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強襲 ①

 出港の朝を迎え、俄に港が騒がしい。

 岸壁に見送りの観衆が朝早くから集い、その中には海軍の水兵たちの姿も見受けられる。

 海軍と私掠船の隔たりこそあれど、現場の者たちからすれば、どちらも誇り高き海の男であることに違いはない。

 帽子を大きく円を描くように振って出航を見送る彼らに、ヘンリーもまた手を振って応えた。

 メインセイルが風をしっかりと掴み、グレイ・フェンリル号は海峡を抜けて広大なマーメリア海へ躍り出る。


 進路は南南西。


 一旦キングポートへ立ち寄るため、グレイ・フェンリル号は全ての帆を展開し、潮の流れに乗って持ち前の快速を活かしきっていた。

 航路には帝国の商船がぽつりぽつりと浮かんでおり、時折他国の商船も見受けられたが、今は無視してひた走る。

 敵の基地を叩くにはそれなりの人数がいる。

 しかし都で新たな水夫を募集するわけにもいかないので、荒くれどもの巣窟たるキングポートへ向かっているというわけだ。

 準備のための資金も帝国から援助を受けたので、人も物も豊富に揃えることが出来るだろう。

 国という強力な後ろ盾でもって悪事を働く私掠船の強みといえる。

 ただ、海軍からの人材の提供は即座に断った。

 今回の襲撃はあくまでも、私掠船の独断によるもの、というのが帝国の建前なのだから、その私掠船に海軍関係者が乗っていては台無しとなってしまう。

 やるならば徹底的に、そして大胆かつ冷静に、確実に、獲物を骨の髄まで喰い尽くす。

 それがヘンリー・レイディンの狩りだった。


 船の指揮所から水平線を睨むヘンリーはいつになく神妙な面持ちで、幹部たちが心配そうに見守っている。

 彼でもあのような不安な顔をするのか、と。

 暴風雨や軍艦を相手にしても狂喜を崩さぬ男が、ジッと黙りこんで水面を見つめている姿は滅多に見られるものではない。

 一体自分たちは何処へ向かうのかと疑念を抱く水夫たちに集合の号令がかけられたのは、作業が一段落して一息ついた頃合いであった。

 見張りを除く船員たちが指揮所の前に並び、ヘンリーは彼らの顔を一つ一つ覗き込みながら二、三周歩き、皆を挑発するように口の端を吊り上げる。


「この中に、自分の命が惜しい奴はいるか?」


 突然の問いかけに皆が怪訝な顔をする。

 一体うちの船長は何を言い出すのかと。

 今更この船に乗る者が、自分の命を惜しむことがあるものか、と。


「命が惜しい奴は正直に名乗り出ろ。もうすぐキングポートへ立ち寄る。そこで残るも降りるも手前らの自由だ。命が惜しい奴が乗っていても足手まといだからな」


「船長、俺たちはいつだって命を捨てる覚悟は出来てますぜ! もったいぶらずに教えてくだせぇ! 俺達は一体何処へ向かうってんですか!」


 古参の一人が声を上げた。

 ヘンリーは腕を組んで壁に背を預ける。


「今一度聞くぞ……俺と一緒に地獄の釜の底に付き合ってくれるんだな?」


「はい船長!」


 その答えを聞いたヘンリーは満足したようにパンッと手を叩いた。


「命知らずの阿呆どもよ。お前たちの決断を尊重してハッキリ言うぞ。俺達はこれから南方王国の最前線基地があるフェリペ島へ殴りこむ。堅固な城壁と無数の砲台、そして海には敵軍の船がうろついている。そこを俺たちが食い尽くすって寸法だ! オーケー?」


 途端、全員の顔が青ざめた。

 しかしギラリと光るヘンリーの右目に射抜かれた彼らの脳裏に、もしもここで怖じ気付けば船長に撃ち殺されるのではないか、という確信めいた予感が駆け抜け、何処からとも無く雄叫びが上がる。

 それは自ら死地へ赴く獣の咆哮、恐怖を狂気によって塗りつぶした叫び。

 一人から二人、そして三人へ、叫びは次々に伝染していく。

 船長に逆らって背中を撃ちぬかれるか、敵の砲弾で命を散らすか、ただそれだけの違い。

 ならば全てをこの男に賭けるのみ。

 今までもそうしてきたのだ。

 皇女と共に航海をしたときも、そして今回も、この男ならば必ずや港へ戻ることが出来る。

 そう信じるより他にない。

 タックが運んできたワインが各々の盃に注がれていく。

 ヘンリーは盃を掲げ、断固とした声で命令を下す。


「さあ、狼どもよ。共に往こう。その牙で敵の城壁を噛み砕け!」


「応!」


 一息に酒を飲み干した男たちは、天を衝くばかりの意気で仕事をこなし、グレイ・フェンリル号をキングポートへ向けて走らせた。

 航海計画を練ったウィンドラスやヘンリーに心酔している黒豹は別として、幹部たちの間にも少なからず動揺の色が伺える。

 コックのハリヤードは無言で包丁を研ぎ、船医のジブは治療器具やら調合した怪しげな薬の在庫を調べ、船大工のキールも珍しく甲板に上がって各所の点検に勤しんだ。

 皆、何か手を動かさねば気が気でないのだろう。

 大砲の整備も念入りに、砲弾と火薬の量も徹底的に皆に周知された。

 そうこうしている間に見張りが覗く望遠鏡にキングポートの灯台が映り込み、この世の最後の名残とでもいわんばかりの重たい雰囲気のまま、狼は母港へ帰還した。

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