第四話 天使の子(5/9)
マニエルが指先で手元のハープを撫でると、後方から突風が巻き起こって周囲に木々を散乱させた。
「その風がお前の能力か。風を操り、死人も使う」
「さんかく! それでは三角ですよ。反逆者のアモンさん」
マニエルは余裕そうに笑いながら、手元のハープの音を立てる。すると後方から突風に乗った木の矢じりが顔面に飛んできた。
「くっ!」
右腕でそれを叩き落としたが、地に落ちた矢じりの形状を見て俺は疑問を浮かべる。
――なんだ、この精巧された形状の木は?
「成る程、それがアナタの異能力ですか。ふふ…… ――えーい! それっ! それ!」
気の抜けた掛け声に合わせて、再び木の矢じりが飛んでくる。俺は全てを弾き落としたが、それらはやはり、全て精巧な矢じりの形状をしている様であった。
「まさか……お前は」
更なる矢じりを避けようと横に飛び退こうとし俺の足元に、地から伸びた長い草がうねり纏わりつく。
「ぐ……!」
倒れ込んだ俺の足や頬を、何本かの矢じりが掠めていった――。
頭を振った俺は足元に絡んだ草を引き千切りながら、いい加減に思い至る。
「まさか……お前は……自然を操れるのか!?」
「マルです!」
予想だにしなかった驚異の能力に、俺は愕然と身を固まらせるしか無かった。
「めきめき〜っめきめき〜っ……フフ!」
馬鹿げた声と共に、地に幾多も転がった木の枝や幹が、ハープの音色に合わせて瞬時に混じりあい、鋭利な槍の形となって迫り来る――。
「そんなのありか!」
――この自然全てが敵だと?
木の槍を黒い掌で掴み、地面を転がってその場を離れる。
するとマニエルはふくれっ面をして語り始めた。
「私の能力はミハイル様から頂いた物です。アナタの様な矮小な異能力などとは違うんですよー」
「ミハイル……?」
――その名を聞くと、この胸の奥でざわわと野生が毛を逆立てる様な感覚があった。
地中に張った根が地から湧き出でて、俺の四肢を巻き上げ始める。みるみると締め上げられていった体が宙吊りにされていってしまう。
次にマニエルが指を鳴らすと、地中から浮き出してきた大木の根が、その背後で椅子の形状へと変化していった。
「ふぁ〜〜あぁっ」
奴はあくびをしながらその肘掛け付きの椅子に座ると、悠然と足を組んで宙に吊り上げられた格好の俺を眺め始めた。
「正直興醒めです。こんな人に私の隊が二つも壊滅させられたなんて」
呆れた様子の天使の子は、もう全てを終わらせる腹積もりなのか、ひしゃげた音を立てながら背後の大木を巨大な矢じりに変化させていった。
「ミハイル様が何故アナタに執心するのかわかりません」
やはり何処かで聞き覚えのあるその名に、俺の黒腕がドクンと脈打つのを感じた。
しかしそんな事など関係無く、ハープの音色に合わせて起こった突風に乗って、猛然と脅威が俺の顔面に迫っていた――!
「……ぉぉおおおッ!!!」
両腕に巻き付いた根を黒い腕の剛力で無理に引き剥がすと、正面から迫る自分の身長よりも巨大な矢じりに向かって俺は拳を突き出した――。
「お馬鹿ですねぇ。私の『聖霊の領域』で形成した矢じりは鉄と同じ位に硬いのに」
またしても呆れ顔をしているマニエルだったが、飛び散った木片に気付くと目を見張っていく。
矢じりの衝撃で巻き起こった土煙の中で、俺は見せ付ける様に、掌に握り込んでいた樹木の破片を粉々にして地面に落とす。
「鉄と同じ位に……何だって?」
「そう……ですか。ならば更なる苦しみをアナタに送りましょう」
マニエルは緑色の翼を羽ばたかせて上空に飛翔して行って、高くに留まる。
「騎士達から聞きました。アナタ魔法は使わないんですって? ならばこの場合はどうします?」
手元のハープを撫でて流麗な曲が周囲に奏でられる。すると俺の周囲の木片が引き合い、混じりあって、その形を人程までに大きくしていった。
「『再開の木偶』」
俺の目前で成す術もなく形成されたのは、二人の人間――二体の木偶であった。
「なん……だこれは?」
その禍々しさに吐き気を催す。木々が重なりあって辛うじて人の形の出来た粗末な身体の上に、生前のままのリアルな首を乗せたドルトとメルトの姿が誕生していたからだ。
「許さんぞアモン。ワシにあんな屈辱の死に方をさせたお前を」
「誇り高き騎士が貴様の様な反逆者に敗れたなど有り得ん。今すぐ肉塊にしてくれよう」
流暢な口許で話し始めるドルトとメルト。そのあまりにも醜い容姿に俺は絶句するしか無かった。
コイツは部下の命を平気で弄び、人形劇でもするみたいに遊んでいる。
「魔力を使うので、顔以外は適当です。ふふ、戦力としては申し分無いですから」
「ムゴい事をするんだな……」
「ムゴいのはアナタでしょうアモンさん。ほら、お二方とも怒っているではないですか」
「死ねアモン。恥辱にまみれた死をお前に」
「殺してやる。小汚ないロチアート共々だ」
更に形成された木の剣をドルトが。槍をメルトが手に携えて構え始めていくのが見えた。
「まぁ可哀想なお二人さん。あそこの反逆者をやっつけてしまいましょう」
メルトの突きが俺の顔を掠めていく。続けてドルトの剣が迫り、堪らず後退した。
「マニエル!!」
俺は両腕で地面を殴って飛び上がった。空に漂うマニエルを地に叩き落とす為に。
「あら、アナタは空中で攻撃を避けられるのかしら?」
木々で作った無数の矢じりが地上から打ち上がって来て、俺の肩と足を貫いていく――。
「身を捩って致命傷を避けたのですか。凄いじゃないですか」
なんとか着地してその全身で受け身を取ると、上空で微笑んでいるマニエルを忌々しく見上げる。
「お前は殺す、絶対にだ!」
しかし即座にドルトとメルトが飛び掛かって来る。俺は傷付いた足と肩にむち打ちながら、歯を食いしばってそれを避け続ける。
連撃の合間を縫って木偶に反撃するが、鉄の様に硬い身体は軽い一撃では砕けない。
突如とそこで、奴が間延びした声を上げ始めるのを俺は聞いていた。
「あーっ、そうです。私が一人でここに来たのは別にも理由があるのですよ。アナタに聞きたい事があるのです。それを直接聞いて見たかったのです。ふふふふ」
上空でわざとらしく手を打って、優雅に翼を羽ばたかせながら、奴はこの俺を嘲笑するかの様に問い掛けて来た。冷徹な緑色の眼光を闇夜に浮かび上がらせながら。
「アナタはどうして戦うのですか?」




