出航 ③
清潔な純白のシーツに包まれたヘンリーは、ベッドに身体を預けたまま窓から晴れ渡る空を見上げていた。
大公との戦いで脇腹を負傷し、包帯を窮屈に巻かれて息苦しいことこの上ない。
しかも医者には決して出歩いてはならないと釘を差されてしまった。
酒も飲めず、パイプも没収され、一日中ベッドに寝ているなど性分ではない。
他の仲間たちがどうなったのか気になって仕方がなかった。
何よりも船を失ったことが彼の心に大きな衝撃をもたらしている。
グレイウルフ号は帝都の港に沈んだ。
船体が中央から二つに裂け、マストの先端がかろうじて水面から上に出ている有り様だった。
引き揚げたとしても修理は無理だろう。
思えばあの船で随分と稼がせて貰ったものだ。
元がキングポートのフォルトリウ伯の所有物だったが、投資という名目で譲り受けた。
そこから自慢の速力を活かして略奪の日々を楽しませて貰った。
ルーネを乗せてからは何度も船の力で命を救われた。
もっとも、逆風に煽られて逃げきれなかったのは今でも悔やまれるが。
暫し物思いに耽っていると、宮殿お抱えの医師が部屋に入ってきた。
もう何度となく顔を合わせているので互いに遠慮もない。
「気分はどうかね?」
「悪くはないが、一服やりたいね」
「残念だがここは禁煙だ。我慢してくれ給え。しかし君の身体はどうなっているんだね? 今まで診てきた患者の中でも傷の治りがトップクラスだ。大したものだよ
「なあに、俺は神様から嫌われているんでな。死んで貰っちゃ困るんだろうよ。小奇麗な顔を引っ叩かれるからな」
「ははは! それだけ言えるなら心配無さそうだな。出席しても大丈夫だろう」
ヘンリーは訝しげに首をかしげる。
「出席だぁ? 俺が? 何に?」
「決まっているだろう? 皇女殿下の戴冠式だよ。法皇猊下も直々に参内なさる。君は殿下を帝都へ送り届けた英雄だ。出席は当然だろう」
するとヘンリーは勘弁してくれとばかりに髪を掻きむしった。
英雄などと言われて虫唾が走りそうだった。
そんな柄ではない。
悪魔だ、海賊だ、などと恐れられるほうが余程性に合っている。
「なあ、先生よ、今すぐ退院してもいいか?」
「ダメだよ? 殿下から決して逃がすなと厳命されているからね。諦めたまえ」
ヘンリーは舌打ちをしてそっぽを向いた。
段々と手段が強引になってきたが、一体誰に似たのだろうか。
などと苦笑するヘンリーはまぶたを閉じ、女帝となったルーネが一体どんな面を見せてくれるのかと密かに期待しつつ、暫し傷を癒やすために眠りに落ちた。




