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侵略 ④

 迫り来る海の狼に商船乗りたちは恐慌状態に陥った。

 護衛がいるという安心感も、船団を組んでいるという仲間意識も吹き飛ぶ。

 所詮自分たちは狩られるだけの羊なのだと嘆き、悲しむ。

 だが彼らは武器を手に取った。砲に弾を込め、帆を全て張り、皆に酒を配る。

 たとえこれが最期となるとしても、羊であったとしても、せめて狼に鉄の蹄の一撃を食らわせてやろうと皆が意気込む。船長は船倉に積み込んでいた交易品を甲板へ集めさせた。

 そして彼らはグレイ・フェンリル号の前で、積み荷を海に投げ捨て始める。

 みすみす海賊の手に渡るくらいなら、自らの手で積み荷を海にくれてやったほうがマシだ、と。

 その様を望遠鏡越しに見たヘンリーは、持っていた望遠鏡を甲板に叩き付けた。


「連中何を考えてやがる! 積み荷を海に捨てやがった!」


 今までに無い重く鋭い殺気に黒豹でさえ鳥肌を立たせた。

 やがてガレオン船に追いついたグレイ・フェンリル号の砲撃によってマストは折られ、航行能力を失った獲物に鉤付きのロープが無数に投げ込まれた。

 そしてカットラスやら手斧やら、ともかくも物騒な凶器を携えた荒くれ者たちが次々に船へ乗り込んでいく。

 積み荷の殆どを投棄した商船の船乗りたちは激しい抵抗を見せた。

 鋼の武器がぶつかり合う度に火花が散り、ピストルの発砲炎がそこら中で光る。


「手前ら纏めて肉屋に出荷してやる!」


 その修羅場の渦中に飛び込んだヘンリーはカットラスを振り上げるや、屠殺業のように水夫たちの手足を一撃で切り落としていく。

 顔に浴びた新鮮な返り血を美味そうに舐め、犬歯をむき出しにして笑む其れは敵も味方も戦慄させた。 勇気ある男が手斧を投げつけるも、カットラスで叩き落とされ、拾い上げたヘンリーは持ち主に向けて投げ返すと、水夫の顔がザクロのように割れた。


「降参だ! どうか交渉のチャンスを!」


 航海士らしき中年が白い手旗を片手に進み出た。


「交渉人はどいつだ?」


「私だ――」


 自ら交渉人を名乗りでた航海士の眉間に弾丸がめり込む。


「これで交渉人はいなくなったなぁ……」


「貴様ぁ! よくも航海士を!」


 今度は銛を携えた男がヘンリーに突きかかる。

 身を捻って一撃を避けた彼は銛を掴み上げると、カットラスで真っ二つにしてしまい、男の懐に飛び込んで甲板に組み伏せる。


「貧弱な羊が粋がりやがって! ハラワタ食い破ってやろうか!」


「復讐してやる! 地獄に落ちろ悪魔め!」


「復讐? 面白えこと言うじゃねえか。ええと、目には目を、ってやつだったかぁ?」


 そう言うとヘンリーの人差し指が男の左目に向けられる。


「目には、目をっと……」


 言葉にならぬ叫びがこだまし、右目、その次に左目と順番に潰された男はトドメに胸を刺されて息絶えた。


「さてと、仕上げといくか……」


 後部甲板で指揮を執るガレオン船の船長の前に躍り出る。


「おい! 積み荷はまだ残っているんだろうな!」


「貴様達にくれてやるものは何もない! 追い詰められた草食獣は獅子をも殺すぞ!」


「ならばその魂を頂くまでのことよ!」


 サーベルを抜き払う船長の視界に、カットラスを振り上げたヘンリーが飛びかかってくる。

 しかしこの船長とて元は南方王国海軍で海兵として訓練を積み重ねてきたのだ。

 おいそれと積み荷も命もくれてやるものかと、激しい火花を飛び散らせながら、一合、二合と刃がぶつかり合う。

 かなりの手練だ。

 たかが商船乗りと考えていたヘンリーは腕に覚えがある獲物に舌を巻く。

 同時に、憤怒の形相に歓喜の笑みが混じった。


 そうこなくては面白く無い。

 これでこそ狩り甲斐があるというものだ。


 強いものだけが生き残る海の掟の前に、商船も海賊も軍人さえも関係ない。

 甲板では黒豹をはじめとした歴戦の猛者どもが制圧を完了しつつあり、既に船内にも数名の手下たちが侵入したようだ。

 船倉から積み荷を運び出そうとするガレオン船の連中の息の根を止め、彼らの健気な抵抗と意地を阻止することだろう。

 一方でグレイ・フェンリル号の砲列ではガレオン船の火力を潰すために、今もなお砲撃が続いていた。誤って敵の弾薬に引火して船が沈まぬように、砲に込めるのは鉛の鉄球だった。

 無論、相手からの反撃によって、船の至るところに砲弾の痕が生々しく穿たれている。


「ちくしょう! また大穴開けやがって!」


 補強用の木材を脇に抱えたエドワードが船内を走り回る。

 口に数本の釘を咥え、手に握るハンマーやらバールやらの工具で船に開けられた穴という穴を塞ぎ、甲板に躍り出れば壊れた索具などを手早く交換していく。

 しかし甲板は弾丸が飛び交う戦場。

 流れ弾がさらに船を傷つけ、張り巡らされたロープも幾つか千切られた。


「うおお! おやっさん直伝の船匠カーペンター魂を見せてやるッスよぉお!」


 マストからマストへ乗り移っては的確な応急処置をこなす若き職人の姿は、鉄火場の渦中にある船乗りたちの目には映らない。

 だが彼は己の職務を忠実にこなし、ふと敵船の船尾に目を向けると、ヘンリーのカットラスの一撃が敵船長のサーベルを叩き折る瞬間を目撃した。

 すかさずヘンリーの蹴りが彼の腹部にめり込み、怯んだ上に太ももへ銃弾を打ち込まれて甲板に倒れた。

 もはや歩くこともままならず、武器も失った船長は、激痛に悶えながら己の最期を覚悟した。


 甲板と船内の制圧も完了し、幸か不幸か生き残った水夫たちは荒縄で縛り上げられている。

 なんとか船倉に残されていた積み荷も、特産の香辛料がたったの三樽だけ。

 とてもではないが港に持ち帰っても儲けにはならない。

 むしろ大赤字だ。

 足を撃たれた船長以下、生き残りの捕虜たちは折れたメインマストに集められ、沙汰を待っている。

 ヘンリーは苛々と甲板を歩きまわり、ウィンドラスの言葉も耳に入っていない様子。

 周囲の海を見てみても、コルベットはアドラー号とアルフレッド号が仕留め、他には逃げ惑うあまり浅瀬に乗り上げたフリュート船が船体を傾けている。

 そちらの方はアドラー号が乗り込んで獲物を収奪しているようだが、残りの商船は何処かへ逃げ去ったらしい。

 せめてこのガレオン船が余計なことをしなければ、今頃腹一杯になっていただろうに……。


「散々海峡で待ちぼうけ喰らって……船は傷だらけになって……けが人多数で……それで分捕った獲物が、香辛料の樽がたったの三つ……馬鹿にしやがって――」


 大きく見開かれた彼の右目が捕虜たちに向けられる。

 それはいたく上機嫌なものにも見え、しかし彼を良く知る者たちには、灰色の瞳の奥に危険が潜んでいることを見逃さなかった。

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