強襲 ③
翌、正午。
ヘンリー率いる私掠船団がキングポートを出航した。
水夫のなかには泥臭い傭兵が同じ船に乗っていることに不満を抱く者もいたが、かといって文句を言えば船長に何をされるか分からないので口を噤んでいる。
一方のクリムたち傭兵団は、慣れない船の揺れと波しぶきにすっかり参っていた。
屈強な男が船の手すりに身を乗り出して胃の中のものを海に放出し、見かねたタックが背中を擦っている姿はなんとも奇妙なものだった。
ヘンリーは面白半分に傭兵たちの苦労を眺めつつ、後方に続くベッケルの船『アルバトロス号』を睨む。
互いにマストに掲げた旗と手信号で連携を取り、進路を南に保持していた。
砲の数は二隻合わせて70門、操船の人員を除いた戦闘員で数えるとおよそ300人。要塞を攻略するには心もとない戦力ではあるが、ヘンリーの胸の内には攻略のための青写真が描かれていた。
船員たちもキングポートでこの世の最期の豪遊を存分に楽しんだらしく、先日のように暗い顔をしている者は殆どいない。
人間、いざ死を目の当たりにすると腹をくくるもので、むしろ、どうやって要塞を攻略してやろうかと息巻く者すらいた。
士気は決して低くはない。
あとは彼らの支柱となる首領が、涼しい顔で堂々としていればよい。
ただ、他の幹部はいざしらず、この作戦の立案にも携わったウィンドラスは暗い顔のままだった。
「船長……率直に言って、成功の可能性は……」
「ウィンドラス、そこがお前さんの悪い癖だ。数字なんてものはただの目安。実際のところは人間の実力で決まる。俺はあれを落とす。そう決めたからには落とす。それだけだ」
一旦言葉を区切り、ヘンリーは思い出したかのように話題を変える。
「ところで海軍が提供してくれた海図は随分と役に立ったな。テーブル・マナーをお上品に勉強しているだけじゃないらしい」
「ええ。特に敵基地の大凡の地図が素晴らしいものでした」
長年に渡って帝国を悩ませてきたからには、海軍もそれなりの行動を起こさねばならない。
その一環として、商船に偽装した水兵たちが細かく測量したフェリペ島近辺の海図を作成しており、それが帝都に停泊している際に提供された。
砲台の位置や城壁の構造、そして島全体の地形などなどを参考に作戦を練ったのだ。
これでダメならもう諦めるより他にない。
清々しいまでに言い切ったヘンリーに、ウィンドラスは呆れるやら感心するやら、何やら複雑な表情を顔に浮かべた。
「そう暗い顔をするな。奇襲は俺たちの本業だ。参謀のお前がそんなんじゃ、皆の士気にも関わる」
「……そうですね」
船団は進路の秘匿のために航路を大きく外れ、サンゴ礁が広がる無人の諸島の陰を航行していた。
座礁の危険もあったが、出来るかぎりひと目につかないように動かねば奇襲にならない。
故に日中はゆっくりと島の間を進み、日が落ちて闇に包まれれば外洋に出て全速を出した。
月明かりの下、夜の当直に立ったヘンリーが星を観測して自分たちの位置を計算する。
風向きも良好で海も穏やかだ。
嵐の前の静けさ、ともいえる。
夜間の航海は昼間ほど慌ただしくはない。
人数も最低限に抑え、風向きに応じて帆の角度を調整し、舵を合わせ、一定時間ごとに星を観測。その繰り返しである。
後方のアルバトロス号も、グレイ・フェンリル号の船尾に掲げられたランプの灯りを目印に続いていた。
今は襲撃に備えてたっぷりと休息を取らせねばならない。
明朝には敵の海域に入るだろう。
突然巡視の軍艦に遭遇するかもしれぬし、運が良ければ何事もなく要塞へ近づけるかもしれない。
吉と出るか凶と出るか。
分が悪い博打ほど心が燃えるものだ、とヘンリーは一人ほくそ笑む。
難攻不落と呼ばれた要塞を陥落させれば、彼の名声と悪名は更に高まるだろう。
彼は決して地位や名誉を求めはしない。
だが己の名が畏怖の対象となることは満更悪い気はしなかったし、何よりも、自然と彼を慕う者たちが集まってくることが愉快だった。
ただの不良ならば願い下げだが、優秀な船乗りならば金貨1000枚に優る。
船を動かすのも人間、そして略奪して積み荷を奪うのも、人間なのだから。
そこに神が入る余地などはない。
祈りは無意味だ。
ただ力で生き残ることこそが海の掟であり、彼の揺るがぬ信条だった。
今回のことも又同じ。
ヘンリーは大きく欠伸を漏らすと、睡魔に誘惑されて眠りかけている見張りの尻を蹴飛ばして目を覚まさせ、闇に包まれた南の水平線を見続けた。
やがて空が徐々に白み始め、うっすらと空にかかる雲の輪郭が現れた頃。
夢の世界から目覚めた日中の当直員たちがポツリポツリと甲板に出てきた。
見張りたちが縄梯子を軽やかに登って見張り台に立ち、望遠鏡で遠方を確認する。
ヘンリーもウィンドラスに状況の引き継ぎをし、襲撃までに一眠りしようと思った、そのときである――。
「船が見えるぞぉー! 旗は南方王国海軍! 大型ガレオン!」
朝焼けの海に、砲火の硝煙が立ち昇ろうとしていた……。




