第六話 黄金の瞳(6/7)
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粗方の人間共を掃討した後の血の海で、俺は地に横たわり冷たくなっている筈の男がひ弱な声を上げ始めるのを聞いた。
俺のこの背は凍り付き、そして驚愕としながら振り返っていた。
「……ぁ……ぁぁあ……ぁあ」
天に拳を突き上げた形で、奴は産声をあげていた。どういう訳だが風穴の開いていた筈の肺で。
「ぁぁああ……ぁぁああ! あああああああっっ!!」
弱々しかった声が次第に熱を帯び――。
「あああああッッああああアアアッッ!!!」
――慟哭となるのを耳にした。
「ッッッがアアアアアァァアアアア!!! ガァォオアアアアアッ!!」
やがてそれは強い意思を剥き出しにする戦士の咆哮へと変貌し、強き思いを宿した凛々しい瞳の下に、喰い縛った歯牙が覗いていく。
ダルフの頬を伝う水滴が涙なのか、今しがた降り始めた冷たい雨のせいなのか、判別がつかなかった。
「ガアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!! アモンッッアァァアモォオオオンッッッ!!!!!」
死に体同然であった筈の人間が、常世に目を覚まして激憤に突き動かされ始めていた。いつしか奴は俺に背を向けた形で膝立ちになって、目を血走らせながら全身に力を入れて奥歯を噛み締めていた。
「黙れ虫けら」
その背後――頭上に立ち尽くし、俺は奴を見下ろしながら冷たく言い放つ。
貴様が不死鳥の如く現世に舞い戻ろうと、何度だってこの手が捻り潰す。悶える様な責め苦を永劫繰り返し続ける。
俺はこの真っ黒の拳を、ダルフに向けて振り下ろした。
――瞬間、ダルフの滾る瞳が強く明滅し、全身を雷撃の閃光が走っていた。
振り下ろした拳は、奴の背から現れた白き雷の片翼に弾かれる。そして気付けば俺の全身は、白き稲光に貫かれていた。
「ッッぐ、ぎィィイイイイッッ!! な……んだコレハッッ!?」
虚を突かれた俺はまともにその雷撃の翼を浴びて、全身を痺れ焼け焦がしながら白煙を上げていた。
怯んだ俺が後退りながら視線を戻していくと、ボタボタと胸から血を落とすダルフが憤怒の表情を向けながら、クレイモアをその両腕で担ぎ上げていくところだった。
「まるで呪いだな」
そう囁かずにはいられなかった。
――ダルフは三度現世に舞い戻った。
満身創痍のその体に、重き鉄塊しかと構えながら。天から落ちて来たかの様な白き稲光を一筋、背に携えて。
そしてダルフは言い放っていた。
「対立した俺とお前との間には善も悪も無いのかも知れない。だけど俺の信じる正義は確かに、この胸の中にあるから」
ダルフに全身をこれまでの非ではない程の電撃が纏わりついている。その雷撃を奴がクレイモアに流し込むのを見た。すると鉛色だったクレイモアの刀身が、途方もない電撃を注入されて白く目映く発光していった。
俺はその目を白黒とさせながら白熱のエネルギーに相対していく。そしてこう問い掛けざるを得なかった。
「貴様のソレはなんだっ……ダルフ!」
「アモン、貴様は殺す。俺の信じる正義の為に。散っていった大切な人達と、これから命の為にッッ!!!」
――こいつが何度殺しても俺の前に舞い戻って来るのはどういう理屈なのだろうか。考えて見るに、何やら超常的な再生能力を持っている事は確かであるらしい。……だが関係ない。原型が無い位に潰してぐちゃぐちゃにすれば、さしもの奴も再生の余地も無く果てるしか無いだろう。
――それよりも……。
問題はこの翼だ。奴の背に滾る白雷の翼はどういう事なのか。一介の人間が放つにしては余りにも途方も無い様な、桁の外れた“魔”の気配を感じる。
その身に宿った閃光を握り込み、ダルフは俺にクレイモアの切先を向けて来る。
まあいい、なんだって……。
俺は自分の拳をガチリと合わせてから、全身全霊の拳を繰り出す半身となり、腰を落とし、大股を開いて、コキリコキリと音を立てながら右腕を限界まで後方に引き絞っていった。
「ぐだぐだうるせぇ……粉々に打ち砕いてやる」
加勢しようとしたセイルとフロンスを俺は制した。思い上がったコイツは真正面より捩じ伏せて力の違いを見せつけてやる。俺のその決意に変わりは無い。
――ダルフは一度瞳を閉じてから、静かにその瞼を立ち上げて来た。そこに確かな決意の意志を煌めかせながら。
「行くぞアモン」
全身に溜め込んだ電気を解き放って、ダルフは雷撃のクレイモアを振り上げる。俺の意識を越える程の速度だったが、この目はしかと剣先を捉えて、真正面から引き絞った全力の右腕を繰り出す。
互いの全力の一撃が混ざりあって、周辺に衝撃波を巻き起こしていた。
俺の拳はクレイモアの刀身を真正面から捉えていた。だがやはり俺の剛腕が奴を押し退け始める。貫かれていた右の胸からはまた血が噴き出し、折れたままの肋骨の幾本かが奴の力を
しかしジリジリと俺の方が押され始める。貫かれた右の胸と幾本かの骨折が、俺の力を制限している。
「ツウウッ……ぐぅうううう!!!!」
「そんなものかダルフ……所詮貴様の言う正義などというのはッ!!」
凄絶なつばぜり合いを見ながら、騎士達が声を上げ始めるのを耳にした。
クレイモアと拳の接触面に起こる火花。
ダルフは堪らず後退り始め、俺は一歩踏み込んで行く。
思い上がった人間に結末をくれてやる。
「くたばれダルフッ!!」
「うっオオオオオオオオ!!!」
愕然とした表情を刻み込みながら、ダルフが崩折れ始める。そうしてこの瞬間に走馬灯でも見ているかの様に、視線は俺から逸れて虚空を覗いていた。
……何か、誰かと会話をしているかの様にぶつくさと口元を動かしていたダルフの目が、一度見開いて、そこに途方も無い光を押し留めながら伏せられて行くのを俺は見た。
「行こうみんな……」奴はそう囁いていた。
頬を伝う涙を風に流し去りながら、奴がその瞳を立ち上げた――瞬間だった。
「――な、なっんだっダルフ……貴様!」
ダルフの背に滾る赫灼とした瞬きが、勢いを増して噴き上げ始めていた。目前にうねり逆巻いた雷轟が、肉厚な白き翼となって奴を突き上げ始める。
想像を絶するだけの白雷のエネルギーに、俺の体が押し返されていた。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
「なんだその力は……いつまで……何処まで肥大していくというのダッ!!」
光を放つクレイモアの行く先が、輝きの道となって空を翔けていた。
――バギリ。
そう音を立てて、拳にクレイモアの刀身が侵入する感覚があった。鋼鉄の肉が砕けて、奴の明滅する光が入り込んで来る激烈な感覚に俺は声を上げる。
「バカな!! この俺の拳が……ッッ!!」
「もっとだ……っモットッッ!!!!」
奴の魂に呼応するかの様に激しさを増していった白き翼。
その閃光がダルフを前へと推し進めていき、俺の拳にさらにとクレイモアがめり込んで来る――。
「クソっ!!」
俺は堪えきれぬ程の屈辱感に苛まれながら、残る左腕を上空へと差し向けて、間近につばぜり合うダルフに向かって歯を剥いていた。
「『黒雷』ッッ!!!」
「な……っ」
空から突き落ちて来た漆黒の霹靂が、全てを黒に呑み込む。




