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思慕 ①

 キングポートでも革命の火蓋が切って落とされていた。

 貧民街でその日暮らしをしている浮浪者たちが、反貴族を掲げる主義者や教会に救いを求めて蜂起した。

 華やかな悪徳の町は戦場へ姿を変えた。

 大通りでは飢えた貧民たちと博徒らが店のテーブルや椅子を盾に銃撃戦を繰り広げ、酔っぱらいたちは建物の屋根や屋上からそれを見物していた。

 主義者の隠れ家を襲ったヘンリーと黒豹も、まさに貧民街の中央からの強行突破を試みた。

 両手に武器を握りしめ、後から後から湧き出してくる薄汚い連中を切り伏せては港へ向かって走る。


「おい! こんなことならもっと大人数で来るべきだったんじゃねえの!?」


「うるせえ! 俺だってこんなことになるなんて思わんわ! それに、このほうが燃えるだろう?」


「へへっ、まあねっ!」


 荒くれ者の巣窟たるキングポートでも屈指の喧嘩上手といわれたこの二人。

 狭い場所での乱戦にも仕事柄慣れているため、その前進を阻める者はいなかった。

 やがて町に屯していた手下の水夫たちとも合流し、出港準備を彼らに任せたヘンリーは、丘の上の館へ走る。

 伯爵の私兵たちは全て防衛のために出動しており、扉を蹴り開けて階段を駆け上がり、部屋へノックもせずに押し入る。


「おい! フォルトリウ! まだ生きているか?」


 部屋の中では、相変わらずの白粉顔が呑気に自慢の宝石を磨いていた。


「やあ、船長ぉ。どうしたのかね? そんなに慌てて」


「おいおい、冗談だろう? 外の騒ぎが聞こえんか?」


「騒ぎ? 騒ぎといったかね? ははは、船長、この町で騒ぎが無い日などありえないのだよ。たとえ天地がひっくり返ろうとも、私は驚きはしないねぇ」


 自嘲にも思える薄ら笑いを口の端に浮かべていた伯爵だったが、急に真剣な眼差しをヘンリーに向ける。


「だが、騒ぎが起きてはならぬ場所で今、騒ぎが起きている。これはいけない。先程、帝都から脱出してここへ入港した商船からの情報だ。反乱軍によって帝都が陥落したそうだ。どうやら軍の中から裏切り者が出たらしい。共和主義者たちが宮殿の中へ入っていくのを見たそうだ」


「なにぃ! おい、ルーネはどうした! あいつは無事なのか?」


「殺されてはいないはずだよ。だがご無事であるとも限らない」


 そのとき繁華街の方から砲声が轟いた。

 博徒たちの陣地が吹き飛ばされ、貧民たちが繁華街へ雪崩れ込む。

 あとは暴力の嵐だった。

 店という店から食料や金銭が強奪され、娼館の女性たちが容赦なく暗がりへ引きずり込まれる。


「まったく、酷いことをするもんだな?」


「君が言えたことかね?」


「何を言う。俺は御国のためにやっていただけだ。免許の下でな。あいつらは無免許だ。俺とは大違いだよ。奴らはもうすぐここにも押し寄せてくる。俺はさっさと海へ出るが、お前さんはどうする?」


「気持ちは有り難いがね、もう船酔いは懲り懲りだよ。それに私はここの領主。これでも帝国伯爵だよ。他の国、他の土地で生きる気はない。私の墓場はここだけだ。さあ、もう行きたまえ。幸運を」


「そうか……じゃあな!」


 ヘンリーは部屋を飛び出すと、館の裏口から出た。


「あばよ、フォルトリウ……」


 彼は振り返ることなく港へ走る。

 そのすぐ後に、暴徒たちが館へ乗り込んできた。

 当然ながら館の調度品や絵画などは彼らの手に落ちていく。

 これでは話にならないと、彼らの中に混じっていた主義者の端くれが領主の部屋を訪れた。

 フォルトリウ伯は館を荒らされていることなど気にもかけず、斜に構えて宝石を磨き続けている。

 その姿には過激な主義者も唖然とした。


「ご自分の状況をわかっているのか?」


「ここは私の屋敷であり、私の部屋だ。主である私がどうしていようと勝手ではないか」


「その宝石は、我々民衆から搾取したものだろう! 伯爵の私財を全て没収し、領主の座から降りていただく!」


「断る」


 彼は即答した。

 磨き終えた宝石を小箱に戻し、上着のポケットに手を入れる。


「なるほど私は君たちが言うところの悪徳貴族だろう。こうして自分の地位と肩書と財力以外に何も誇ることが出来ない無能者だ。兵の指揮もお粗末で、船に乗れば酔いつぶれて役にたたない。しかし、私は私の義務から逃げるほど臆病ではないよ」


 ポケットの中に隠していた擲弾の導火線に、ロウソクの火が移された。

 導火線は非常に短く切られており、驚いた主義者や暴徒が逃げ出そうと身を翻す。


「帝国万歳……楽しかったよ、ヘンリー」


 最期に友の名を呼んだフォルトリウ伯は、館と共に爆炎の中へ消えた。

 ヘンリーはそれを船のタラップに手をかけたときに見た。

 何とか繁華街から逃げ出してきた手下たちが、大急ぎで出港準備に取り掛かる。

 係留索は斧で切断され、船体から突き出されたオールによって岸壁から離れた。


「港の外へ出るぞ! ウィン……」


 片腕であった航海士の名を口にしかけ、飲み下す。

 いない者の名を呼んだところで仕方がない。

 グレイ・フェンリル号は阿鼻叫喚の戦場と化した母港を立ち去った。

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