表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/255

女帝 ③

綿菓子のように柔らかなベッドで一夜を明かしたヘンリーは、慣れない枕で凝り固まった肩をバキバキと鳴らしながら、寝室の窓から港の景色を眺めていた。

 白い海鳥たちがしきりに飛び交い、空には雲ひとつ無く、規律正しい水兵たちが軍艦に旗を掲げていた。

 黄金の剣を携えた人魚姫の軍旗だ。

 帝国の私掠船とはいえ、やはり海賊上がりの身としては見ていて気分がいい旗ではない。

 たとえ味方だとわかっていても、海軍は海軍、海賊は海賊。

 互いに追い追われる関係であることに変わりはない。

 帝国の海の矛である海軍からすれば、ヘンリーのようなならず者の私掠船が表立って敵国の船を襲撃しているのは面白くないことだった。

 しかし、海軍が表立って動けば、それこそ国家同士の争いの火蓋を切ってしまう。

 故に女帝は海軍を動かすことなく、彼ら私掠船を利用して敵国の通商を阻害していた。

 その中でも特に名が知れ渡った男は、やがてくるであろう出港の日を心待ちにしていた。


 出来れば宮殿という綺羅びやかな世界から離れたい。

 自分には不釣り合いな世界だ。

 血と硝煙の匂いにむせ返る、蒼き広大な世界こそが海の狼には相応しい。

 港での休暇も次なる略奪の準備期間にすぎない。

 既に彼のグレイ・フェンリル号は補給も終え、船体の修理も滞り無く完了し、自慢の牙を獲物の腹に突き立てる瞬間を待ちわびているように見えた。

 そんな彼の思惑を察してか、女帝からお呼びがかかった。

 場所は御前会議が行われる円卓の間。真紅の絨毯が敷かれ、部屋の中央に巨大な円卓が据えられて、天井に吊るされた黄金のシャンデリアが窓から差し込む朝日を反射して輝いていた。

 此処は国家の方針を決定する重大会議が皇帝の御前で行われる神聖な部屋であり、既に円卓には錚々(そうそう)たる面子が腰をおろしていた。

 

 帝国宰相ゲルハルト・アーデルベルト公爵。

 参謀総長クラウス・カールハインツ元帥。

 海軍少将ローズ・ドゥムノニア伯爵。

 外務大臣ヴァルター・ローゼン子爵。

 陸軍大臣フランツ・オットー男爵。

 海軍大臣ギュンター・ルフト男爵。


 そして、帝国私掠船団長ヘンリー・レイディン准男爵。

 

 ビューフォート騎士団に属するいずれの人物も帝国の中枢を担う重臣揃いであった。


「おはようさん、ご一同。お呼びにつき参上させてもらったぜ?」


 途端に場に居合わせた者達が様々な反応を露骨に顔に浮かべた。

 外務大臣ヴァルター・ローゼン子爵をはじめとした大臣らは露骨に顔を引き攣らせ、ローズは苛立った様子で席を立つ。


「遅いぞ。船乗りならば五分前には着座していろ」


「そう固いことを言うな。まだルーネの姿も見えんし、始まった様子でも無いからな。俺は俺のやり方でやらせてもらう」


 と、ヘンリーは無遠慮に席へ座ると、これまた傍若無人に両足を机の上で組んだ。

 あまりな態度に堪りかねた海軍大臣ギュンター・ルフト男爵が声を荒げる。


「ドゥムノニア少将、このような男が我ら『ビューフォート騎士団』の一員だというのかね!」


「その通りです。大臣閣下」


 即座に返答したローズの迷いなき言葉に大臣も押し黙る。

 が、当のヘンリー自身は訝しんだ。


「なんだその、騎士団とやらは?」


「女帝陛下が創設なされた、いわば帝国の軍事面を司る部門のことだ。当然、主体は陸海軍とそれに伴う外交関係者で構成されているが……」


 一旦言葉を区切り、半ば吹っ切れたように紅茶を飲み干して彼女は続けた。


「現状、貴様を始めとした私掠船団も我が国のパワーバランスの一翼を担う存在だ。その首領である貴様が騎士団に加えられたのも、然程不自然なことではない。認めたくはないが」


 するとヘンリーはさも可笑しげに膝を手で叩いた。


「そりゃ傑作だ。今まで散々追いかけましてくれた海軍が、俺達のようなならず者を仲間に入れてくれるとはねえ。ルーネも中々どうしてやるじゃねえか。ちゃんと手前のくにのことを考えてる。利用できるものはなんでも利用する。それが悪党であってもな。さすがは俺の見習いだ。心得ている」


 などと言い放ちながら、彼は円卓の中央に置かれていた果物の大皿を足で引き寄せ、器用に爪先でリンゴを宙に飛ばして手元へ収めた。

 果汁を飛ばしながら果実を頬張る彼は一転して肩をひそめる。


「だがな、俺は政治の話になんぞ興味はない。それに海軍の指図も一切受けん。俺の雇い主はあくまでも女帝だ。あいつの依頼なら聞いてやらんこともないが、少なくとも俺はあんたらの部下になるつもりは毛頭ない。それだけはハッキリさせておく」


 海軍大臣ギュンターと睨み合う険悪な空気に包まれ、陸軍大臣フランツは蚊帳の外に置かれ、外務大臣ヴァルターは頭痛に加えて胃痛に悩まされ、ローズも溜息を吐いている。

 見かねた帝国宰相ゲルハルト・アーデルベルト公爵が咳払いを鳴らした。


「コホン……間もなく陛下がお着きあそばされる。けいらも慎ましくあられよ」


 現在の貴族の筆頭格たる公爵にして帝国の内務を統括する宰相の言葉だけあって、皆が渋々押し黙る。

 そこへ侍従を引き連れた女帝が入室した。

 ローズたちが起立して迎える中、案の定、ヘンリーは座ったままである。

 しかし今の言葉を聞いた騎士団員たちは彼の無礼を咎めることも出来ず、ルーネもそれを当然のことと気にせずに、最も上座に置かれた玉座へ腰を下ろした。


「皆、お揃いのようね。では始めましょう。着座なさい」


 女帝の一声で一同が再び円卓に着いた。


「早速だけれども、昨今我が国に重大な外交問題が起きました。外務大臣から説明を」


 彼女から指名されたヴァルター・ローゼンが資料を片手に起立する。


「畏まりました。え~、先日南方王国より我が国に対して抗議文が親書として提出されたことはご存知の方もおられると思います。が、改めて抗議の内容を申し上げますと、以下の通りであります。貴国は海賊行為を容認し、南方王国の通商を著しく侵害せり。これに対処するため、南方王国はあらゆる手段を行使することを厭わない。とのことであります」


「あらゆる手段とは、どのようなものが考えられるか?」


「はっ……まずは、武力による威嚇、相手側の私掠行為、香辛料等の輸出禁止措置などが考えられます。最悪の場合は……国交断絶。その後は……」


 場に沈黙が流れた。

 外交官は言葉に出すことを憚って女帝に一礼して着座する。

 彼女自身も頬杖をついて思案を巡らせ、次に参謀総長をはじめとした陸海軍の長に問うた。


「参謀総長、もし開戦となれば、勝算は如何に?」


 軍の最高位たる元帥のクラウス・カールハインツが毅然とした態度で答える。


「我が精鋭の士気旺盛にして、陸海軍とも比類なき勇者が集い、また統合参謀本部に於いても先帝陛下の頃より南方王国を征伐する作戦計画は推敲に推敲を重ねております。勝算は十分にあるものと小官は考えまする。両大臣もご意見を」


「陸軍と致しましては、これまでの異民族征伐と違い、海を越えての戦となりましょう。異国の地での苦労は考えられますが、我が精鋭をもってすれば勝算は十分にございます」


「海軍としても、新鋭の重一等戦列艦の完成を間近に控えております。特に、ドゥムノニア少将麾下の第一艦隊ならば、自信を持って派遣出来ましょう」


 謙遜するようにローズが視線を下げ、女帝はさらにヘンリーに意見を求めた。


「あぁ、難しいことは良くわからんのだが」


 などと前置きし、ヘンリーは答える。


「経験上、喧嘩というのは用意ドンで始まるもんじゃない。言い争いから先に殴ったヤツが出て始まるもんだ。俺なら一撃で相手を黙らせるが、あんたらの立場ではそうもいかんだろう」


 横柄な態度に大臣らが憤激する。


「無礼な! 陛下の御前であるぞ! 元を正せば、貴殿の見境なき略奪が此度の軋轢あつれきを招いたのではないか?」


 するとヘンリーは机を叩いて笑い声をあげた。


「手前らは狩りをするときに一々獲物に見境をつけるってのか? 笑わせるな。海は喰うか喰われるか、だ。国も同じことだろうよ。殺るならさっさと殺らんと、こっちが噛み付かれるぜ?」


「静粛になさい」


 玉座から強い声色で一同を黙らせた女帝が立ち上がる。


「双方の言い分は尤もだけれど、民を預かる身として、無闇に争いを招くことは避けたい。けれど相手の言い分をそのまま受け入れることも国益を損なうわ。よってレイディン卿に一つ、女帝ルーネフェルトより仕事を依頼します」


「おう、なんなりと」


 女帝から新たに与えられた仕事に、その場に居合わせた者は勿論のこと、ヘンリー自身も驚きのあまり顔を引き攣らせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ