新人 ②
水夫の募集は都の酒場でも行われていた。
航海士のウィンドラスが机を挟み、乗船希望者と面談している。
志願者の殆どが将来を悲観していた浮浪者や失業者で、中には海への憧れを抱く若者もいた。
その中で珍しいことに、船大工のキール翁がウィンドラスに紹介したい者がいると連れてきた。
「オッス! はじめまして! 船大工見習いのエドワードッス! よろしくお願いしまッス!」
エドワードは溌剌とした若者らしい態度でウィンドラスの前に立った。
短く整えられた茶髪が爽やかで、痩せてはいるが引き締まった身体と、隠してはいるが手のひらには努力の痕跡である血豆の跡が生々しかった。
「珍しいですね、キールさん。貴方が推薦とは」
「フン……儂もいい加減歳じゃけえ」
キールはぶっきらぼうに呟きながら酒を呷り、頼む、とでも言いたげに小さく手を振った。
エドワードもウィンドラスに向けて身を乗り出す。
「船のことは、おやっさんから度々聞いていました! オレ、まだまだ見習いだけど、おやっさんの助手として頑張るッス! どうか乗せて下さい!」
ウィンドラスは彼の熱意に気圧されつつも、キールの今までの功績や老齢を鑑みて、大きく頷いた。
「歓迎しよう、エドワード君。君のような若手は貴重だ。ただし覚悟はしておいたほうがいいと忠告しておく。特にうちの船長は、度々無茶なことをするからね。また後で船長と面会して貰う」
「了解ッス!」
そのほかにも力自慢の男や航海士の経験もある者を雇い入れることとし、船の掟が列挙された契約書にサインをさせた。
彼らは新しい人生に胸を高鳴らせているが、信心深いウィンドラスからすれば、自らの足で地獄へ勇み歩く彼らの正気を疑う。
かくいう己も敬愛する神のご加護で生き延びてはいるが、あるいは明日にでも海の藻屑となるかもしれないのだ。
それでも船を降りようと思わないのは、かつてヘンリーに命を救われた恩義も然ることながら、神を冒涜することも恐れないヘンリーの魅力に取り憑かれてしまったのかもしれない。
人の心を巧みに掴み、誑かし、欲望を操る彼の度量は、一種の呪いにも思えた。
事実、直接面識の無い赤の他人たちが、彼の名を聞いただけで集っている。
ウィンドラスとて一人の男。名声や名誉欲が無いわけではないが、ここまで差がつけられると妬みなど通り越して呆れるばかりだった。
他にも志願者が列を成して順番を待っている中、流石に疲れを覚えたウィンドラスは面接を中断して昼食を取ることにした。
ちょうど其処は食堂も兼ねた酒場であったので、皆が揃ってカウンターに座り、熱いハムエッグや羊肉のシチューなどで胃袋を満たしていく。
その間にも熱心な者はウィンドラスに自己アピールを続け、彼らの話に一々耳を傾ける我が身を嘲笑いながら、ウィンドラスは味気ない食事を咀嚼した。
粗方食事も済ませ、温かな紅茶で喉を潤す頃になると、話題は過去の武勇伝や航海の話に切り替わっていた。
その殆どが真実半分、嘘半分の又聞きの又聞きといった話ばかりで、当の体験者たるウィンドラスは終始苦笑していた。
時折、とんでもない尾ビレがついた噂話には訂正を挟み、質問には出来うる限り誠実に答えていった。
古から伝わる神話も、あるいはこのようにして話が大きくなっていったのかもしれぬと妙に納得していた時、酒場の戸が押し開けられた。
「ああ、船長。おかえりなさい」
「おーぅ。ウィンドラス、次の仕事が決まったぞ。で、そこに雁首揃えてる連中は何だ?」
ヘンリーが訝しげな顔で彼らを睨むと、志願者たちは一気に緊張して一様に背筋を伸ばし始めた。
「乗組の希望者ですよ。つい先程まで、私が面接を」
「ほう。手前ら、よりにもよって、この俺の船に乗りたいってのか? 命捨てる覚悟はあるんだろうな?」
「はい船長!」
誰に言われるでもなく、彼らは声を揃えて応えた。
ヘンリーはそんな物好きたちの顔を一つ一つ覗き込みながら、ゆっくりと足音を立てて歩く。
「この俺の船に乗りたい奴は乗るがいい。貴族だろうが、奴隷だろうが、俺の船では等しく扱ってやる。腕っ節が強いヤツ、悪運が強いヤツ、生き延びたヤツにはこの世の快楽を存分に味あわせてやろう。だが人の道からは外れて貰う。俺と一緒に地獄の底まで付き合って貰うぞ?」
一人の志願者が胸ぐらを掴み上げられ、狂気すら感じさせる彼の眼光に脂汗を滲ませた。
そしてヘンリーはおもむろに腰からピストルを抜き出すと、店の天井に向けて躊躇なく引き金を引き、弾を撃ち放った。
緊張状態にあった志願者たちの半分が驚いて身を屈め、胸ぐらを掴まれていた男も自分が撃たれたのではないかと錯覚し、瞼を強く閉じる。
するとヘンリーは捨てるように掴んでいた男を放り、硝煙が立ち昇るピストルを腰に仕舞いながら、告げる。
「今ビビった奴は帰れ。それ以外は契約書にサインしろ。言葉だけの臆病者は要らん」
上辺だけの強がりを見ぬかれ、己が存外に小心者だったことを思い知った脱落者たちは足早に酒場から去っていった。
残された勇敢な命知らずたちはこぞってサインを書き、早速乗船の準備のために各々の家や店に駆け出していく。
ヘンリーはウィンドラスの隣に座って自分の食事も注文した。
「船長、一人、紹介したい若手がいるのですが。キールさんの推薦です」
「あの偏屈爺さんが推薦だと? 明日は雪かもしれんな」
口の端を吊り上げるヘンリーの前に連れだされたエドワードは、先ほどの一件もあってか、ごくりと音を立てて生唾を飲み込んだ。
「ふ、ふ、船大工見習いのエドワードっス! お会い出来て、光栄であります!」
大声で挨拶するエドワードをちらりと一瞥したヘンリーは、注文した生焼けステーキを噛みちぎりながら応じる。
「お前、さっきビビらなかったな? 人を撃ったことが、あるか?」
「えと……一回だけ」
「喧嘩か?」
「おやっさんを馬鹿にしたヤツを。脅しのつもりが、つい」
途端、ヘンリーは面白げに喉を鳴らした。
「なる程な。あの爺さんめ、自分の弟子がよっぽど可愛いらしいぜ?」
「どういうことッスか?」
「お前さんも法律とやらは多少知ってるだろう? 人間が人間を故意に殺した時は、牢屋に打ち込まれて縛り首ってのが相場なんだよ。少なくとも陸の上で、カタギの内は、な。お前、もし都の警備兵どもにそれが知れたら……」
脅しの効いた声色でエドワードにことの重大さを説くと、彼はサッと顔を青ざめた。
その間にステーキを平らげたヘンリーが、口元にべったりとついた脂を拭きつつ、さらに続ける。
「まっ、俺の船に乗りゃ心配は要らんよ。なにせ悪党どもの巣窟だからな。船大工もそろそろ欲しいと思っていたところだ。せいぜい爺さんに鍛えて貰うんだな」
「は、はい!」
肝を冷やしていたエドワードは一転して顔を輝かせ、店を飛び出した。
ウィンドラスは若手を脅したヘンリーに苦言を呈す。
「船長、悪趣味ですよ?」
「くくく。船乗りってのはな、阿呆なくらいでちょうどいいんだよ。下手に知恵をつけると、あれこれ理屈をこねて命令に従わなくなるからな」
「ほう。では私はお払い箱ですか?」
「お前さんは例外だ。いてもらわんと困る。死ぬまで放してやらんぞ?」
「望むところですとも」
互いに絶対の信頼で固く結ばれた二人は、その後も酒場に入り浸って安酒に酔いしれた。




