王冠八旗 ⑤
開戦の準備は着々と進められていく。
護送船団方式を取り入れ、王国の船会社は互いに結束して海上貿易に従事し、社を問わず船という船がおよそ十から三十隻の団体で一斉に港を出港していった。
それに護衛のコルベット船が随伴し、遠方の植民地にある金山や銀山から国庫を潤す財宝を持ち帰り、あるいは香辛料などを収穫して本国へ輸送する。
その途上で帝国の私掠船に出くわすこともあったが、商船に備え付けられた砲やコルベットの果敢な応戦によって、被害は多くとも三隻以内に抑えることが出来た。
カスティエルはこの結果に大変満足していたが、まだ首領のヘンリーの首を討ち取ったわけではない。倒した私掠船も密輸がてらに略奪をしている、元が商船の船とのことだった。
それでも、彼の手元に大量の黄金が無事に届くようになったのは大きな進歩といえよう。
なにせ戦の準備には金がいる。
徴兵によって集められた新兵の訓練、武器の調達、砲弾の生産と備蓄、新たな軍艦の建造などなど、どれも莫大な費用がかかって仕方がない。
噂によると、既に王国内に帝国の諜報員が入り込んでいるとも聞く。
「我々を疑心暗鬼に陥れるための策にすぎん」
と、カスティエルは噂に惑わされることなく平然としているように臣下へ命じた。
彼は執務机に山積みになった報告書などを見て、深くため息をつく。
少年の頃に夢見た華々しい騎士の物語。
馬に跨がり、槍を携え、数多の敵を打ち倒して祖国に勝利をもたらす英雄譚。
王子でありし頃は自らも戦場に立って敵と刃を交えたいと願っていたが、いざ大人になって戦を目前にしてみると、今にも背筋が震え、まともに立っていられない緊張感に包まれる。
そこへ海軍大将のエルナンドが訪ねてきた。
「陛下、少々お話が御座います。お人払いを」
従者たちを退室させ、部屋にはカスティエルとエルナンドの二人だけに。
「なに用か? いや、言わずとも分かる。戦のことであるな?」
「はい。サン・フアン要塞が陥落したことにより、両国の衝突は避けられぬものとなりました。ゆえに、開戦に際して機先を制することが必須です」
「つまり、敵に気取られぬように奇襲を仕掛けると?」
「大規模な攻撃でなくとも、こちらが先手を取れば敵は混乱し、慌てるでしょう。帝国は自らのタイミングで攻め込み、一気に勝利を掴む腹積もりです。先にその鼻っ柱をへし折ってしまいましょうぞ」
「成程。それが開戦の号砲となるか。で、作戦は?」
「我が海軍の新鋭艦、臼砲艦を投入します。遠方からの射撃で陸地を攻撃できるので、陸兵相手ならば一方的に攻撃出来るでしょう」
計画書を読んだカスティエルは大きく頷く。
「よろしい、やりたまえ。サン・フアン要塞の仇を討つのだ。砲撃を以って我らの宣戦布告とする」
「了解いたしました。早速出港の準備を」
軍用の岸壁に係留された新鋭艦コルテス号。
甲板に巨大な臼砲を備えた異様な姿は、人々に大いなる関心と不安を与えている。
果たしてあのような奇妙な船で戦えるのか、と。
集められた水兵も熟練揃いの精鋭ばかり。
しかし彼らは生還の見込のない決死隊だった。
敵国の奥深くへ侵入して砲撃を加えるからには、相応の反撃と追撃が予想される。
あるいは目的地にたどり着く前に撃沈されるかもしれない。
それでも彼らは、長年に渡って王国を苦しめてきた帝国へ復讐するために、この船に乗ることを喜んだ。
出港式では、エルナンド自らが彼らに手向けの言葉を送る。
「目標は、帝国陸軍演習場、および駐屯地たる港である! 諸君らの熱烈たる砲弾を以って、敵の精鋭を撃滅することを期す。奮励努力せよ」
「コルテス号、出港致します。総員配置につけ!」
マストへ登る水兵たち。もやい綱が引き込まれ、多くの観衆の声援に見送られたコルテス号は進路を北に向けて温かな南洋を進む。
攻撃の見届け人として、後方に商船に仮装された快速クリッパー船が随行した。
軍艦に比べれば武装は遥かに貧弱だが、速力ではどの船にも負けはしない。
美しい南方の島々は背後に消え、透明度の高い海原を駆ける彼らは、幾度も訓練を繰り返した。
失敗は許されない。
同胞の仇を討つため、この巨砲で一撃を見舞ってやるのだ。
赤道を超えてマーメリア海の航路に差し掛かったところで、艦長は進路変更を命じた。
正直に航路を進んでいては目立ちすぎる。
そこで彼らは少々大回りであるが、航路から大きく外れ、点在する島々の陰を縫うように進んだ。
全速を出すのは日が落ちた夜間のみで、昼間はなるべく人目につかないコースをゆるゆると進む。
その傍らで、商船に偽装したクリッパーが港に立ち寄って補給物資を手に入れ、同時に目的地への進路や情報を収集した。
それによると、近く、陸軍演習場で大規模な訓練が開始され、しかも帝国の要人が視察にくるという情報を得ることが出来た。
まさかその要人が女帝本人であることは漏れていなかったが、それでも名のある貴族を討ち取れば王国の士気は高まるとコルテス号の水兵たちは更に勇んだ。
そして迎えた運命の日。
時刻は黄昏。ちょうど夕日が水平線の彼方へ沈んだ頃。
コルテス号は音もなく陸軍演習場、および付近の港町へ接近しつつあった。
望遠鏡で街の様子を伺う艦長以下の士官たちは、大勢の帝国陸兵たちが酒場や広場に屯しているのを確認する。
どうやら演習を終えて一息ついているらしい。
「艦長、これはまさに僥倖です。あわよくば、敵の精鋭を一網打尽に出来ます」
「うむ。しかし気になるのは、あの船だ。砲はざっと見て四十門。乗組員の姿もある」
「念のため、先に潰しておきますか?」
「いや、この作戦の根幹は奇襲にある。一撃目で敵の精鋭を叩かねばならん。船を攻撃すれば陸兵たちが避難を始めるかもしれん。それに、あの船は完全に岸壁に係留されている。追ってきたところで振りきれるだろう」
望遠鏡をおろした艦長は甲板で待機する水兵たちに命じる。
「砲撃用意! 臼砲を展開せよ!」
前部甲板が左右に開き、船内から巨大な臼砲がその姿をあらわす。
天に砲口を向けた臼砲が狙う先は湊町の中央部。
「艦長、砲撃用意完了です!」
「うむ……それでは、砲撃するとしよう。諸君、これが我らの同胞へ送る鎮魂の音色だ」
「砲撃開始!」
凄まじい轟音と爆炎と伴ない、撃ち放たれた巨弾はほぼ狙い通りに湊町の中央広場へ着弾した。
そこにいた多くの陸兵たちが木っ端微塵に吹き飛び、付近の家屋は衝撃によって倒壊を始めている。
「着弾確認! 次弾、装填急げ!」
砲撃が繰り返される中、戦果の確認のために望遠鏡で街の様子を見ていた艦長のレンズに、係留された船に向けて走る男女の姿が見えた。
どうやらあの船の乗組員らしいが、それにしては女性の服装が綺羅びやかすぎる。
だが距離がかなりあるために一体誰か確認することは出来ず、二人が係留された船に乗り込んだところで見失ってしまった。
すると係留されていた船のメインセイルが驚くべき早さで展開され、さらに喫水線付近からオールが突き出して前進を始めたではないか。
係留索は切断されたらしく、一旦岸壁を離れると、さらに帆が開かれ、猛然とコルテス号へ向けて突進してくる。
そこで彼らはようやく月明かりに照らされた敵の名を確認した。
「グレイ・フェンリル号……ヘンリー・レイディンの船が何故ここにいる!」
艦長は自らの判断を悔やんだ。
あのとき、街よりも先にあの船を攻撃していれば……と。
だがチャンスは既に失った。
同時に彼らの命運も尽きていた。
果敢に通常のカノン砲で近づけまいと砲撃を加えるが、グレイ・フェンリル号の一斉射撃によって砲列は食い破られ、次々に乗り込んでくる海賊たちによってコルテス号は制圧された。
撃沈されたコルテス号の最期を見届けたクリッパーは、直ちに反転し、夜の闇に紛れて本国へ向けて全速で離脱する。
幸いにもヘンリーの船は追撃せず、北東へ向けて去っていった。
かくして南方王国は自らの意思と意地を帝国に突きつけ、開戦の火蓋が切って落とされた。




