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誓約 ③

 日は沈み、真夜中になっても議会は紛糾したまま結論を出せずにいた。

 帝憲に従えば皇帝の退位や譲位は一度議会で承認された後に正式な詔書が下される。

 しかし帝国は有史以来、譲位こそあれど後継者を決めぬままの退位は無かった。

 更には退位の意向が皇帝自身ではなく、今も帝都を包囲している反乱軍の要求ともなれば前代未聞の珍事だった。

 宰相は陸海軍の大臣に意見を求めた。

 もはや反乱軍に対抗する術は無いのか、と。

 両軍の大臣は答えに窮した。

 彼らにはランヌ元帥の作戦を伝えられていない。


 同席した参謀総長カールハインツ元帥も発言しなかった。

 ここまではランヌの予想通りであったからだ。

 民衆の中には女帝を信奉する者も多い。

 もし殺せば彼らの支持を失い、かといって地位を認めれば革命は成し得ない。

 ならば退位を迫るのが妥当なところであろうと、ランヌは将軍たちに自説を述べ、それは現実となった。

 あとはどれだけ退位までの時間を稼ぐことが出来るか。

 退位を拒否すれば帝都を囲む者たちが暴徒となって雪崩れ込むことも有り得る。

 そのとき、もし女帝が八つ裂きにでもされようものなら……。


「宰相閣下、如何になさる?」


 帝国議会の長たるアーデルベルト公に皆の視線が集中した。

 彼はかつてない国難の当事者となったことを呪った。

 そしてこの国難にあって尚、議会の面々は意見を割って団結しようともしない。

 国も乱れるはずである。


「皆のもの、我らは帝国の臣であるぞ。臣たるものは君を守るが第一の義務である。今この大難にあって、優先すべきことは我らの身命ではなく、陛下の玉体であることは言うまでもない。たとえ我ら全員が反乱軍の手にかかって一族の血筋が絶えるとも、帝室の血筋だけは何としても守り抜かねばならぬ。よって……」


 アーデルベルト公は額に溢れる脂汗をハンカチで拭い、結論を口にする。


「帝国宰相として、陛下に御退位をお薦めする所存である。ただしその時期は熟考の必要があり、帝位の後継者も審議せねばならぬので、具体的な退位の日取りは後日検討したく思う。あとは皆の採決に委ねたい」


 場がしんと静まり返った。

 ある者は英断だと首を縦に振り、またある者は優柔不断と首を横に振った。

 アーデルベルト公がその考えに至った背景の一つに、もし退位した後のルーネの身分について、一庶民となる代わりに生命と生活の安全を保障すると首謀者のレオンが断言していたこともある。

 しかし、所詮は口約束に過ぎない。


 退位と同時に帝国議会は解散し、貴族はその身分と領地を失うことになる。

 良識ある貴族はそれもやむ無しと腹をくくっていた。

 だが、身分と利権に固執する一部の貴族たちは強硬に反対を唱え続けた。

 賊に領地を渡すくらいならば全員この場で自決し、帝国貴族の意地を見せつけてやろうと叫ぶ者までいた。

 そのとき会議室の扉が突然押し開けられ、室内に銃声が響く。


「困りますなあ、貴族の皆様方。そうして我儘ばかりを口にされては。だから反乱などされるのです」


 そこにいたのは、あろうことか、近衛軍団を率いているはずのドミニク・サンテールだった。

 彼は手に拳銃を握り、背後に数名の兵士を引き連れて、反対派の貴族たちに銃口を突きつける。


「貴様! 一体何の真似だ!」


 カールハインツ元帥が怒鳴ると、サンテールは勝ち誇った顔で口ひげを撫でた。


「お分かりになりませんかな? ではお答え致しましょう。私はこの帝国を見限ったのですよ。もはや帝国の運命は風前の灯火。滅びゆく国には何の未練もない。だが、彼らの側につけば私の身分は保たれる。これからは、このサンテールが総司令官として全軍を統括する!」


「痴れ者の、裏切り者め! 陛下を守護する近衛軍団の長ともあろう者が!」


「参謀総長、あなたも人を見る目が無いですな。ランヌ元帥の作戦も徒労に終わることでしょう。この国の、ブレトワルダ家の命運は尽きたのです!」


 如何に威勢のいい言葉を並べ立てたところで、いざ目の前に銃を突きつけられた反対派の貴族たちは怖気づき、席に座り込む。


「さあ、皆々様! そろそろ議会としての結論を出しましょうぞ! そして陛下に御退位を!」


 こうなっては採決をするまでもなかった。

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