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晩餐 ①

 元首フェルディナンドをはじめとしたノイトラール政府の首脳陣は、駐留する帝国大使からもたらされた一紙に恐慌していた。

 偽の親書ではあるがその真実を彼らが知るはずもなく、かといって国の産業を握られている三兄弟に表立って逆らえば、政府内に多く紛れ込んでいる刺客によって命すら危うい。

 とはいえ、あの女帝の怒りを買えば、国そのものが焦土となるかもしれない。

 板挟みの苦悩に頭を抱える彼らは、幾度も偽親書の内容を見返す。


【親愛なるフェルディナンド元首閣下、並びにノイトラール政府閣僚諸侯へ。貴国は古来より我が帝国と通商を交え、官民を問わぬ交流を保たれてきた。しかしながら昨今、貴国の治安著しく芳しからず。礼を知らず、義を弁えず、暴を以って両国の臣民を圧する不逞の輩が跋扈ばっこしている旨、甚だ面白からず、我が国の商船、大使館より剣呑けんのんな空気に悩まされる旨の上申後を絶たず。然るに我が帝国は貴国に対し、速やかな治安回復を望むものである。もし此れが貴国の努力至らぬ場合、我が国は在留せし帝国臣民保護の為、帝国軍を一部派遣し駐屯せしむものとす。中立を国是とする貴国の賢明なる決断と努力を期待する。御名御璽】


 これは半ば最後通牒のようだ。

 元首フェルディナンドは何とか帝国、三兄弟、両者の機嫌を損なわぬ優柔不断な策を考察していたが、そのような妙案が浮かぶはずもなく、また政府の首脳も同じく唸るばかりだった。

 外には強大な軍事大国が虎視眈々と睨み、内には暴虐な犯罪組織が傍若無人に居座っている。

 現に女帝の懐刀である海賊が船団を率いて入港しているのだ。

 政府の努力が足りぬとの判断は彼に委ねられているに違いない、というのが大半の意見が一致するところだった。

 そして臣民保護を名目に武力行使を担うのも……。


「元首、ここは一つ、ヘンリー・レイディン氏と会見なされてみては? あくまでも外交の一環ということであれば、例の兄弟も手出しは出来ますまい」


 補佐官の意見にフェルディナンドは驚く。


「わ、私に、あの海賊と会えというのかね!」


「元首、海賊ではありません。帝国の准男爵殿ですぞ? しかも女帝の臣でありながら友であると聞きます。もし上手く事を運んでこちら側への協力を得られれば……あるいは。元首閣下、ご決断を」


 腹を括って帝国に逆らうわけでもなく、三兄弟との抗争に賭けるわけでもなく、他者の力を利用しようとするあたり、この国の未来に影が差すことは明らかであった。

 ともあれ彼らは大真面目に、迅速に、港のドックに入るグレイ・フェンリル号へ会見を希望する密書を送った。


 さて、件の人物は船長室で大いに暇を持て余していた。

 というのも港の出入り口が三兄弟によって封鎖されてしまい、一切の往来が出来ぬからだ。

 聞けば、入港時に誓約した私闘禁止の違反による処置とのことで、出入り口を固めているのも警察の格好をした連中だったので力押しで突破するわけにもいかなかった。

 故にヘンリーはおとなしく部屋で昼寝をしたり、ウィンドラスとチェスに興じたりして、一般的な休暇を堪能するに至った。


「暇すぎて死にそうだ……」


 ごろりと無為に寝転がるヘンリーの後頭部を、グレイスの膝が温かく支えていた。


「船の中を散歩させて頂いたけれど、この部屋だけはまるで王宮のようですわね?」


「そりゃそうだ。この船は俺の城であり宮殿でありスイートホームだ」


「なら貴方は王様なのね?」


「俺様一代限りの王朝だがな。後にも先にも、海賊の王なんざ俺以外に現れるとも思えん。そんな野郎に膝枕をするとは、お前さんも中々食えん女だな?」


 手を伸ばして指で彼女の頬を撫でると、間もなくして船長室のドアがノックされ、政府からの密書を携えたウィンドラスが入室した。


「船長、お邪魔して申し訳ありませんが、よろしいですか?」


「構わんよ。グレイス、人払いだ。部屋に戻ってろ」


 眠たげに欠伸を漏らしつつ座り直したヘンリーは、彼女が退室したのと同時にウィンドラスから会見の申し出が書かれた密書を受け取った。


「ほう、この国の連中は鳥か獣かと考えていたが、どうやらコソコソと闇夜を飛び回るコウモリだったらしいな? 俺の偽親書で慌てふためく姿が目に浮かぶ。で、こいつはどうやって持って来られたんだ?」


「鳩ですよ。それで、会見なさるのですか?」


 船長から返された密書を読んだウィンドラスが尋ねる。


「お前はどう思う? 我が船団の参謀長殿の意見を貰いたいね」


「少々買いかぶりですが、行くべきと思います。彼らはどちらの側につくべきか、決め兼ねているのでしょう。偽親書に加えて船長の交渉おどしで彼らの天秤を傾けることが出来ます」


「利権という餌をちらつかせて、な。よかろう。行ってやるとするか。だが港を封鎖している、あの小煩いのはどうする? 教会に礼拝に行きたい、とでも言ってみるか?」


「ふふ、手は考えてあります。少し強引ですが」


「お前に任せる。で、どうするんだ?」


 ウィンドラスの策を聞いたヘンリーは即座に了承し、決行は今晩にもということで一致した。

 政府への返書を飛来した伝書鳩の足に括り付けて空へ解き放ち、夜が更けた頃合いを見計らって、封鎖された港から会見場たる官邸へ行くための計画が実行された。

 人員の選抜はヘンリー、ウィンドラスの他に、道案内のためにグレイス、護衛のための数名の腕利き水夫。

 人数はなるべく少なくし、船に残った連中の指揮は序列三位の黒豹に託した。

 また、他の二隻の僚船にも計画を伝えておき、万端の用意が整ったことを確認した上で作戦開始の命令が下された。


 船という船の甲板に盛大な篝火が焚かれ、酒樽が次々に運び出されては水夫たちが飲めや歌えの大宴会が繰り広げられ、人数に物を言わせて船だけでなく港の岸壁やら出入り口付近にも泥酔のフリをした水夫が暴れまわる。

 しかも空に向かってピストルを激しく撃ち鳴らす為、港周りは大騒ぎになった。

 その混乱に乗じて密かに短艇カッターを下ろして闇の海を漕ぐヘンリーたちが、港から離れた人気のない場所に再上陸した。


「陸でしか生きられん豚共は、海の存在を忘れているようだな?」


 息をつく間も無く行動に移り、一路会見場を目指す。

 メインストリートは避け、林の中を突っ切り、長年培った勘と耳と鼻で官邸の敷地内へ侵入した。


「何者か!」


 銃口を向けてくる警備兵に両手を上げて笑顔を取り繕う。


「待て待て、帝国准男爵に銃を向けるってのは、不味いんじゃあないか?」


「レイディン卿でいらっしゃいますか!? 失礼致しました。しかし、何故官邸の裏庭から?」


「なぁに、港に邪魔な目が多かったのでな」


 直ちに銃口を下ろして敬礼を送る警備兵が素直な疑問を尋ねると、彼は帽子についた小枝やらを払いながら答えた。

 程なくして政府の要人が出迎えに現れ、ヘンリーらを官邸内に招き入れる。


「船長、くれぐれも……」


「分かってる。お上品に、だろ?」


 貴賓室に案内されたヘンリーとウィンドラスの前に、元首フェルディナンドを筆頭に政府の閣僚たちが起立して対面している。


「ようこそ、レイディン卿。私が元首フェルディナンドです。お会い出来て光栄です」


「帝国准男爵ヘンリー・レイディンだ。今日は一つ、宜しくということで」


 握手を交わした後、すぐに両者の会談が始まった。


「早速ではあるが、我が君からの親書はお読みになったかな?」


「拝読致しました」


「それは重畳。で、返答は如何に?」


「その前に――」


 返答を求めるヘンリーに手をかざし、フェルディナンドは言い難そうに切り出す。


「この会談はあくまで非公式のものでありますから、どうかこれより先はご内密に願います」


 この期に及んで何を言い出すのかとヘンリーの眉がぴくりと動くが、一応、頷く。

 するとフェルディナンドは大いに困った風に項垂れて膝の上の手を震わせ、言葉を紡ぎ始めた。


「我が国の現状は閣下もご存知の通り、あの不逞の輩に喉元を握られております。その力はあまりに強く、軍部にも多く手先が入り込んでいるのです。勿論中立国として帝国臣民の皆様の安全保障には全力を尽くしますが、三兄弟の討伐は、この国に大いなる乱をもたらし、国民に不幸をもたらします。また、帝国軍の駐屯は南方王国を刺激し、それもまた我が国に不幸をもたらす恐れがあります。どうかその旨、ルーネフェルト陛下にお伝えして頂けないでしょうか?」


 途端にヘンリーは怒りを露わにしてテーブルを強く叩き据えた。


「話にならん! 俺が求めるものは言い訳ではない! イエスかノーだ。貴国にやる気が無いならば返答はノーと本国へ伝えねばならん。もはや中立は無いものと覚悟しろ! と、本来なら言うべきところなんだろうがなぁ……一つ策がある」


 震え上がるフェルディナンドたちを前に、ヘンリーは非公式の場という建前で以って畳み掛ける。


「お前さんたちが矢面に立つことはない。それは俺がやる。女帝が求めているのはあくまで治安の回復だ。方法を問うているわけではない。だから俺を寄越したのだ。汚れ役の専門家だからな。お前さんたちがやるべきことは、俺の動きに合わせて軍を動かすだけでいい。内部にいる連中はそっちで何とかしろ。勿論タダで、とは言わん。成功の暁には、連中が抱えている商売をそっくりお前さんたちに『返上』する。あとのことはそちらで管理運営してくれ」


「商売といいますと……つまり?」


「あんたらの言葉で言えば、利権というやつだ。農業、林業、鉱業、それらを全て貴国政府へ返してやる。当然だろう。元々はお前さんたちの物なのだからな。女帝もそれらを寄越せとは言わんし、治安回復の功績も、政府としての面子も立つようにしてやる。それどころか、臣民保護の礼としてそちらに配慮した通商協定も結ばれるかもしれん。どうだ、悪い話ではあるまい? この先ずっと連中の恐怖で枕を濡らすよりはよほどマシだ」


 破格の話にフェルディナンドたちは暫し言葉を失い、やがて顔を寄せて協議にかかる。

 その間にヘンリーはウィンドラスと冷めた紅茶を飲んで乾いた喉を潤し、港の方がどうなっているのか気に掛ける。

 制圧はされまいが、いつまでも自分たちの姿が無いことを例の兄弟に知らされるのは、敵の先手を誘うようなもの。

 一刻も早く港に戻ってしまいたいと考えているうちに、フェルディナンドが声をかけてくる。


「閣下、有り難い提案ですが、こちらも正式な回答は公式の場でせねばならない決まりが御座いますので――」


「今すぐ答えろ。協議だなんだと話し合ったところで、日が沈む道理を止められはせんのだ」


 言葉を遮り、断固とした態度で彼らに命じた。

 非礼極まりないが、立場はヘンリーのほうが上なので彼らも抗議することは出来ない。


「イエスか? ノーか?」


「……イエス、です。女帝陛下と閣下の意に従います」


「結構。ではくれぐれも相違無きように。この国に帝国の旗が翻るのが嫌なら、な」


 そそくさと立ち去ったヘンリーと、礼儀正しく会釈してそれに続いたウィンドラス。

 二人の胸の内に共通した感想は、やがてこの国にも帝国の旗が翻る未来への確信だった。


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