第七話 醜悪たる最愛の贋物(4/10)
むくむくと土や石が盛り上がり、人の形状を成していく。まだ顔は形成されていないが、それは無数に現れて、瞬く間に俺達の周囲を満たしていった。
「降りて来いマニエル!」
万策尽きた俺は、苦し紛れにそう声を荒ぶっていた。思えば奴は始めから俺の策略を見越して微笑していたのだ。この俺を弄ぶかの様にして。
拳を握る俺の掌が震えて血を流している。それを見てマニエルは嬉しそうにパタパタと翼をはためかせて空を飛行していた。
「あはっ! そんな体でどうやって戦うつもりなの? そもそもアナタは空中に留まる私を攻略する手立てもやっぱり無いみたいじゃない。それとも草木を焼き尽くせばお茶を濁せるとでも思ったのかしら〜?」
「黙れ!」
「私の能力を知って尚、その傷付いた体で立ち上がり、拳を振り上げる。まぁ大した度胸……いえ、いえ? それは度胸でなく無謀!」
ペラペラペラペラと、俺の神経を逆撫でする女の声は続いていく。余裕げにしたその鼻を明かしてやりたいという思いに駆られるが、草木を焼き尽くすという対抗策を足蹴にされた以上、防戦を余儀なくされる。
「僅かな隙をついて逃げようとした方がまだ懸命だった? いいえ、私は絶対にアナタを逃がさない。転移の魔方陣の挙動もアナタの一挙手一投足も!」
冷たい殺意が俺の身を貫いていく。
奴の作り出した土人形達が、同じくして形成された剣や斧を持って歩み始めた。一体の土人形が駆けて俺の前に向かって来るのが見えている。
すると今度は空中で仰向けになって、逆さに俺達を見下ろし始めたマニエル。
「で、アナタは何がしたかったの? 薄っぺらな策でもまだあるのかしら?」
俺の前に立ったフロンスの死人が土人形に剣を繰り出すがが、凝縮されてコンクリートの様になった体に剣が止まっていた。
「硬い、圧縮された土はこれ程までの強度になるのですかっ!」
続いて二人目の死人が斧を振り上げて土人形の頭を砕いた。するとバラバラになって地に砕けていく。やはりこいつらは頭を潰さないと無力化出来ないという事らしい。
俺達がそうしている間にも、物憂げにした忌々しい声は降り注いで来ていた。
「全くどう言う事なのでしょう? まさかろくすっぽ策もないままに突っ込んできたのかしら。俺なら出来る、俺なら誰にも負ける筈が無い〜って、うぷぷ……それは傲慢が過ぎるのでは無くて? 座して死を待っている位ならやってみるかって……感じなのかしら? ああ〜思考の領域が低過ぎて理解できないわ」
仰向けのままマニエルがハープを弾くと、瞬く間に別の土が盛り上がって土人形が補充される。
「どいてフロンス!」
今度はセイルが前に立って強力な火球で土人形を包み込む。
大地をも溶かすセイルの劫火で軌道上の土人形は一挙に灰になったが、無限に大地より湧き出でる土偶の数は即座に補充されるだけだった。
「それともぉ、本当にまだ私に敵うつもりがあるのかしら? そんな体で」
「マニエル! いい気でいられるのも今のうちだ!」
俺は苛立ちに任せて土人形の群れの中に飛び込んでいく。
くそ、ダルフにやられた傷が俺の動きを制限している。動く度に骨が軋んで肉から血が噴き出す。
だがそれでも俺は、ゆらゆらと立ち尽くす土人形の頭をその両の拳で貫き続けた。すると音を立てて何体かの土人形は崩れ去っていく。
「すっごーーい。パチパチパチ……まるで鬼神の様だわ終夜鴉紋」
空中で顔を逆さにして金髪を逆立てたまま、息を荒げた俺をつまらなそうな表情で見下ろしたマニエルは、長い指をなぞってハープを奏でる。すると数十体の土人形が再び形成されて立ち上がる。
フロンスとセイルが絶句していくのが見えた。
「アモンさん、人形を相手取っていてはきりがありません!」
「どうしようアモ――えっ!?」
……俺はセイルの目前で片膝を着いていた。それは意思とは無関係に肉体の上げた悲鳴だった。未だ流れ出る血液に世界が白んでいく感じがする。血を失い過ぎたのか、意識が朦朧としてたわむ。しかしそれでも、俺の視線は未だ上空の敵へと向けられながら、この身の内より坂巻く怒りという感情に支配されていた。
その様子を見たマニエルが弾ける表情で風に乗って笑い転げ始める。セイルはそれを憎々しく見上げていた。
「アッハッ! キャハハハハ!! ほらご覧、顔真っ白よ?! 周りも省みず、何の勝ち目も無く勇むからよ。きゃッハハ! そんなアナタの背中に続かなくてはならない仲間達が気の毒ですよ私!」
土人形達が駆けて俺の頭上で武器を振り上げて来た。俺はその体制のまま動けない。フロンスの死人が立ち塞がり応対するが、その数の多さに数を減らされていく。
「一か八か、私の転移魔法で!」
「――ダメッッッッ!!!!!」
転移魔法の桃色の魔法陣が俺達を包み込もうとすると、次にマニエルがギョッとする様な声を出しながらハープの弦を引っ掻いた。すると大地がもみくちゃに歪み、地に描かれた魔法陣は即座に消し去られてしまった。
いたぶる様な視線を携えて、口の端から舌を垂らしたマニエルが、陰る曇天の下に緑色の眼光を光らせて俺へと囁き掛けてくる。
「ダルフにやられた傷が痛むのアモン? 劣る筈の無いと思った腕力が、気圧されまいと思った熱情が、割られる筈の無いと思った拳が打ち破られ、敗北した気持ちはどう?」
満足に声も上げられないでいる俺の代わりに言ったのはセイルだった。顔を真っ赤にしながら、マニエルの揺れる緑色の虹彩を見上げる様にしている。
「アモンは負けてない! 負けてなんかいないっ!」
「あらあら、Aランクの家畜は良く鳴くのかしら?」
「……ッ」
「あのままだったら拳はクレイモアに貫かれ、そのまま心臓に到っていた。それがわかってソイツは自爆したの。負けると悟って自分もろともに! そしてたまたま当たり所の悪かったダルフは引きちぎれ、そいつは生き残った。ただの運。そして真っ向勝負から尻尾を巻いたのはアモン! そいつ!」
へらへらとしながら、マニエルは膝を着いた俺を指し示す。
「極限のエゴイストのアナタにはっ! さぞかし屈辱的な選択だったのでしょ~? んんー?」
「……ッ!」
俺は激しい歯軋りと共にこめかみを痙攣させるしか他が無かった。それが何故かという問いに偽りなく答えるのだとしたら、奴の言う事が全て的を得ているという感覚があったからだ。
俺は奴に……ダルフに負けたも同然だった。
弱々しいだけのただの人間に、この俺が真正面よりぶつかって、最後には苦し紛れの賭けを余儀なくされる程に追い詰められた……。
ガキ臭くて、甘っちょろい、そんな理想を掲げた雑魚に俺は……。
俺は奴を、完膚無きまでに否定しなければならなかった筈であるのに。
尚もマニエルは俺をおちょくる様に頬を緩ませて続ける。指を差し向けたまま段々と叫び上げていくかの様な口調になって、最後には一心不乱に金切り声を上げる様にしていた。
「負けた。負け。負け。負け! 逃げたんだもん……だって逃げたんだもんねェ! 世界全てが自分に合わせろと吠えた傍若無人が! 拳を引いて逃げたんだ!」
熱が籠ってきたマニエルの語気。言葉に合わせて穏やかだった瞳が開かれ、ギラギラとさせながら口許からヨダレを撒き散らし始めた。
「逃げた逃げたニゲタッ! 負けたんだ心情を曲げたんダッ! ねじ曲げたんだ! 世界全てを一人で相手取ると息巻いたカスが! バカがっ! あろうことか! 気持ちで負けたんだ! 膂力で負けたんだ! 思いで負ケたんだッッハァッ!!! 負けッッ負け負け負け!! 全部何もかも全てにおいて負けッオマエのっ!!! オマエの負けッ!」
マニエルは我を忘れた激しい叱咤の後に、乾いた唇を舐めて雨で濡れた髪をはらってから、今更取り繕うみたいに可憐に笑って見せていた。




