「勿体ぶんな。さっさとしろよ」
しかし、それでも半信半疑ではあったらしく、イアンは、その後しばらくの間、質問を繰り出した。
眠りにつく前の顔見知りである研究員や、傭兵時代の同僚などの現状だ。
それには、エリノアが端末を操り対応していた。
二十九年の歳月は流石に軽くはなく、次々に退職や訃報といった情報が告げられる。
時間が経つにつれて、彼らの表情は重苦しくなってきていた。
「歳は取りたくないものだ」
やれやれ、と、ハワードがぼやく。
「実感すらない俺の気にもなれよ」
睨みつけるイアンの眼光にも、やや力がない。
「さて、と。年月が過ぎたことを実感して貰えたところで、変化があったところを言っていこう」
また、淡々とハワードが続けていく。
今度の内容は、社内規定の変更が主で、エースは勿論、イアンにも退屈だったようだ。眠そうな目になっている。
「あー、その辺はもういい。待遇が良くなったんだろ。よかったな」
後半、あからさまに棒読み口調で遮った。
手が動かせれば、扇ぐように振っていたに違いない。
その対応は予測できていたものらしく、一つ頷いてハワードは流した。
「では、おそらく、君にとって最も悪いニュースだ」
「勿体ぶんな。さっさとしろよ」
流石に緊張感も薄れてきているのか、イアンの態度はかなりぞんざいになっている。
「二十九年前、君がここを脱出しようとして行ったことに対し、当時の上層部は、厳しい措置を取った。……イアン・オライリー。君は、既に死亡していることになっている」
「ふぅん」
他人事でも、もう少し熱意はあると思えるような返事だ。
エースとGが、思わず顔を見合わせた。
「……怒らないのか?」
イアンが、顔を反り返させてこちらを視界に入れ、にやりと笑う。
「世界がヌルくなったってのは本当だな。状況がマズくなったら、末端から切り捨てられるのは当たり前だろ。物理的に切られなかっただけ儲けもんだ」
「物理的」
呆れて小さく繰り返す。
「それに、その辺は何とかできる目処はあるんだろう?」
視線を戻し、次いで尋ねた相手は、ハワードだ。
「……まあ、追々ではあるが」
渋い顔で、しかし所長は肯定した。
「期待してるぜ、優良企業」
揶揄するように、笑む。
その様子からは、目覚めた直後のような、圧倒的な敵意は向けられていない。
現在の状況を理解し、納得したのだろう。
安堵の息を、Gが零し──
「そうだな。子どもたちの為にも、君を下手な立場に置くことはできないから」
「……は?」
イアンの胡乱な声に被せるように、思い切りむせた。
「大丈夫か?」
隣に立つエースが、小声で尋ねながら背中を撫でてくる。
一呼吸毎に喉に引っかかりを覚えつつ、やや背を丸めて兄は頷いた。
「おいこら、今何て言った?」
背後のそんな騒ぎに全く頓着せずに、イアンは問い質す。
「だから、君の子どもたちのことを思えば、いつまでもふらふらさせておくことはできないだろう?」
「子ども……? まさか、お前らあいつに何か……!」
激高しかけたイアンを、軽く手を振ってエリノアが止める。
「彼女は関係ないわ。約束通り、平和に暮らしているわよ」
「そうか……。なら、いい」
訝しげに、しかし男は頷いた。
「それに、彼女には貴方との子どもはいませんし」
「は?」
鼻の頭にまで皺を寄せて、イアンが再度不審な声を上げる。
「君の能力を受け継いだ子供たちは、現在、この施設で五人が生活しているよ」
「五人だぁ!? ちょっと待て、いくら何でもそんな大人数……」
言いかけた言葉をぴたりと止め、男はゆっくりと振り向いた。
「能力を受け継いだ……?」
Gはやや気まずげに、エースは仏頂面でそれぞれ頷く。
彼ら二人が、イアンに対して能力を使ったのは、ほんの数時間前だ。
「いやいやいや、歳が合わねぇだろ、そりゃ」
しかし常識に囚われて、自らそれを否定する。
そこへ、重々しくハワードが口を開いた。
「君が冷凍睡眠で眠ってしまう前に採取した検体から、人工授精で誕生させたのが、彼らだよ。年齢が離れているのは、年間に産ませる数に制限があったからだ」
「お前ら本当に俺に何してくれてんだ!?」
〈親株〉の異名を持つ男は、心の底から怒声を上げた。
その後、ごねるイアンを強引に検査に送りこみ、残った四人は場所を変えた。
温かいコーヒーを前に、一息つく。
「とりあえず、現状判っていることを知らせておこう。研究棟での人的被害は三名。一人は前室で気絶させられていた、チームリーダーだ。あと二人は、監視カメラに映っていた、実行犯だな。今のところ、生命に別状はない」
「その二人は、ここ二ヶ月以内に入所しているわ。つまり、Cの一件があった後ね」
兄弟の眉間が揃って寄せられる。
しぃが、育ての親であるラッカムに唆され、〈神の庭園〉の職員を傷つけた事件。
あの後、被害に遭った者、遭っていない者取り混ぜて、相当数の職員が異動、または退職していった。
その穴を埋めるための人員だったのだ。
「スパイを警戒はしていたし、背後関係は洗っていたのだがな」
実際、それに引っかかった求職者はもっと多かった。
「それから、駐車場に、エンジンをかけたままの車があった」
それは、エースも気づいていた車だ。
「内部は簡易ではあるが、車内温度が氷点下まで下げられる造りになっていた。おそらく、イアンを運び出して、それに載せて逃亡しようとしていたのだろう。駐車場の許可を取るのは色々と制約があって、実行犯たちは持っていなかった。彼らの使用した許可証は、以前に襲われた職員が奪われたものだ」
人の出入りに関しては厳しかったが、それに伴う車にはチェックが緩くなっていたようだ。
その場の者たちが、それぞれ暗い顔になる。
しかし、ハワードが気持ちを切り替えるように、口を開く。
「その辺りは、こちらで対応する。その都度知らせるから、ひとまず心配しないでくれ。……では、これからは、エース、君が一体何をしたのかを、聞かせて欲しい」




