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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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18/57

「騙されてるんじゃないの?」

 食堂は、廊下をしばらく進んだ先の棟にあった。

 ここもコンクリートの打ち放しに、機能的な机や椅子が、適度な距離を置いて配置されている。窓は大きく、明るくて清潔だ。

 孤児院の、重く、動かしづらい食卓や暗い照明の厨房とはかなり違う。

 ビュッフェ形式にずらりと並べられたメニューを、Gの説明を聞きながら選んでいく。

「エースお兄ちゃん!」

 と、人混みをすり抜けて、エムが駆け寄ってきた。

「お。検査、終わったのか」

「うん!」

 満面の笑みで、幼い少女は頷く。

「どんなことしたんだ?」

「身長と、体重と、注射。泣かなかったよ!」

「おお、そりゃ偉いな」

 得意げに告げるエムの髪を撫でてやる。ちらりと、視線を隣に立つGに向けた。

「採血だ。二ヶ月いなかったからね。血液検査をするだけだよ」

「二ヶ月で?」

「普段は月に一度はする」

 訝しんで尋ねると、さらりと返された。

「ねぇ、エース、一緒にご飯食べよう!」

 横からエムが手を引くのに、笑いかける。

「ああ、勿論……」

「止めなさいよ、エム」


 エースの言葉を横あいから遮ってきたのは、長い金髪の少女だった。


 憤った青い瞳が、じっと少年を見つめている。

 彼女は先ほどエントランスで会った時の服装の上に、今は何故だか白衣を羽織っていた。

「なんでまだここにいるのよ。駄賃でも貰ってさっさと帰りなさい」

「アイ」

 言い放たれた言葉に、Gが嗜める。

「……乞食扱いされたのは四年ぶりだな」

 少しばかり新鮮で、小さく呟く。

「なによ。どれだけふっかけてきてんの、コイツ」

 アイと呼ばれた少女は、挑発的に長身のGを見上げる。眉を寄せ、Gはそれに相対した。

「我々は、勿論、この二ヶ月のエムの生活費をお支払いする、と申し出た。だが、ブライアーズ孤児院の責任者は、それを固辞された。エムを、家族として扱っておられたからだ」

「それで籠絡されたワケ? どれだけ人がいいのよ、あんた。金じゃないなら、目当ては情報に決まってるじゃないの。それをホイホイここまで招き入れちゃって」

「アイ!」

 青年が荒げた声に、気の強い少女は一瞬身を竦める。

 無秩序にざわめいていた周囲も、しん、としてこちらを注視してきていた。

「彼を連れてくるにあたって、所長と副所長双方の許可は出ている。お二人が是非に、と望まれ、つい今までご一緒だった。お前は、被験者の立場で、彼らの決断に逆らおうというのか?」

 褐色の肌。冷たく光る銀色の髪。長身で、体格もいい。

 人当たりの柔らかさでごまかされていたが、その気になった彼の威圧感は相当だ。

 大人の男というものに縁の薄いエースは、内心驚嘆していたが。

 しばしの沈黙の後、アイは鼻を鳴らし、エムの手を取って踵を返した。

「食事を選んだら、二人とも私たちのテーブルに来なさい。所長からお話があるそうだ」

「はぁ?」

 振り向いて、まだ何か言おうとしたようだが、Gの顔を見て、ただ肩を竦めた。

 呆れた溜め息を漏らして、エースへと向き直る。

「悪かったね」

「俺のことは気にすんな」

 謝罪に、軽く返す。実際、特に気に障った訳でもない。

「あの()は、どうにもここ一、二年、扱いづらくてね。成長の一環だとは言われているけど」

「あー、あるある。女ってのは、現実主義(リアリズム)夢想主義(ロマンチシズム)を矛盾なく併用するからな」

 知った顔で年下の少年が頷くのを、苦笑して見下ろした。

「行こうか。サー・ハワードとマム・エリノアが説得してくれるだろう」

 そう促したGの選択は、賢明だった。

 年頃の少女への対処を、責任者に丸投げしたのだから。



「何それっ!?」

 不機嫌そうな顔を隠しもしないで、エースから離れて座ったアイは、ハワードの説明が始まってすぐに奇声をあげた。

「仲間? こいつが? 十五年前にいなくなったのが今頃見つかった? 嘘でしょ?」

「確かに今のところ、真実は不確定だ。が、可能性は高いと考えられる」

 顔色一つ変えず、老獪な所長はそう告げた。

「騙されてるんじゃないの?」

 半眼で、じろりとエースを睨む。

「検査の結果が出れば判る。細胞単位で、我々に詐欺は働けない」

 淡々と説明された内容には言い返せなかったのか、少女は沈黙した。

「きちんと紹介しよう。エース、彼女はアイ。君と同じ、十六歳だ」

自分(アイ)?」

 先程から気になっていたことを呟く。アイはきっ、と睨みつけてきた。

「言っておくけど、変な名前じゃないのよ! 東の島国では、〈(LOVE)〉って意味だって、マム・レイラが言ってたわ!」

「……そのマムって、一体何者なんだ?」

「アドバイスしたのは、実は他の研究員でね」

 小声でGに尋ねると、苦笑しながら囁き返された。

「あんたにもあるのか? 名前に意味が」

「私のことは何も教えてくれなかったな」

「なに内緒話してんのよ!」

 苛々と、アイが割りこんでくる。

「エース、なかまだったの?」

 きょとんとして、エムが問いかけた。

「かもしれない、ってさ。もしそうだったら、エムとは本当の兄妹だ」

 ふ、と視線を和らげて、告げる。

 エムの顔がぱぁ、と明るくなった。

「やめてってば、そういうの。簡単に家族とか、言わないで」

 しかし不機嫌なまま、アイは水をさしてくる。

「血は繋がってるんだろ?」

 初対面の時には、彼らが無関係だと思っていて、それで拒絶したようだった。

 ならば、血縁があれば、もしもそれが証明できれば、彼女の態度も変わるのかと思っていたのだが。

「血が繋がってるだけの人間なんて、たくさんいたわ。でも、そいつらは能力(サイ)を発現できずに追い出された。あんな奴らと一緒にしないでよ」

「そんなことを言うものじゃないわよ、アイ」

 棘のある言葉を、やんわりとエリノアがたしなめる。

 つん、と顔を背けただけの少女には、堪えた風もなかったが。

「それで、あんたの能力(サイ)は何なのよ?」

「さあ」

「発現してないんでしょ?」

 軽く返した言葉に、アイは珍しく嬉しそうに笑みを浮かべる。

「心当たりはさっぱりない」

「ほら! ただの人間の分際で、あたしたちと家族なんて思わないで欲しいわね!」

 この少女、酷くプライドが高いようだ。

「……まあ、妹なら初めてじゃないしな」

 傍らでサンドイッチを頬張るエムを見ながら呟く。

「は? なによ、あんたよりあたしが歳下な訳がないでしょ?」

 根拠もなく変なところに張り合ってもくる。

「姉だったら、尚更間に合ってる」

 薄く笑んで、告げた。

 がたん、と音を立てて、アイが立ち上がる。

「座りなさい」

 半ば疲れた声で、Gが告げるが、しかし彼女は聞き入れなかった。

「ただの人間が、偉そうに! このあたしとの格の違いを思い知るがいいのよ!」

 ばさ、と乱暴に白衣を脱ぎ捨てる。


「あたしはアイ。能力名は、〈透明化(INVISIBLE)〉! 見てなさい!」


 びし、とつきつけてきた人差し指が、存在感を失くしていく。

 肌が、爪が、揺れる髪が。

 骨があり、筋肉があり、内臓がある肉体が。

 厚みの違う部位が、色の違う箇所が、どんどんと薄れ、存在感を消していった。


「……すげえ」

 アイの背後の様子までうっすらと見えるようになって、ようやくエースは言葉を漏らした。

 消え行く少女が、得意げな表情を見せる。

「決意してから消え始めるまで、やっぱり三分以上はかかるんだけどね。ずっと君に見せたくてうずうずして準備してたんだろうな」

「余計なこと言ってんじゃないわよ、G!」

 苦笑しながら説明する青年に罵声が飛ぶ。

「で、服だけ残ってんのは?」

 空中に、彼女が身に着けていた黒の服と、床の上に靴が残っているのを示す。

「服にまで意思を行き渡らせるには、もっと時間がかかるんだ。だから、試験着は面積が少なくて、かつ、消えにくい黒い色の服になってる。測定しやすいからね」

「へえ」

「人のことべらべら喋らないで!」

 肉体自体はすっかり見えなくなったアイが、怒鳴る。

 白衣が宙に浮くと、ずんずんとその場を去っていった。

「……今度は何だ?」

「今、身体から先に消えていっただろう? 元に戻るのも、身体からなんだよ」

「だから余計なこと言わないでよ!」

 一際大きな声が響いて、そしてドアが勢いよく閉まった。



 十分ほどして、物凄く釈然としない顔で、アイは再びテーブルについていた。

「サー、マム、エースにおうちを案内してもいい?」

 エムがハワードとエリノアにおねだりをしている。

「場所によるよ。どこに行きたいんだね?」

「エムのお部屋! それに、お風呂!」

「お風呂?」

 首を傾げたエリノアに、頷く。

自動浴槽(オートバス)が珍しいんだって、最初にお風呂に入った時に言ってた!」

「ちょっと待って何言ったのいま」

 険悪に眉を寄せると、アイが身を乗り出してくる。

「お風呂は今でなくてもいいでしょう。夜に、彼が入るときに見せてあげればいいわ」

「えー」

 諭すような言葉に、エムが肩を落とす。

 アイの視線をすっぱりと無視して、エースは口を開いた。


「あのさ。俺、今日は遅くならないうちに家に戻るつもりなんだけど」



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