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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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22/57

「どんな期待をしてると思ってるんだよ」

 その日、広場に見慣れない一台の車が入ってきた。

 居合わせた人々、主に男性たちの視線がそれを追う。

 静かに広場の一角に停車すると、すぐに助手席のドアが開く。

 ぴょん、と飛び降りたのは、まだ幼い少女だ。

「危ないよ、エム」

 運転席側のドアが開き、声がかけられるが、彼女はそれに見向きもせず、広場の一点へ向かって駆ける。

「エースお兄ちゃん!」

 石畳の上に停められた、楽しげな塗装のバンの中からその動きを見守ってた少年が、破顔した。

「おぅ、エム! 久しぶりだな」

 窓の外に出されたカウンターに両手の指先を引っかけ、背伸びして顔を出す幼い少女の髪を撫でる。

「元気だったか?」

「うん!」

 そうかそうか、と更に目を細めるエースの元に、Gが歩み寄る。

「こっちに寄るとは思わなかったよ」

 エムが、Gと共に来るという連絡は受けていた。彼女がマリア・Bに会いたがったのだ。

「君の作るガレットを食べて欲しい、と言ってね」

 興味深そうに、青年は周囲を見回す。

「食って、くれるのか?」

 ぱっ、と、エースの顔が明るくなる。

 それに少しばかり驚いて、兄は相手を見返した。

「ああ。お薦めはあるのかな」

 だがすぐに、穏やかに笑んで尋ねる。

「おすすめはねぇ、全部!」

 エムが得意げに告げる。

「おやおや。それじゃ、食べきれないね」

 Gの、エムへの態度は、ブライアーズ孤児院へ初めて来た時から変化している。その時、彼はエムを「仲間だ」と言っていた。

 今は、どう思っているのか。

「そうだぞ、エム。そもそも、そんなに何種類も頼んでも、焼くのも持つのも大変だ」

 口を挟んだエースが、メニューの表示された端末をカウンターへ出す。

「お薦めは、全部乗せ、だ」

 にやりと笑う弟と、メニューの多彩さに、Gは僅かに怯んだ。



 夕方になって、孤児院に帰る。

 四人で夕食を摂り終える頃には、エムはもううとうとし始めていた。

「興奮してずっと起きていたからね」

 苦笑して、Gがその身体を抱き上げる。

 二日分の着替えなどを詰めた鞄を手に、エースは義姉(あね)を振り返った。

「じゃあ、行ってくる」

「気をつけてな」

 軽く手を挙げて、少年は玄関をくぐり抜けた。



 エムは後部座席を占領して眠ってしまっている。

 エースがそれにつられたか、大きく欠伸をした。

「寝ていてもいいぞ」

「いや、大丈夫だ。昨夜、寝つけなかっただけだから」

 Gの言葉に、苦笑しつつ返す。

「どうかしたのか?」

 体調を崩しているのかもしれない。その可能性も考慮しないと、とGが考えるが、エースはひょいと肩を竦めた。

「うち以外の場所に泊まるのは、初めてなんだ」

「……ああ。なるほど」

 エースの突飛な言動に、少しばかり慣れてきたらしい。含み笑いをしつつ、兄は頷いた。

「ご期待に添えるようだといいね」

「どんな期待をしてると思ってるんだよ」

 エースが混ぜっ返す。

 明日がどんな一日になるか、彼には知る由もなかったのだ。


 〈神の庭園(ガーデン)〉に着いた時には、エムはすっかり熟睡してしまっていた。

 Gがその身体を抱き上げて、駐車場を横切っていく。

 向かったのは、住居棟だ。三階建のその建物は、二階以上は男女で分断されているが、一階のロビーや食堂は共用だった。

 ロビーに二人が姿を見せると、その場にいた十数人がわっと立ち上がる。

 流石に怯むが、Gが静かに、とジェスチャーすると、気恥ずかしげに静まった。

「マム・サリー。エムを」

 一人の若い女性が歩み出て、慣れたようにエムを受け取った。

 大きくなったわね、と嬉しそうに呟きながら、もう一人の女性と共にエレベーターに向かう。

 扉が閉まると、その場の一同は(せき)を切ったようにエースの傍に集まった。

「ようこそ、〈神の庭園(ガーデン)〉へ!」

「疲れたでしょ、こっちにどうぞ」

「お腹空いてない? 何か要る?」

 腕を引かれ、ロビーの奥へと(いざな)われる。

「え、あの、なに」

 少年はぎょっとして、腰が引けているが、それを気にする様子もない。

 Gに視線を向けると、苦笑いを浮かべて、それでもすぐ後ろにいてくれた。

「みんな、君を待っていたんだよ」


 とすん、とソファに座らされた。

 ぐるりと周囲を取り囲まれ、視線が集中する。

 ここまで多くの人に関心を持たれたことは、今までにない。

 どうぞ、と、テーブルの上に、横から冷えたアップルジュースを置かれた。

「あ、ありがとう。そうだ、これ」

 鞄とは別に持ってきた袋から、小ぶりの箱を幾つか取り出した。

「親方と、俺も一緒に作ったので。よかったら、食べてください」

 箱の中には、何種類かのクッキーが詰められていた。ココア生地や、ナッツが乗っているもの、色とりどりの砂糖漬けの果物を刻んで混ぜたものなどに、詰めかけた職員たちは歓声をあげた。

「すごい!」

「これ、わざわざ?」

「何枚焼いたの?」

「皆さんが何人いるか判らなくて、こちらにはとりあえず75枚」

 その半端な数に、既に一枚つまんでいる職員が首を傾げた。

「あと、エムとGとアイ、ハワードさんとエリノアさんに五枚ずつ。……俺の仕事と、親方の腕を、判って欲しくて」

 少年に挙げられた名前の中で、今ここにいるのは、Gだけだ。

 少し照れたように説明するエースに、何人もが言葉を詰まらせた。

「はい、そういう訳だから、全部は食べないでください。ここにいない人にも分けないと」

 Gが、その隙にさっさと開けていない箱を手にする。

「ずるい、G! 自分は別にあるからって!」

「兄弟枠でね」

 文句をつける若い女性に、さらりと返す。

「うん、美味しいこれ。親方さんって、パティシエ?」

「いえ、今はガレットの店をやってます。ただ、去年の祭りには菓子とかも売ってたから。エムにも、よく作ってくれました」

「いいなー。あたし、エース送って行って食べてきたい」

「仕事をしてください、マム」

 やや年かさの女性が口を尖らせて言うのに、素っ気なくGは告げた。

「ガレットも美味いの? Gは食べた?」

 その問いに頷くと、ほぼ全員から羨望の声が上がる。

「流石に全部乗せは無理でね。自家製のスモークチキンを」

「おお……」

「美味かったですよ」

「おおお……」

「ありゃ、地がいいんだよ。親方のラタトゥイユは絶品だから」

「確かに。トマトの酸味は強くないし、コクがあって、あれはなかなか」

「ずるい!」

「ずるい!」

「エース、来週作って!」

「仕事をしてください、みんな」

 口々に発せられる声に、エースが思わず笑う。


 そうして数十分も経った頃に、誰かが、あ! と声を上げた。

「今何時?」

「あ、九時過ぎてる!」

 慌てた様子に首を傾げていると、職員たちは手早くエースの前からグラスと菓子を取り上げた。

「はい、エースは今日はもう飲食禁止」

「え?」

 未成年だからだろうか。しかし、それではあまりに厳しい規則だな、と思っていると、他の者が口を開く。

「明日は朝から色々検査するからね。それが終わるまで絶食ね」

「ええ!?」

 だが、その宣告は予測できなかった。

「お腹を空にしないとできない検査があるのよ。できるだけ早く終わらせるから、お昼前にはブランチにしていいわ」

「そんな時間まで?」

 何といっても、エースは食べ盛りである。我ながらかなり情けない声を出してしまったが、相手はじろりと見下ろしてきた。

「本当なら、何日もかけてゆっくりやれるのよ。それが、明日一日しか時間が取れないのは誰の都合かしら?」

「……う」

 それを言われると、我儘を通した自覚のあるエースは黙るしかない。

「そうだな。じゃあ、今夜はここで解散で」

「えー!」

「ええー!」

 さらりと告げたGに、抗議の声が上がる。

「エースの前で、好き放題飲み食いするんですか? いい大人なんですから、弁えてくださいよ」

 だが、そうたしなめられて、彼らは渋々それを受け入れた。

 Gが、エースに向き直る。

「部屋に案内しよう。おいで」


「疲れてないか?」

 エレベーターのボタンを押して、扉が閉まると、Gは気遣わしげな口調で尋ねた。

「大丈夫だよ。仲がいいんだな」

「そうだね。私たちは被検体だから。メンタルが不安定だと、結果を出せない。それを制御するのも目的の一つではあるけど、皆にとって楽しくはないからね。彼らは、私たちに良くしてくれているよ」

 勘違いをしすぎるな、ということだろう。

 おそらくは、Gの経験からくる戒めを、エースは無言で聞いた。


 そんなことは、よくあることだ。



 住居棟は、ロビーも三階フロアも、やはり鉄筋コンクリートの打放しで作られていた。

 味気ない造りは、流石に個室の中までは及ばないらしい。エースが案内されたのは、淡いアイボリーの壁紙に、緑色を基調にした前衛的な柄のカーペットが敷かれた部屋だった。

 孤児院の二人部屋よりはやや狭い。黒く塗装されたスチールと曇りガラスを使ったテーブルと椅子が二脚、置かれている。正面の窓には床までの長い黄緑色のカーテンが下がっていた。

 壁には黒い扉が幾つかと、同じ色の小さな棚がある。

「右の扉はクローゼットだ。左の奥が寝室、手前がシャワールーム」

 Gが、寝室の扉を開く。

 家具はベッドと棚、色使いは最初の部屋と同じようなものだが、間接照明で柔らかく照らされた寝室は、また雰囲気が違う。

 シャワールームは、ユニット式だ。トイレと洗面もセットになっている。

「ここが?」

 呆気に取られて、呟く。

「ああ。仮に、ではあるけど」

 おそらく、ゲストルームなのだろう。Gの返事から、そう予想する。

 流石に、こんな上等な部屋を、週に一度しか来ないエースに用意するなんてことは、

「君が慣れるまでの間だよ。隣は私の部屋だし、何か判らないことがあったらいつでも来てくれ。隣が嫌だったり、広さやインテリアに不満があったら他の部屋を用意するから言っ」

「いやないだろ!」

 続けられた言葉に、反射的に声を上げる。

 驚いたように見つめてくる兄に、肩を竦めた。

「俺には勿体ないくらいの部屋だよ。あんたの隣だって、何も嫌なことなんてない」

 孤児院では、流石に義姉(あね)たちと同室はなかったが、隣の部屋の騒ぎなどは筒抜けだった。

 あまりにここでの扱いが丁重すぎて、むしろ居心地が悪い。

「私たちが快適であるように、気を配ってくれているんだよ。……それに、バスルームは共同だ」

 なんとなく親近感がわいてほっとした瞬間、兄は更なる爆弾を放りこんだ。


全自動(オート)浴槽(バス)だ。入浴し(はいっ)たこと、ないんだって?」



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