反乱 ⑤
前菜のサラダから始まり、根菜のポタージュスープや新鮮な魚介類のカルパッチョと、テーブルに種々の料理が順を追って並べられていく。
ローズはいつ本題を言い出すべきかタイミングを見計らっていたのだが、ヘンリーの野性的な食事に呆れて言葉も喉の奥に引っ込んだ。
戦勝祝賀会のときもそうだったのである程度予想はしていたが、こうしてすぐ目の前でやられるとさすがに口が歪む。
ヘンリーは料理の皿を掴むと傾けつつフォークで自分の取り皿に料理を滑り落とし、あとは音を立てることなどお構いなしに突き刺しては口へ運ぶ。
パンも素手で鷲掴みにすると直接齧っていたし、ボトルのワインも既に半分以上が消費されていた。
「ああ、旨い。さすがに金持ちが喰う飯は違うな」
口周りの汚れや食べかすを舌で舐めとる彼に流石に黙っていられなくなった。
「おい、少しは品というものを考えろ。私の食欲まで奪うつもりか、貴様は」
「何を言ってる、作法や礼儀なんてものは単なる見栄っ張りに過ぎんよ。飯はただひたすらに喰えばいい。それが作った者に対する礼儀ってものだ」
「相変わらず大した詭弁だな」
「詭弁もまた立派な論理さ。それより、メインが来たぞ」
空いた皿が片付けられ、ローズには大ぶりの海老のクリーム煮込みの器が、ヘンリーには毎度お馴染みのブルーレア・ステーキが熱い鉄板に乗って運ばれてきた。
しかも、一枚では足りないと言って三枚も重ねられているではないか。
ナイフで切ると真っ赤な肉から肉汁が流れ出した。
「もう少し焼いたほうがいいのではないか?」
「肉はな、生に近いほど旨いんだよ。航海中は散々乾ききった干し肉ばっかり喰わされてるんだ。陸おかにいるときくらい肉汁を飲ませろ」
同じ船乗りとしてはこれに反論する余地もなく、ため息交じりに首を振りながら、ローズも自分の料理を味わうことにした。
メイン料理も半分ほど胃に収めた頃になると、店内の客はヘンリーとローズの二人だけになっていた。
それを計ってか、唐突にヘンリーが切り出す。
「で、何か話があって呼び出したんだろう?」
「なんだ、覚えていたのか。てっきり忘れているものかと思っていたぞ」
「余計な言葉は要らん。大体の察しもついている。アイツのことだろう?」
「陛下とお呼びしろ……と、今はいい。その通りだ」
ローズはルーネが聖堂教会に対して敵意を向けていることを語り始めた。
教会に対する高圧的な要求と、法王よりも皇帝の方が格上であることを思い知らせるために動いていることなども彼に教えた。
これには流石にヘンリーも食事の手を止める。
「……確かか?」
「御本人の口からしかと聞いた」
「危険だな」
「大いに危険だ。陛下の安全のため、何か我々に打てる手段は無いものか」
腕を組んで唸るローズであったが、ヘンリーは怪訝な顔で彼女を見ていた。
「お前さん、何かとんでもない勘違いをしちゃいないか?」
「なんだと?」
「俺が言っている危険ってのはアイツのことじゃない」
「では誰のことだ?」
「俺とお前のことだよ」
彼の物言いにローズはキョトンと目を見開く。
その様子にヘンリーは、やっぱりか、と呟いてテーブルに肘を載せて身を乗り出す。
「教会の連中からすればアイツがやろうとしていることは弾圧だ。それを阻止するにはアイツの気が変わるように根気よく説得するか、地位を奪うかのどちらかしかない」
ローズは同意して頷く。
「だからこそ、陛下の御身に万が一のことがないかと憂慮しているのではないか」
「ああ、それも分からんではないが、そいつはだいぶ先の話だ。いや、むしろアイツの身の危険はこの際考えなくてもいい。曲がりなりにもアイツは皇帝だ。皇帝に手を出したら堂々と討伐されるからな。教会は神の権威とやらを最大の武器にしている。貴族でも軍隊でも信心深い生真面目ものは少なからずいるだろうよ」
喋りながら二枚目のステーキを平らげ、三枚目にナイフを入れていく。
「で、だ。神の権威や罰よりも、アイツの考えを優先する人間が教会にとって一番厄介なのさ。しかも熱狂的な信奉者で、いざとなれば死ぬことさえ厭わずに食らいついてくるような奴が」
「なるほど。それで私と貴様がその候補というわけか。しかし、少し極端にも思える。もし教会が我々に手を出したとして、それが露見すれば、それこそ討伐の大義名分を与えることにならないか?」
「そこはほら、便利な言葉があるだろう? 事故ってやつが。あるいは狂信者をけしかけるか。いずれにしても、俺たちの知らんところで何かが動き始めているのは間違いない。こいつばかりは戦争よりも難しいぞ。一番安全なのは連中の手が届かん海に出ることだが……」
最後の一杯をグラスに注いだとき、俄かに店の入り口が騒がしくなった。
厄介な客でも押しかけてきたのだろうか。
話に水を差されたことに苛立った二人の視線が店員たちに囲まれた男に向く。
そして二人のテーブルの近くに何か黒い塊が転がってきた直後、店内が爆風と火炎に包まれた……。




