強襲 ②
出迎えの為に足を運んだ馴染みの面々は、重苦しい雰囲気に満ちたグレイ・フェンリル号の連中を前にして言葉を失う。
さながら今から絞首台へ向かうかのような陰鬱とした色が顔に濃く浮かんでおり、皆、思い思いの酒場へ赴いて、静かに心を酒に沈めていく。
普段なら馬鹿のように歌い、騒ぐはずの彼らが、互いにジョッキを乾杯していく様は、違う意味で街中の騒ぎとなった。
自然と街の連中の関心は船長のヘンリーへ向けられる。
船乗り仲間たちがしきりに尋ねた。
獲物に逃げられたのか、とか、また私掠免状を取り消されたのか、とか。
ヘンリーはそんな彼らの問いかけを一切合切無視して、同じく港に停泊している帝国の私掠船に乗り込んでいく。
私掠船の下っ端がいきなり乗り込んできたヘンリーに突っかかるが、その喉元を掴み上げられて完全に怯んだ。
「手前らの頭に話がある。ヘンリー・レイディンが来たと伝えろ、三下」
「へ、へい!」
慌てて船内へ駆け込んでいく下っ端水夫と入れ替わる形で、次々に荒くれ者どもが甲板へ飛び出してきた。
敵襲とでも勘違いしたのだろうか。
その手には斧やらカットラスが握られ、皆が殺気立った顔でヘンリーを囲む。
そんな彼らをヘンリーは毛ほども恐れず、むしろ上等とばかりにニタリと笑った。
続いて老練な私掠船長が現れた。
深い傷跡が刻まれた皺顔が妙な威厳を保っており、二人はお互いの顔を見るなり歩み寄って固く強い握手を交わす。
「よぉ、棟梁。まだしぶとく生きておったか」
「この俺がそう簡単にくたばるものかよ。あの日のことを忘れたか? 姫さん連れて帝都へ乗り込んだあの日を。えぇ? ベッケル・シュトルテよ」
「ガハハ! 忘れられるものか! おい、酒を持ってこい! 樽ごとだ!」
甲板に運びだされた酒樽の蓋を木槌で叩き割り、ジョッキでなみなみと掬って一息に飲み干す。
酔って我を忘れるような男たちではない。
老船長も、ヘンリーがいい儲け話に誘ってくれるものと期待しているようだった。
同じ帝国の私掠船ではあるが、独立で略奪をしているわけではなく、全ての私掠船はヘンリー・レイディンを首領とする私掠連合に属している。
老船長の船、アルバトロス号も例外ではなく、要するに、ヘンリーはこの老船長と手を組んで船団を組織しようと画策したわけだ。
人払いをし、甲板で二人きりになったヘンリーはベッケルに襲撃の概要を伝えた。
ベッケルは眉を寄せて歯抜けの口をぽかりと開けたまま固まっている。
「お前さんには二番手として強襲の援護をして貰いたい。襲撃は俺達が請け負う。あんたらは大砲を撃ちまくってくれればいい。略奪品は山分けだ。何か文句はあるか?」
「くく……ガハハハ! 相変わらずバカな事をやらかそうとしておる! 今度は帝都ではなく敵の基地へ乗り込むだと? 勝ち目などあるものか!」
さらにエールを喉を鳴らして飲み下すベッケルは、決意と共に膝を叩く。
「だが、あんたならあるいは、やってのけるかもしれん! わしもいい加減な歳だ。そろそろ引退しようと思っていたが、最後にでかい華を咲かせてくれようぞ。棟梁、あんたに賭ける!」
「おう、期待しているぜ。がぶ飲み屋」
結局二人で酒樽を空にした後、ほろ酔いを思わせぬしっかりとした足取りで、続いて島の領主であるフォルトリウ伯の屋敷を訪問した。
昔からの誼もあるが、女帝の他に彼へ積極的な出資をしているのは他ならぬフォルトリウ伯。
出資者には一応の挨拶をするのが筋目であるし、また、あわよくば彼からも更なる支援金をふんだくろうという魂胆であった。
「そうは言うがねぇ、船長ぉ。勝算はあるのかね?」
元来の小心者であるフォルトリウ伯は懐疑的に首を傾げた。
「あの忌々しい小島によって、我が帝国は南進政策を停滞させてきた。あれはまさに北の帝国と南の王国を隔てる楔だよ。へし折れば均衡が崩れ、異教徒共の怒りを買うことになろう」
「そいつが狙いよ。頼みとする楔を、たかが私掠船ごときにへし折られれば連中の度肝を抜けるだろうよ。俺は依頼をこなすだけだ。後のことは政治屋共の仕事だ。戦になろうが和平だろうが知った事かよ」
「もし戦になったとき……君はどうする?」
「そりゃお前、決まってるだろ」
ヘンリーは獰猛に顔を綻ばせて断言する。
「敵の国を根こそぎ略奪しちまうのさ。小麦一粒残らず、な。戦とはそういうもんだ。国という巨大な武装強盗団の奪い合いとなりゃぁ、より多く奪ったほうが勝ちだ。誰よりも多く奪ったやつが英雄だ」
「ウフフ、なるほどねえ。一々もっともだ。で、いくら必要なのかね?」
「そうさな。ざっと金貨2000枚寄越せ」
途端にフォルトリウ伯の顔がひきつった。
「にっ……っ!? 君はキングポートを干上がらせるつもりかね!」
「出すのか? 出さんのか?」
執務机に乗り出して顔を覗きこんでくるヘンリーに気圧されたフォルトリウ伯は、生唾を飲み込みながら小切手を取り出した。
「状況が状況だからキングポートから出すわけにはいかない。私の私財から、金貨500枚。これで堪えて貰えないかね?」
「チッ……まあいいだろう。手土産を楽しみにしていろ」
と、半ば引ったくるように小切手を受け取ったヘンリーは上機嫌で館を後にした。
港へ続く坂道を下りながら、金貨500枚の小切手を愛おしそうに眺める。
「本当は50枚で十分だったんだがな。儲かっちゃったぜ」
口笛を吹き、街の換金所で小切手を金貨に換えたヘンリーは、そのままの足でキングポートで最も大きな食堂の戸を押し開けた。
店内にはヴァイオリンやアコーディオンの軽快な音楽が流れ、船乗りも商人も美酒と料理で旅の疲れを癒している。
一方で、店の片隅に固まって座っている男たちの姿があった。
机の上に抜き身の長剣を置き、ピストルを磨くその男たちからは否応なしに血と硝煙の匂いが漂ってくる。
彼らは戦士だ。しかし仕える主人は常に変わる。
仕事に見合う報酬次第で敵となり、味方となる。
それが彼ら傭兵の生き方だった。
ヘンリーとは一風違う獰猛さを目に浮かべたその男たちは、自分たちに向けられる彼の視線に気がついた。
ヘンリーは気さくに歩み寄り、机の上に100枚の金貨が詰められた麻袋を放る。
「あんたらに仕事を手伝って貰いたいんだがな」
するとリーダー格と思しき赤髪の女傭兵が鋭い目でヘンリーを睨み返す。
「潮の匂いがする。だが海軍ではないな。商船乗りとも違う。となると……海賊か?」
「元、な。今は帝国の私掠船だ。これから一つでかい仕事をおっ始めるんだが、どうにも鉄火場に立つ人手が足らん。そいつは前金だ。無事に戻ってくれば、倍くれてやろう」
「私達は陸戦が専門だ。海で溺れるのは真っ平だぞ?」
「ハッ! こちとら海戦が専門でな。陸で土に埋もれるのも真っ平なんだよ」
陸と海の違いはあれど、不思議と似たもの同士は引かれ合うもので、リーダーはおもむろにトランプを一枚取り出して机に伏せる。
「図柄を当ててみろ。我々は運が悪い男とは組まない」
するとヘンリーは迷いもせずにトランプに指をかけた。
「神に嫌われた俺には、ジョーカーがお似合いって相場が決まってる」
と、トランプをひっくり返した彼の顔を、白い顔の道化師が嘲笑っていた。
他の傭兵たちが息を呑む中、彼らのリーダーがヘンリーに手をのばす。
「契約成立だな。私はクリム。今から貴殿が我らの主だ」
「ヘンリー・レイディンだ。ようこそ、俺の船に」
かくして着々と戦力を増強していくヘンリーは、酒に酔って歌い踊る部下たちを愉しげに眺めつつ、人知れず悪徳の町並みの喧騒へ消えていくのであった。




