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反乱 ①

 ルーネは怒りのあまり、手にしていた紅茶のカップを床に投げつけて粉々に砕いた。

 机の上には今しがた読んだランヌ退役元帥からの密書が広げられ、それは彼の信頼厚いシャルル・ケレルマン大将を経由して彼女のもとへ届けられた。

 深蒼の瞳に紅蓮の猛火が燃え盛る様は何者も近づき難く、いつものように呼び出された宰相アーデルベルト公と法務長官は知らず知らずのうちに部屋の隅のほうへ逃れていた。

 机に積み上げられていた書物やソファのクッションに当たり散らし、ようやく席に戻ったルーネは激しく息を乱れさせて、生唾を飲む二人の重臣を手招きする。


「ヴィルシュタット伯を、直ちにここへ召し出しなさい! 薄汚れた面を私の前に引っ立てなさい!」


「畏れながら陛下。すでに急使を遣わしましたが、伯は重病で床に伏せておるとのことで……しかもヴィルシュタット家は皇祖の代より続く名門で御座いますゆえ、ここはどうか穏便に」


「だから何だっていうの! 重病だろうが名門だろうが、皇帝の勅命なのだから縄で縛ってでも連れてきなさい! 私の愛する民を苦しめ、不正な税を取り立てたなど万死に値する大逆罪ではないの!」


「ほ、法務長官より申し上げます。帝国法においては各地の統治は領主たる貴族の裁量に委ねられております。また伯は戦時のこと故に不本意ながら臨時で徴収したと申しておりまして、決して陛下の御意に背くつもりは無かったと書面で釈明を……」


「単なる紙っきれで真意などわかるものですか! 私を愚弄するなら爵位と領地は没収!」


「そ、それでは地方の統治者が空白となりますぞ!」


「だったら地元の民から優秀な者に爵位を与えるまでよ!」


「な、なんと! 功績なき平民に無闇に爵位を与えるなどなりません!」


 するとルーネは両手で机を強く叩いた。


「ああ、もう! アンタたちでは話にならない! 来ないというならそれでいいわ。この私が直接出向いてやるまでのことよ! あの男に直接罪の重さを思い知らせてやる! 爵位と領地は没収! 当主は死刑!」


 重臣たちが制止するのも一切無視し、ルーネは皇帝用の軍服を纏い、二十名の近衛兵を護衛につけて四頭牽きの馬車を走らせた。

 護衛兵は馬車を囲むように軍馬を駆り、真っ直ぐにヴィルシュタット伯の領地へ猛然と迫る。

 全速で走らせたので半日とかからなかった。

 馬車から降りたルーネは近衛兵を伴って町に入る。

 住人たちも一体何事かとざわめき、館の門前に至ると銀の胸甲をつけた衛兵が立ちはだかる。


「お、お名前と、ご用件を……」


 突然のことで衛兵もついいつもの対応をしてしまい、それが近衛兵の怒りを買う。


「無礼な! こちらにおわす御方をどなたと心得る!」


 長剣をちらつかせる近衛兵らの殺気に気圧された衛兵たちに、ルーネが一歩進み出る。


「名はルーネフェルト・キャロライン・ブレトワルダ。高貴にして偉大なるヴィルシュタット伯爵閣下はいらっしゃるかしら? 畏れ多くも是非とも謁見賜りたいのだけど?」


 ありったけの嫌味を込めて彼女が名乗ると、衛兵たちはすっかり腰を抜かし、逃げるように館の中へ引っ込んだ。

 すかさず近衛兵に扉を開けさせて中へ押し入る。

 使用人たちは逃げ惑い、その中に紛れようとした執事を見つけた近衛兵がすぐさま捕えた。

 ルーネの前に引きずられるや執事は跪く。


「へ、陛下! ご機嫌麗しゅう……」


「麗しいかどうかはさておき、伯爵は何処? 寝室かしら? 重病と聞いて御見舞にきたのだけど? はやく案内なさい」


「そ、それが……それが……」


 しどろもどろになる執事の顎を、ルーネの腰に吊るされた白銀の剣の鞘尻が持ち上げる。


「皇帝に偽言を弄せばその首が飛ぶけれど?」


「ヒッ……お許しくださいませ! 伯爵は只今、この館にはおられません!」


「では何処にいるの?」


「領内の森に、その、狩りに出かけられました……」


「そう……すぐに馬車で向かうわ! それと伯爵に加担した者を悉く捕えなさい!」


 伯爵の私兵であっても、流石にルーネの命令に背くことは出来なかった。

 館の衛兵たちは執事をはじめとした伯爵の側近を拘束し、その間にも、ルーネは伯爵の狩場である森へ向かう。

 伯爵もまさか獲物を追う自分が、獲物として追われているとは夢にも思っていなかっただろう。

 木々の間に響き渡る猟銃の残響を辿っていくと、よくも重病などと言えたものだ、と呆れ返るばかりに壮健なヴィルシュタット伯が護衛の私兵と使用人を引き連れて狩りを楽しんでいた。


 今しがた仕留めたキツネを誇らしげに手に取ると、これはマフラーにでもしようか、などと呑気なことを言ってゲラゲラと笑っているではないか。

 流石にルーネの堪忍袋の緒が切れた。

 もし彼が本当に病であれば多少の情けをかけてやろうと思っていたが、そんな甘い配慮などは彼の笑い声によって木っ端微塵に吹き飛んだ。


「よくもそんな笑い声が出せたものね! この卑劣漢!」


 突然背後から怒りに満ちた少女の声が聞こえ、興が削がれた伯爵は酷く不機嫌に眉をひそめる。


「誰じゃ! 余の愉しみに水を差すとは、帝国伯爵に向かって何たる無礼な物言いか!」


「そなたこそ……帝国最高権力者に向かって一体どんな物言いをしているのかしら?」


 館の者たちがそうであったように、伯爵もまた、予期せぬ彼女の登場に色を失った。

 良くも悪くも古風な貴族である彼は、帝位にあるものは都の玉座から一歩も動かぬものと信じて疑わなかった。

 どうせ木っ端な使者を送りつけてくるだろうが、仮病と威厳で追い払ってくれる、と周囲に威張り散らしていた。

 完全にルーネの人柄を見誤っていた伯爵はただその場に立ち尽くすばかりで、言葉にならぬうめき声を繰り返すばかり。


「何してるの、下僕。さっさと跪きなさいよ」


 一発の銃声が周囲にこだまし、伯爵の足元の地面が小さくえぐれる。

 ルーネの手に握られたピストルの銃口から白い煙が立ち昇り、風が吹くと、それが伯爵の顔をなで上げた。


「は、ははーっ!」


 我に返り直ちに臣下の礼を取るも、すでに彼の命運は尽きていた。


「ヴィルシュタット伯爵……そなたは私の命に背き、法を犯し、我が民を嬲った。この罪は万死に値する。ヴィルシュタット家の爵位と領地を没収し、大逆罪の罪でそなたに死を与える」


「陛下! それはあまりといえばあまりで御座います! 臣めは帝国の勝利の為に――」


 必死の弁明をしながら彼の左手が猟銃を掴むや、その銃口がルーネの白い顔に向けられた。


「小娘、覚悟!」


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