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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
エデンの庭師

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「要注意と言うなら全員だ」

「彼の名前は、イアン・オライリー。来歴は殆ど知られていない」

 淡々と、Gは言葉を継いでいく。



 表立ってその名前が知られたのは、二十歳。

 彼は、傭兵としてある組織に登録したのだ。

 と言っても、その頃彼のいた地域では大した戦闘はなかった。少々不穏な状況で、護衛のようなことをしていたという。

 その後、国を変えて仕事に就き、コヴィントン&ブライアーズ商会の関連会社に雇い入れられたのが、二十三歳。

 ……勿論、純粋に、彼の物理的な戦闘力を買った訳ではない。


 イアンの超能力(サイ)については、それ以前から彼の周囲で噂にはなっていた。だが、確実な情報ではなかった。

 そこで、コヴィントン&ブライアーズ商会は、関連企業で彼を雇い入れたのだ。

 三年ほど、無難な仕事を与えて様子を見たのち、イアンを同僚たちと共に健康診断に向かわせた。

 その一環として、奇妙な薄い板に数分間触れさせる検査を追加したのだ。

 結果、同僚たちは何の文字も浮かばなかったのに対し、イアンは一つの単語を表示させた。

 若き傭兵は、その場でこの研究所への異動を言い渡された。



「異動」

「転勤族?」

「父親が単身赴任とか大変だな」

「落ち着きなさい、その頃まだ私達は生まれてない」



 当初、イアンは協力的だった。

 衣食住は保証され、さしたる労働もなく、報酬は高い。

 その待遇を歓迎していた風でもあった。

 だが、研究所から外に出ることを禁じられ、四六時中観察され、管理され、検査と称して血を抜かれ、生命に支障がない程度の手術を繰り返される。

 彼は、最初に言葉で限界を訴え、そしてやがてそれは実力行使へとエスカレートする。

 イアンがここにいたのは、七年間。

 その半分以上を、彼は半ば拘束され、実験動物のような扱いで過ごすことになった。



 彼は七年目に、全能力を発揮して研究所からの脱出を画策し。

 そして、それは多大な犠牲を出しながらも、最終的に制圧された。

 〈神の庭園(エル・ガーデン)〉は、彼を生かしたまま(・・・・・・)研究を続行することを困難だと判断する。


 イアン・オライリーの身体は、現在、冷凍睡眠(ハイパースリープ)によって保存されている。

 彼が再び意識を取り戻す予定は、今のところ、ない。




「……当時は、この研究所は、随分と倫理にもとる研究方法を採っていたからね。その後、私たちには相応の対処に改められたけど、イアンの担当チームは、彼が生きていないことを理由に、あの頃の方針を保っている」

「生きていない?」

 エースが問い返す。

「彼は、冷凍睡眠(ハイパースリープ)中だ。言わば仮死状態で、生命活動は停止している。それに、法的にも、彼はもう生存していない。その処理は早々に行われた」

 既に、彼の戸籍はないのだ、と。そう、Gは弟妹に告げる。

 なるほど、これはエムには聞かせられない話だ。

父さん(ダディ)は、何歳なの?」

 不思議そうに、しぃが尋ねた。

「[死亡]時は、三十三歳。今生きていたら、六十二歳になっているだろう」

 その数字に、彼らは一様に驚いた表情を浮かべる。

「……父親っていうより、おじいちゃんね……」

 あからさまに、アイが眉を寄せた。

「えーと、だな、G。それだと、年齢が合わないんじゃないか? その、つまり、俺たちが生まれた時と」

 かなり言いづらそうな表情で、弟が口を挟む。

「エース!」

 驚愕と、羞恥と、嫌悪の入り混じった顔で、アイが勢いよくテーブルを叩いた。

「落ち着いて、アイ。大事なことだよ」

 Gに宥められて、口を尖らせて黙りこむ。

「私たちが生まれたのも、実験の一環だ。彼の血を引く子供に、超能力(サイ)が引き継がれるかどうか。母親になる相手は、慎重に選ばれ、受精は人工的に行われている。……つまり、事前に採取されていた、精子を使って」

 青年はきまり悪そうな顔ではあるが、彼らにこの情報を知らせることは、面会の許可が下りたときから決まっていた。

 これは確実に、今のところエムには伏せられなくてはならない話だ。

 案じていたのとは裏腹に、少女たちがあまり嫌悪感を見せないのは、この年頃特有の潔癖感の裏返しか。

父さん(ダディ)とは、もう、会えないの?」

 悲しげに、しぃが問う。

「会えるよ。事前に申し入れる必要はあるが……」

「そうじゃないの」

 判っているはずだ、と、しぃが、弟妹たちが、長兄を見上げる。

 Gは、小さく溜息をついた。

「……彼が目覚める予定はない。その許可が下りることも、おそらくはありえない。彼の危険性は、あまりに高すぎる」

「危険……?」

 訝しげに、繰り返す。

 ただ眠っているだけの男を見ただけで、その実感はあるまい。

「戦闘能力と、応用力について、彼は段違いだ。現状、私たちの中で尤もそれを行使できるのはCだろうけど、イアンは記録では更にその上を行く。それに、我々は、能力(サイ)を使い始める際に、大抵の場合、世界を恨み、憎み、(いと)う。……イアン・オライリーの抱く憎悪は、私たちの比ではない」

 そして、言い含めるように、続ける。

「彼は、この地を壊滅させることを望んでいる」




「……現在、彼らは互いを含め、他者との接触を避けている状態です」

 Gの報告に、ハワードが頷く。

「エースとCのストレス耐性は?」

「双方、規定以上には高い数値を出していました。ですが、Cは以前、行動に躊躇いがなかったこと、『家族』の偽りの情報を信じていたことから、要注意状態であるかと思われます」

「要注意と言うなら全員だ。研究員に周知させよう。エムのチームも外すな」

 所長の指示に、Gは静かに頷く。

「……乗り越えられると思うかね」

 ぽつり、と、壮年の男は呟いた。

「我々に、他の選択肢があるのですか?」

 珍しく、青年は従順さを減らした答えを口にする。

 それはただ、一人の兄、一人の息子としての、言葉だ。



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