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白色艦隊 ②

 陸軍の兵士たちは港の岸壁に設けられたテントで一晩を過ごしたが、誰もがテントの外に出て、天高くそびえ立つ船のマストを興味深そうに見上げていた。

 彼らのほとんどが海に出たことがない者ばかり。

 中には小さなヨットだとか、あるいはちょっとした旅行で客船に乗ったことがある兵士もいたが、そういう経験者は総じて船の揺れを思い出してテントに引き篭もっていた。


 彼らを見守る海軍の水兵たちは明日の惨状を想像してニヤニヤと笑い、交流も兼ねて、手にエールやラムの瓶を持ってテントを訪ねていく。

 閉鎖的な船の中に押し込められ、長期間の航海を強いられる海軍では飲酒も寛容的なので、次から次へと運ばれてくる酒を前に陸軍兵は度肝を抜かれた。

 はじめは飲んでも良いものか判断しかねているようだったが、せっかくの好意ということもあり、師団長シャルルの許可も降りたことで酒盛りが始まった。


 ローズは私室から兵士たちの騒ぎを聞き、仕方のない部下たちだと笑っていたが、やがてあまりにも五月蝿いので窓を閉め切り、カーテンも閉じて従兵にビオラを演奏させた。

 女帝と大臣へ提出する報告書も書き終えると、紅茶にブランデーを注いだ「ティーロワイヤル」で身体を温めた。

 お茶請けのスコーンも焼きたてで、気を利かせた司厨兵がハニーシロップをつけ合わせている。


「この優雅な時間も今日が最後だな。明日からはとても望めまい」


「戦いに勝利すれば、また望めましょう」


「さて、私は彼らに勝てるだろうか?」


「勝てますよ、閣下であれば。自分は疑いません」


 即答した従兵に彼女は苦笑する。


「ありがとう。明日は早い。もう下がっていい」


「はっ、では失礼致します。おやすみなさいませ」


「おやすみ。ああ、その前に、すまないが湯を沸かして持ってきてくれないか?」


「畏まりました」


 彼女の従者らしく礼儀正しい仕草で退室し、一人きりになったローズは清潔な洗面台で歯を磨き、程よい温度まで沸かされた湯が届くと軍服や下着を全て脱ぎ払って身体を拭いた。

 男性と同じ訓練をし、同じ船に乗り、同じ戦いに参加してきたが、性別に嘘はつけない。

 歳を重ねる毎に胸は膨らみ、四肢は引き締まっているが肌は柔らかく、屈強な水兵から見れば背も低い。

 どれだけ背伸びをしても女であることを否定出来なかった。

 女帝ルーネにも時折からかわれる。

 誕生日に賜ったプレゼントが可愛らしいテディベアだったときなど、赤面のあまり暫く彼女の顔を見ることができなかった。

 だがサーベルの腕だけは誰にも負けない自信がある。

 かつてヘンリーと女帝を巡って決闘したときも、サーベルでは負けていなかった……と思っている。


「そうだ、あれはピストルの腕の差で負けただけだ。サーベルでは私が勝っていたんだ。陛下が私をからかわれるのも、きっと奴が変な知恵をつけたからに違いない。まったく!」


 と、自分自身に言い聞かせながら身体を拭き終えた彼女は白い寝間着に着替え、ベッドに横になる。

 彼女のベッドは船にあるものと同じ狭いもので、カーテンを閉めてしまえば、揺れが無い船の中となる。

 大きく柔らかなベッドに慣れると船で眠るのが辛くなるからだ。

 とはいえ、士官になる前のハンモック生活には二度と戻りたくは無いが。


 外のどんちゃん騒ぎもようやく収まったらしい。

 兵士たちはテントに戻るか、兵舎に帰って明日の出港まで夢の中。

 人間はまだいい。

 問題は陸軍が用いる馬だ。

 今でこそ伝令兵のための厩に繋げているが、これを船に乗せて何日も運ばねばならないのだから大問題だ。

 非常食として積み込む羊や鶏とはわけが違う。

 飼葉、水、寝床、世話係などなど、たかが馬一頭の面倒だけでも相当な手間がかかる。

 それが何十頭ともなれば考えるだけで嫌気が差す。

 ただでさえ水兵たちの体臭が立ち込める船の中に馬の匂いなどもってほかだ。

 士官用の馬を輸送してみて今後の対策を検討せねばならない。

 陸軍の連中は吠え立てるだろうが、大規模な馬の海上輸送などは負担が大きすぎる。

 それで馬が体調を崩せば結局戦いの役にも立たない。

 なんとか大臣を説得して輸送は歩兵や砲兵に限定してもらわねば……。


「……駄目だ、眠れない」


 考えれば考えるほど眠気が遠のいていく。

 実戦の緊張感だろうか?

 こういう時、あの男ならばどうするのだろう、などと頭に浮かんでしまう。

 酒でも飲んで呑気に眠るのだろうか。

 それとも一晩中海図と睨めっこでもするのだろうか。

 はたまた、自慢のカットラスやピストルの整備に勤しむだろうか。

 どれもありえそうで、どれもありえそうでない。

 全くもってつかみ所のないヤツだと呆れてしまう。

 白でも黒でもない灰色の狼。

 とんでもない悪党かと思えば、一方で、尊敬に値する船乗りにもなる。

 下品で粗野な海賊かと思えば、そこらの野郎とは一線を画する紳士にもなる。


「何故、私は奴のことを考えてしまうのだろう……もしや、はは、まさか」


 枕に突っ伏すローズは自らの脳裏に過った思いを一笑に付す。

 そして癪ではあるが、寝酒にブランデーを一杯引っ掛けて再びベッドに戻ると、存外に睡魔が降りてきて、彼女は意識を手放した。

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