崩壊 ③
同じく自陣に戻ったヴェルジュは参謀たちに戦端を開くことを伝え、手始めに歩兵の第一陣を前進させた。
重砲に砲弾が装填され、回転式のハンドルで仰角がついていく。
そしてヴェルジュの右手が攻撃開始の合図を下そうとしたとき、望遠鏡で敵軍の様子を見ていた参謀長が声をあげた。
「お待ち下さい! 閣下! あれを!」
号令を邪魔されて苦い顔をしながら望遠鏡を覗き込んだヴェルジュは、驚嘆のあまり叫ぶ。
「な、何ぃ!?」
軍団司令部だけではない。
敵を目の前にした最前線の兵士たちも目を疑った。
対峙した革命軍の戦列、その隙間からわらわらと現れて最前列に新たな戦列を組んだのは、なんとすべてが女性であった。
農婦や町の主婦、戦争未亡人、行く宛を失った浮浪者などなど、女性たちは兵士たちが構える銃口の前に進み出る。
そして彼女たちの手には、毛布に包まれた乳呑み子や、貴族の重税によって夫を失った悲しみ、戦死した恋人に対する想い、今まさに母に銃を向けている息子への言葉などなどが書かれた板が持たれていた。
「やつらめ、なんということを! 女や赤子を盾にするというのか! 恥を知れ!」
「ですが、考えたものです! 兵士たちに動揺が走っています! これでは士気が……」
「構わん! 撃て! 撃って追い散らせ!」
女性の壁に向かって重砲が火を吹いた。
異様な風切り音とともに飛来した巨弾が地面を抉り、数人の女性たちが吹き飛ばされる。
それを見た兵士たちは自然と震えた。
やめろと叫ぶ者もいた。
眼の前で母を失った者は泣き崩れた。
射程内に入り、連隊長が射撃開始の命令を出すも、殺意無き弾は何処かの彼方へ消えていき、実際に狙って撃つものはいなかった。
彼らは兵士である以前に、夫であり、息子であり、何より人間だった。
女性の壁が近づくに従って、軍団の前線が徐々に後退していく。
驚くべきことに逃げ出す女性は一人もいなかった。
一つには強烈な反貴族思想を持つ者を選りすぐった点もあるが、どちらかといえば、ここで逃げたところで彼女たちにはもう生きていく術など無いのだ。
稼いでくれる夫もなく、跡をついでくれる息子は戦死し、僅かな財産や手持ち金もすべて貴族による強制的な徴税によって取り上げられた。
逃げ道がないなら、主義者たちが甘い言葉で掲げる理想に救いを求めて進むしかない。
故に、誰がどう考えても間違っている戦術にも異議を唱えることなく砲弾に身を晒した。
全うな戦術では帝国軍には勝てない。
ならば禁じ手だろうが卑怯な手だろうが手段を選んではいられない。
そして素人でも命中を望める距離にまで肉迫したとき、ジョニーは攻撃命令を出した。
「撃て!」
女性の壁の背後に控えていた男たちが、彼女たちの肩に銃を載せて狙いを定め、一斉に引き金を引く。
他人にしろ、実の親子にしろ、撃たれた兵士がバタバタと血を流して倒れる様は、とても正気では正視出来なかった。
「ひるむな! 応射しろ!」
叫ぶ連隊長のすぐそばにいた兵が震えた声でそれを拒否した。
「い、いやだ……撃てません、撃てませんよ! あの中に自分の家族がいるかもしれないんだ!」
「貴様、何を甘ったれたことを言っている! 向こうは撃ってきているんだぞ! 貴様が身内であることも構わずにだ! 撃て! 撃たなければ敵前逃亡とみなして軍法会議に――」
すべてを言い終わる前に連隊長は狙撃を受けて戦死した。
兵よりも指揮官を狙え、とはジョニーが訓練の際に徹底して教えた単純な戦法である。
指揮官を失った隊は統制が効かずに士気も戦意も落ちていく。
矢継ぎ早に前線から送られてくる無残な報告にヴェルジュは地団駄踏んだ。
「ええい、どこまでも小癪な奴らめ! 歩兵はあてにならん! 騎兵を投入しろ! 左右から敵を切り崩せ!」
多少の距離を保って銃弾を撃ち合う歩兵と違い、ことに重騎兵は古代よろしく剣と槍でもって敵陣に突撃するのが専らの任務。
その性質からか騎兵は諸兵科の中でも特に狂気じみた連中が多く、勇気を通り越して蛮勇こそがモットーといってよかった。
甲高いトランペットの突撃合図と共に、騎兵連隊が馬上槍や騎兵剣を掲げ、猛烈な勢いで革命軍に襲いかかる。
「ゆけえ! 踏み潰せえ!」
どうせ方陣もまともに組めない連中だ。
騎兵突撃の威力のまえに為す術がないはずだ。
ヴェルジュ含め、その場にいた全員がそう確信したときだった。
「今だ! 槍を構えろ!」
ジョニーが後方に控えていた男たちに叫んだ。
同時に彼らは戦いが始まる前に荷車から下ろしていた長槍を両手でしっかりと握り、左右両翼に分かれて密集すると槍衾を作り上げた。
馬は鋭利なものを嫌う。
方陣は銃剣を馬につきつけてその恐怖心を刺激させるためにあるが、方陣を組むにはかなりの訓練を必要とする。
だが長い槍を構えて密集するだけなら特別な訓練はいらない。
騎兵の槍も剣も長槍の前ではとても届かず、足を止められた軍馬は長槍で突き殺されるか、騎乗している兵が頭を打たれて落馬するかだった。




