼓のリズムが空を揺るがせていた。

 誰の顔にも絶対的な自信と誇りが神妙な表情に表れ、彼らが等しく仰ぐ軍旗こそが、自らを右に出るもの無き精鋭と位置づけている。

 青地の旗に描かれているのは、背から翼を生やした甲冑の騎士。

 その右手には白銀の剣を携え、その左手には白い薔薇を握っている。

 天空の騎士の加護を受けた将兵たちを人々は呼び称える。


「栄光の白薔薇擲弾兵連隊ホワイトローズ・グレナディアーズ」と。


 純白のたすきが締められた青服ブルーコートの胸には、連隊員の証である白薔薇を象ったエンブレムが輝いていた。

 歩兵だけではない。

 それに随行する砲兵も、そして陸軍の花型である騎兵もまた、同じように無比の強者揃いであった。

 各連隊長の号令の下、野砲から放たれた砲弾が大地を抉り、歩兵の一斉射撃が標的として立てられた案山子の胸を穿ち、猛々しい鬨の声と共にサーベルや槍を振りかざす騎兵が蹂躙していく。

 その戦列歩兵の中に、未だ少年の面影を残す者がいた。

 陸軍士官学校を主席で卒業し、夢の帝都近衛兵になるべくして入隊したにもかかわらず、配属されたのが最前線で撃ち合う戦列歩兵であったという不幸を内心で嘆く。

 階級も士官ではなく、士官見習いの少尉候補生。

 やはり出身のせいだろうか。

 華々しい士官たちの殆どが貴族や将軍の血縁者、あるいは過去の戦いで武功を上げた古参兵。

 それに比べて自分は地方の農民の出。

 必死の思いで勉強し、士官学校に入ってからも人一倍努力を重ねた自負がある。

 あとは年齢か。

 二十歳そこそこの若造に与える地位など無いということか。

 努力は人を裏切らないというが、そんなものは大嘘だ。


「ジョニー・ウェリントン少尉候補生! ぼさっとするな!」


「はっ! 申し訳ありません!」


 小隊長の叱責で嘆きが沸々とした怒りに変わり、火薬と弾丸が詰まった紙袋を噛み切って銃口から注ぎ込み、装填棒で押し込めていく。

 あとは撃鉄を起こし、轡を並べる戦友たちと同じ動きで構え、引き金を引くだけ。

 ただそれだけの作業だ。

 問題なのは死ぬことくらいか。


 訓練を終えた夕方過ぎ。

 兵舎で夕飯を済ませた後に先輩や同期の仲間たちと、演習場近くにある町へ繰り出した。

 ジョニーたち陸軍兵士たちのために作られた町といっていい。

 必要な日用品や娯楽品は大抵手に入るし、ストレスを発散出来る酒場なども多かった。

 そこで杯を交わしながら愚痴を言い合い、上官の悪口を言って不満を解消する。

 今日も今日とて、ジョニーはカウンター席に腰を下ろし、腰のサーベルと先輩の絡み酒を鬱陶しく思いつつブランデーを味わっていた。


「にしても、海軍の連中にゃぁ困ったもんだぜぇ。なんでも南方王国と一発おっ始めようって噂だ。だだっ広い草原ならともかくよぉ、ジメジメした森の中を駆けまわるなんざ、俺達の仕事じゃねえ。おい、ジョニー、聞いてるのか?」


「はいはい、聞いてますよ、軍曹殿」


「よしよし。さあ、飲め」


 形式的にはジョニーのほうが階級が高いというのに、頼んでもいないのにおかわりを注いでくる軍曹に辟易してナッツを齧っていると、どこからともなく話し声が耳に聞こえてきた。

 反射的に声のする方向、店の隅にあるテーブル席の下士官たちの会話に耳を傾ける。


「よぉ、聞いたか? この近くの港に妙な船が一隻入ってきたそうだ」


「船? 商船じゃないのか?」


「カノン砲を四十門も積んだ商船があるとでも思うか?」


「なら軍艦じゃないのか?」


「ここは俺たち陸軍の縄張りだぞ? 海軍の船が入ってくるなら事前に通告があるはずだ。俺の見立てでは……ありゃ、私掠船だな。ならず者どもだよ」


「要は海賊だろう? 町に入ってきたらどうする?」


「そんときゃ、日頃の訓練の成果を見せつけてやろうぜ。何かやらかしたら俺のマスケットでズドンさ」


 と、片足をテーブルに乗せ、愛銃を構える姿勢を取った視線の先で店の押戸が開いたかと思うと、潮の香りを纏った隻眼の男が金髪の少女を伴って入ってきた。

 皆の視線がカウンターへ向けて歩く二人の背を追い、店主も珍しい客がきたものだと驚きつつも注文を聞く。


「いらっしゃいませ。何に致しましょう?」


「ラムだ。モヒートでな」


「私は蜂蜜酒。水割りで」


 我が物顔で居座る余所者に兵士たちは内心憤った。

 着任したばかりのジョニーは別段気にしなかったものの、隣で飲んでいた先輩兵士は二人に食って掛かる。


「あんたたち見慣れねえ顔だな。余所者だろう? 消えな。ここには余所者の席は無えよ」


 すると隻眼の男がパイプに火を灯しながら不敵に笑った。


「絡む相手は選んだほうが身のためだぜ? 仲良くしようじゃないか。こちとら喧嘩しに来たわけじゃない。まあお前さんがどうしてもって言うなら、相手になってやるがな」


「なんだとぉ?」


 サーベルに手をかけて席を蹴って立とうとした軍曹の肩をジョニーが掴む。


「先輩、飲み過ぎですよ! 落ち着いて」


 同時に男の伴をしていた少女も彼の上着を引く。


「ヘンリー、荒事は起こさないでってお願いしたでしょう?」


「俺からは起こさんよ。相手が起こしたときゃ知ったことじゃねえがな」


 と、ヘンリーは少女の髪を乱暴に撫で回してラムを飲む。

 すると噂にさとい兵士の一人が隻眼の男を指さして声を上げた。


「雨雲色の髪、そして隻眼! こいつはとんだ大物のご登場だ! 女帝陛下の私掠船、マーメリアの灰色狼、ヘンリー・レイディン卿じゃないのか!?」


 途端に店内の兵士たちがざわめきだす。

 絡んできた先輩兵士も一気に酔いが覚めたらしく、顔色が青くなり、傍らのジョニーもヘンリーをまじまじと見つめた。

 これが、かつて帝国と皇女を救った男か、と。

 士官学校でも、キャプテン・レイディンの名は知れ渡っていた。

 そんな有名人が目の前にいることに、ジョニーは少年らしく胸を高鳴らせると同時に、なぜこんな辺境の、しかも陸軍の演習場などに現れたのか疑問だった。

 傍らにいる少女は、秘書か見習いだろうか?

 首を傾げるジョニーの視線に気づいたのか、少女はニコリと微笑んでみせた。


「お若いのね。新兵さん?」


「まあね。そういう君こそ、僕とそんなに変わらないじゃないか。それにただの新兵じゃない。このエンブレムをよく目に焼き付けておくといい。僕は栄光の擲弾兵だ」


「フフフ……ここの部隊はどう? せっかくだし、お話を聞かせて欲しいのだけど」


 ジョニーは少し考えた後に、少女の隣へ席を移した。


「愚痴が殆どだけど、それで良いなら」


 先ほどまで先輩の相手をさせられた鬱憤を晴らすかのように、ジョニーは訓練で経験した苦い経験や、酒の勢いで、士官学校を卒業したのだから近衛兵になれるものと思っていたことなども喋っていた。

 普通ならば単なる若者のボヤキで済むところだが、少女はしきりに頷き、ときに手帳にメモまで取っていた。

 物好きな少女だと訝しむジョニーだったが、宿舎の門限もあり、結局その日は少女の名を聞くことも出来無いままに店を後にした。


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