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手土産 ③

 ヘンリーたちが何か大きな仕事をやろうとしている、という噂は出港した当初からキングポートの酒場を賑わせていた。

 基本的に一隻だけで仕事をこなす彼が船団を組み、しかも傭兵まで雇用するというのだから、人々の想像力が掻き立てられ、様々な憶測が飛び交っていた。

 普段は物静かな海猫亭でも荒くれ共がしきりに噂話を声に乗せ、カウンターの奥でグラスを磨く初老の店主は迷惑そうに視線をそむけている。

 中にはヘンリーが無事に戻ってくるか賭ける者たちもいた。


「バツだ。銀貨10」


「俺もバツに30だ」


「どうせ帰ってきやしねえよ。バツに20」


「てめえら! 全員バツじゃ賭けになりゃしねえ! よぉし、俺はマルに50だ!」


 いつ戻ってくるのか、本当に生きているのかさえ分からない賭けに無数の金貨が飛び交う。

 話は店の外にも伝染して次々に荒くれたちが一口乗っていく。

 いつしか掛け金は一万を超え、白熱する店の戸が五月蝿く蹴り開けられた。


「手前ら人の生き死にを賭けのネタにしやがって。誰だ! どうせ帰って来ないなんて吐かした奴は!」


「レ、レイディン……!」


 ざっと数えて三十人を超える街の不良や船乗りたちが一斉に恐怖の視線を彼に向け、彼の生還に賭けていた者たちは狂喜した。

 賭金を巡って喧嘩が勃発する中、カウンターの席に着いたヘンリーは指で店主を呼ぶ。


「いつものを頼む」


 こくりと頷いた店主は琥珀色のラムをグラスに注ぎ、彼に差し出した。

 ミントとライムが香るラムで喉を潤すヘンリーの隣に、早速土産話を聞きたがる連中がこぞって寄ってくる。


「で、今回の獲物は何だったんだ? 財宝船か? それとも敵の港か?」


「そう慌てるなって。すぐに新聞のトップを飾るだろうよ。お前さんが文字を読めるならな。ところで賭けには勝ったのか?」


「ああ! おかげさまで大儲けだ」


「そうかい。じゃあ、ここはお前らの奢りだな。ごちそうさん。オヤジ、ボトルでくれ」


 呆気にとられる一同を他所に、小気味よい音と共にコルクを抜いてグイッと傾けた。

 命からがら母港へ戻ってきたのだ。何よりも先ずは馴染みの店で生き返りたい。

 船は修理のために入渠中。

 少なくとも一週間はかかるとの見込みなので、久方ぶりにゆっくりと体を休めることが出来る。

 手下たちもたんまりと給料を支給されたので、生きていることを噛み締めながらこの世の快楽を味わっていることだろう。

 本来なら入港した船は領主であるフォルトリウ伯に一言挨拶するのが通例だが、そこはヘンリーのこと。

 挨拶など明日に回し、一杯引っ掛けた後は腹ごしらえをして抱き慣れた女と夢の中。


「と、その前に――」


 不意に立ち上がったヘンリーは、背後で未だに拳闘に勤しんでいる一団を睨んだ。


「この俺の死で儲けようとしやがった連中にお仕置きしてやらんとな」


 喧騒の最中へ飛び込んだヘンリーは、まるで軽い運動をするような気楽さで不良たちを店の床へ沈めていった。

 体も温まったところで店を出ると、悪徳の町並みが彼を出迎えてくれている。

 お世辞にも清潔とはいえないが、やはり住み慣れた古巣には愛着がわくもので、特にこのキングポートは表向きの領主こそいるものの、実質的にはヘンリーの王国といって差し支えない。

 道を歩けば名だたる悪党が道を譲り、あらゆる店が彼を丁重にもてなしてくれる。

 中には彼のおこぼれを狙って媚び諂ってくる小悪党もいたが、それらは大抵、彼に睨まれた途端に退散していくのが常だった。

 逆に金に目のない女たちは呼ばずとも体を寄せてくる。

 そこに愛もなければ情もない。

 故に心置きなく一夜の夢を愉しむことが出来るというもの。


「ヘンリー、今夜はうちに寄っていってよぉ!」


「そっちより、あたい達のほうが満足出来るってば!」


 両腕をしなやかな手に引かれたヘンリーは、娼婦たちの髪を辿々しく撫でてやる。


「悪いな、今夜は先約がある。また今度寄らせて貰うぜ。指名してやるから部屋空けとけよ?」


「もう、いけずなんだからぁ」


 寄ってくる娼婦たちをあしらいながら大通りを歩いていると、人混みの間から、クリムたち傭兵の一団が彼へ近づいてくる。


「よう、楽しんでるか?」


 するとクリムは少し戸惑ったような顔を浮かべた。


「あ、ああ……しかし船長、本当に良かったのだろうか? 契約金に加えてこれほどの報酬など」


 出航前に手渡した金と港に戻ってから支給した金額を合わせれば、傭兵を辞めても一生遊んで暮らせるだけの額を彼女たち全員が手にしていた。

 彼女たちからすれば、最初の契約金が正当な報酬であったのだから、受け取る理由が無いといった口調だった。

 ヘンリーはそんな彼女の額を指で弾く。


「俺の船の掟でな、船に乗った奴は身分を問わず俺の部下だ。たとえそれが貴族だろうが奴隷だろうが、長かろうが短かろうが、共に航海をしたからには平等に扱ってやる。お前さんたちも俺の船に乗った。だから、船長たる俺が給料をくれてやった。文句あるか?」


「い、いや……」


「だったら笑って貰っておけ。金はいくらあっても邪魔にはならんよ。それよりどうだ、泥臭い傭兵なんぞより、俺の船に乗らないか? ちょうど人手不足だからな」


 クリムたちは互いに示し合わせた答えを返す。


「遠慮させていただくよ。私達はやはり、地に足をつけていたほうが性に合っている。もう船酔いはこりごりだ」


「そうか。これからどこへ行く?」


「どこへでも、さ。北と言わず南と言わず、金と戦いがある場所へ。船長は……と、愚問になるかな。でも出来れば、貴殿と敵になりたくはないと思っているよ。あなたと出会えて良かった。私も自分の生き方を見つめなおしてみようと思う」


 差し出されたクリムの手を、彼は強く握り返した。


「達者でな。陸に飽きたら、また来い。いつでも乗せてやる」


 人は出会い、そして別れていく。

 少なくとも生きている上での別れならば、名残惜しくはあれど、またどこかで再会出来るかもしれないので心も重たくはない。

 傭兵と海賊。

 陸と海の隔たりを示すように、二人は背を向けあって、もはや振り返ることもなく雑踏の中へ消えていった。


 ふらりと熱気あふれる賭場を覗き見ると、早速儲けを倍にしてやろうと企む連中が身包みを剥がされ、店の外へつまみ出されている。


「畜生……っ! お頭ぁ、もう財布がスッカラカンになっちまったよぉ! なあ、頼むから貸してくれよぉ。次の航海で返すからよぉ」


 泣きついてくる下っ端水夫の胸ぐらを掴みあげ、そのむき出しの腹筋に銃口を押し付けた。


「馬鹿野郎、手前の財布の世話くらい手前でやれ。農園に豪邸と使用人がセットで買えるだけの給料をくれてやったんだ。そんなに欲しけりゃ金持ち商人をカツアゲでもするんだな。さもねえとボーナスとして鉛球を懐にくれてやる」


 たまらず下っ端は街の裏路地へ逃げていき、何かしらの手段で金を得なければ、この一週間は裸で過ごすことになるだろう。

 だがそんなことは彼にとって知ったことではない。

 彼は先約がある店へ足を運ぶ。

 そこは街で一番大きな食堂。

 戸を開け、店内で最も目立つ席には、既に船の幹部たちが席について彼を待っていた。

 略奪の後はこの食堂で歌い、踊り、そして胃袋を存分に満たす、レイディン一家の儀式。

 命がけの航海から無事に戻ってきた彼らは、今宵もいつものように、美酒と喧嘩に酔いしれるのであった。

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