休日 ②
周囲の重臣たちは戦の勝敗も然ることながら、このままでは主君の心身が壊れてしまうのではないかと危惧していた。
特に宰相アーデルベルト公は大臣の中でも女帝と接する機会が多いため、彼女の疲れの程も心得ており、医師からも休みが必要と再三に渡って進言を受けていた。
無論、今までにも彼女に休むように奨めてきたが、その度にあれこれと言いくるめられて追い返されていたのである。
また宮殿のあれこれを取り仕切る宮内長官も胃を痛めていた。
そこで彼は女帝が公開処刑の後で眠っている間を見計らい、議会の名目で大臣と各部の長官、そして上院議員たる大貴族らを招集し、全員の同意を得た上で、彼女が目覚めた頃合いに執務室を訪ねた。
「陛下、アーデルベルトめに御座います」
「ああ、爺や? お入りなさい」
「はっ、失礼致します」
入室したアーデルベルト公はあきれ返った。
睡眠から目覚めたばかりだというのに、もう書類に向き合っている。
ここ最近では食事も疎かで、サンドイッチだとか麦粥だとかマッシュポテトだとか、まるで市井の労働者のごとき食事内容だった。
無数の大皿に囲まれる宮廷料理とまでは言わなくとも、せめて数枚の皿と器を相手にしてもらいたいものだと溜息が零れそうになった。
宮殿の料理人たちも腕を持て余すと嘆いていると聞く。
それだけに不退転の決意も固くなり、一枚の上奏文を提出する。
「これは?」
「嘆願書で御座います」
「嘆願書? 誰から?」
「私をはじめとする、臣一同からで御座います」
途端に彼女の目が丸くなった。
「おかしなことをするのね? こんなものを出さなくても、願いがあるなら何なりと直接言えばいいじゃないの。それとも国に関わる余程の重大事なのかしら?」
「はい、陛下。重大事でございます」
「何事なの? これは後で目を通すから、爺やから説明して頂戴」
「かしこまりました」
アーデルベルト公は一度息を整えた後に、決然とした態度で言い寄る。
「陛下、向こう一週間、あらゆる御公務を一切お休みして頂きたく、臣一同、伏して願いあげ奉りまする」
「……え?」
国家の一大事だから何事かと思えば、突然仕事を休めなどと言われ、さすがのルーネも困惑して幾度も瞬きを繰り返す。
「ちょ、ちょっと爺や、もしかして聞き違いかしら? え? 向こう一週間休めですって?」
いつもならここで言い返されるところを、アーデルベルト公は必死に、鬼気迫る形相でまくし立てた。
「いかにも! 臣が愚考いたしますに、陛下はお勤めが過ぎます! そも陛下ほどのお年頃の女子というものは、貴賤を問わず、皆、大人の眼を盗んでは遊び惚けるもの! 良い大人でさえ、時には仕事を忘れ、羽を休めるもので御座います! しかしながら陛下は、御即位以来、一度もまとまった休日もなく、ただただ公務公務公務の日々。これでは陛下の玉体に差しさわりが御座います! ゆえに、何卒! 何卒! 臣めらの願いをお聞き届け下さいませ!」
「で、でも、南方王国との戦いも大詰めなのよ? この時期に休むことなどできないわ! 前線の兵士たちの苦労を思えば、とてもそんな気になれない!」
「否ぁ! 兵であろうと将であろうと、帝国の臣民は陛下のご健康を案じております! 身もふたもないことを申し上げますが、陛下が全軍の指揮を執っているわけでもなく、また国内のことはこの宰相と大臣めらにお任せ下さいませ。陛下ともあろう御方が、よもや宰相の責務をお忘れでは御座いますまいな?」
ルーネは内心で、老体のそっちこそ休むべきでしょうに、などと思いつつ考え込む。
これはかなりの覚悟で来ていると彼女も悟った。
第一、大臣も議会も一同が嘆願してくるなど滅多にないことだ。
しかも内容が休暇を取れときたもので、前代未聞の珍事に如何にすべきか悩む。
確かに戦況は有利で戦後の構想も既に纏まりつつあり、敵を打ち倒すのも時間の問題。
既に本島攻略の増援部隊も送り出した。
後一週間そこらで戦争が終わるわけでもない。
彼女とて、疲労感に苦しみ、書類の山を見るだけで目眩を起こすこともあった。
休めるものなら休みたい。
しかし……。
「いいえ、休むのは戦争が終わってからでも遅くはないわ。それに、私が承認しないといけない仕事はどうするつもり? 御名御璽は摂政がいない以上、誰にも代行出来ないけど?」
「御心配なく。御名御璽を賜る仕事は一切上奏致しませぬ」
「え?」
「今戦役は現行法で十分対処可能で御座います。ゆえに新法の審議は戦後に回し、今後の議会方針は国内の安定を第一に、戦争は外務大臣及び参謀本部が進めて参ります。よって陛下の御名御璽は当分の間は無用で御座います!」
「私は何も聞いてないわ!」
「すでに議会で承認されました!」
「いつ!?」
「つい先ほど! 陛下が仮眠を御取りあそばされている合間に!」
してやられたとルーネは憤激し、両手で机を叩いて身を乗り出す。
「勝手なことをして! 私は認めないからね!」
「嗚呼~! それでは爺めは永の御暇を頂戴いたします」
「なんですって?」
永遠の別れと切り出されて流石のルーネも口元を押さえて狼狽する。
「畏くも陛下の大命を賜り国家の運営を託された宰相に最早任せられぬと仰せならば、この老骨に生きる意味は御座いませぬ。これより直ちに先帝陛下の墓前に参り、若かりし頃の御恩を胸に天の国へお供致します! 己の不甲斐なさを御父君にお詫びして参ります!」
「ちょ、ちょ、そんな大げさな……ああ、もう。わかったわよぉ」
ただでさえ昼間の公開処刑で精神が参っているところにそんな物言いをされては言い返す言葉もなく、ついにルーネは机に突っ伏し、一週間の休暇を取る旨を嘆願書と詔書にサインした。
「はい、これでいいんでしょ?」
「有難き幸せに御座います! よくぞご決断くださいました!」
アーデルベルト公はある意味で戦争よりも困難と思われた仕事を成し遂げた達成感が沸き上がり、目に涙を浮かべる始末だった。
羽ペンをペン立てに戻したルーネは、今更ながら彼の必死さがおかしくなって笑いがこみ上げ、自分のハンカチを彼に差し出す。
「もう、本当に大げさなんだから。爺やでないとうちの大貴族たちは纏められないんだから、私のためにも辞めないで頂戴ね? 頼りにしているわ」
「も、勿体なきお言葉……では、早速他の大臣らに報せて参りますゆえ、臣はこれにて!」
「はーいはい。皆によろしくね~」
扉を閉めるや年甲斐もなく走り去る老公爵の足音を聞き、手を振って見送ったルーネは遂に我慢の限界を超えて、両手で小さな腹を抱えて笑い転げるのであった。




