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出航 ④

 宮殿の一角に設けられた客間では、グレイウルフ号の幹部たちが丁重にもてなされていた。

 普段から気品ある行動を心がけているウィンドラスは上手く馴染んでいるものの、潮気プンプンの黒豹や、キャビンボーイのタックなどはそわそわとして落ち着きがなく、ハリヤードとジブに至っては寛げないと言って部屋から外出している始末だった。


「なあ、ウィンドラス! オレたちはいつまでこの部屋に居りゃいいんだよ?」


 暇を持て余した黒豹が尋ねると、ウィンドラスは読んでいた聖典を閉じて静かに応える。


「私が聞いた話では、戴冠式まであと一ヶ月だそうだ。それまでの辛抱だろう」


「タイカンシキってなんだ?」


 聞きなれない言葉に首をかしげた黒豹にウィンドラスは苦笑する。


「戴冠式は、つまり、皇帝となるために冠を戴く儀式のことだよ。誰が冠をかぶるのか、分かるね?」


「ルーネか? ルーネだろ!」


「そう。彼女は一ヶ月後、正式にこの帝国の長となる。その儀式に、私達が出ることになる。船長も含めてね。だからこうして大人しく待っているわけだよ。タックも紳士らしく振る舞っていないと、ルーネの晴れ姿を見逃してしまうぞ?」


「わかった! オイラ、ジッとしてる!


 と、一端の紳士を気取ったタックは鏡の前で髪を整え、襟を正して椅子に座ったまま動かなくなった。

 が、たまに部屋を訪れる使用人の少女たちを前にすると、途端に鼻の下を伸ばしてしまう癖だけは治らなかった。


 ウィンドラスはようやくルーネに関する事件が収束したことに安堵しつつも、これからのことを考えると一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

 彼女が戴冠式でヘンリーに何をもたらすのか、まるで想像が及ばないからだ。

 今やヘンリーは帝国にとって救世主に等しい。


 ただの海賊上がりの私掠船の船長が、である。


 褒美として領地やら地位やらを与えたとき、果たして他の貴族たちが納得するだろうか。

 反発が起きて、また宮中が分裂しないものか。

 などと自分には全く関係のないことをあれこれと深く考えてしまうのが彼の欠点ではあるが、ともかくも今はどうすることもできない。


 全ては皇女の胸の内。

 そして彼女から与えられるであろう名誉を、一体ヘンリーはどうするのか。

 ある意味でそれが一番恐ろしいのかもしれない。


「まさしく、神のみぞ知るといったところかな?」


 などと呟いたウィンドラスは、自分自身の緊張をほぐすかのように、タックを誘ってチェスに興じるのであった。

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