「まあ、君のことはこれから判っていけばいい」
「怒ってたんだと思うよ」
少年は肩を竦め、一言告げた。
エースという少年は、感情の起伏が少ない。
感情がない訳ではない。人生を楽しみ、喜び、悲しみ、悔やんでいる。
しかし、それを露わにすることを控えているのだ。
それは、孤児院で育ったことによるものが、大きい。
孤児院では、両親から与えられるような、無二の愛というものはない。
職員は、全ての子どもたちを公平に扱う。
それが、大勢の孤児を育てる大前提となっている。
子どもの我が強ければ、へし折られるだけだ。
故に、エースは我を通さない。甘えない。大抵の、小さな可愛らしい、子供らしい望みは諦め、口にすら出さずに育ってきた。
尤も、孤児院内では末っ子であり、唯一の男児ということで、周囲の扱いはやや甘くはあったのだが。
「何て言うか……親父がさ。人の気も知らないでずっと寝てて。人の気も知らないで勝手に他人に起こされて。人の気も知らないで、好き放題暴れまくってるって思ったら、その、ちょっとむかついて……」
気まずげに、エースは視線を逸らせながら続けた。
「ちょっと?」
穏やかに、Gは訊いた。
「……かなり」
恥ずべきことだ。そう自覚しているからこそ、認めにくい。
しかし、その場の大人たちは、それを咎めることなどなかった。
興味深げに、ふむ、と頷く。
「叱らねぇのか」
おずおずと尋ねる。隣に座る兄は、その言葉に苦笑した。
「無理はない、と思うよ。多分、我々、この研究所にいる人間の大半は、一度くらい彼を殴りたいと思ってる」
「恨まれすぎだろ」
半ば呆れ、半ばほっとして零す。
「それに、怒るというのは、いい兆候だ」
しかし、続けられた言葉に首を傾げる。
「能力が初めて使えるようになるには、今まで例外なく、怒りという感情がきっかけとなる。この世界の理不尽に対する怒りが。この世界の理不尽を、覆そうとする、怒りが」
「……怒り」
眉を寄せて、繰り返す。
そんなものは、自分には無縁だと思っていた。
「それがいい方向に向かうのではないか、と思っていたから、あの場に君を同行させたんだ。でなくては、危険すぎてとても承諾できなかった」
いい方向、というのはつまり、今まで全く発動する気配を見せなかったエースの能力が、その片鱗でも伺わせるのではないか、ということだ。
人格形成としてそれを望むのはどうなのか、と、エースは思うが。
「それはそれとして、君はもう少しわがままになっていい。アイを見習うぐらいに」
そんな考えを見越したのか、そう続けてくる。
「……遠慮しとくよ」
歳の近い家族のことを思い出して、エースは苦笑した。
「監視カメラの映像を見る限り、イアンの創り出した茨をエースはかき消してしまったようだったが」
ハワードが、顎に手を添えながら尋ねる。
「私にもそう見えました」
Gが、その見解に同意した。
「エースとCは、受精が同時期で、誕生もさほど間があった訳ではありません。そして、その能力の名前。〈抽象化〉と、〈具象化〉。繋がりがあっても、不思議はないと推測します」
「ラッカムが、逃亡する時も、この二人だけを連れていった。あの当時、他にも子どもたちはいたのに」
「Cの能力は、自らの意思で現象を創り出すことだ。他の者たちとは違い、複数の現象を」
次々に、大人たちは思いを口にしていく。
「……つまり、エースの能力は、現象を消去するものだと?」
「複数の現象を、という可能性が高い」
まだ、確証はないものの、彼らはどんどん話を進めていく。
だが、エースにとって、能力が発動したのは一瞬のことで、しかも他のことに意識が向いていた。実感はない。
正直、このノリについていけていなかった。
しばらくぼんやりとしていると、その様子に気づいたのか、彼らがやや気まずそうな顔になる。
「まあ、君のことはこれから判っていけばいい。みんな張り切っているからね」
「そりゃあよかった」
今まで、エースを担当していたチームは、全く進展がないも同然だった。どうしようもないとは言え、微妙な申し訳なさを感じていた少年は、苦笑して呟く。
施設の中は、普段よりもざわついている。
あんな騒ぎがあったのだ、無理はない。
「親父、いつ戻ってくるかな」
一通り検査を済ませるには時間がかかる。エースは、それを身をもって知っていた。
しかも、イアンが受けるのは数十年ぶりだ。
「今夜中には一応終わるとは思うけど、多分、睡眠中も色々調べられるだろうからね。身体が空くのは明日の朝になるんじゃないかな」
明日は仕事は休みだ。
運がいい、と思ったが、エースがいるために人手が割かれることも誘拐未遂犯たちは折込み済みだったのか、とも考えられる。
「今日は、皆忙しい。君から情報を聞き出そうとする者もいるだろう。上層部の方針が決まるまで時間はかかるだろうし、部屋に籠もっているといいよ」
とりあえず一度殴ったことだし、イアンも状況を理解した。エースのフラストレーションは、ほぼ無くなったと言ってもいい。
妹たちが父親に面会できるとしたら、明日か。
家族のことを考えて、彼はその夜を過ごした。
「これ以上、こんなところにいられるか!」
〈親株〉と呼ばれる男がそう言い放ったのは、つまり、その翌朝のことだった。




