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僕らは楽園《エデン》に生えている  作者: 水浅葱ゆきねこ
〈神の庭園〉

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14/57

「本当に、大切にしてくれたんだね」

 翌朝、八時少し前にブライアーズ孤児院へ続く橋へと着いたGは、呆れ顔のまま、車から降りた。

「そちらまでお伺いするつもりでしたが」

「なに、手間が省けるでしょう」

 シャッターを抜けて、橋の上で待っていたマリア・Bが片手を挙げて返す。

 無論、その隣にはエースとエムがいたのだが。

 エムは、孤児院の子供達が着ていた服を着用している。手には、お気に入りのぬいぐるみを一体。紙袋に、初めて会った時に着ていた喪服一式を入れていた。

「準備はいいかい?」

 Gの言葉に、硬い表情でエムは頷く。

「あの、G、さん。ちょっといいですか?」

「なんだい?」

 エースが緊張しつつ話しかけるのに、Gは柔らかに笑んだ。

「俺、一緒に連れて行って貰えませんか?」


「……それは」

 驚いた表情のGに、たたみかける。

「エムを最初に見つけて、ここへ連れてきたのは、俺です。俺が飯を作って、風呂に入れて、起きている間の面倒を見てました。……その、半分だけだけど」

「風呂?」

 僅かに訝しげな表情を向けられるが、しかし、こういうことは勢いだ。

 エースはまっすぐにGを見つめて、言い募る。

「エムの家を、エムがずっと住んでて、これからも住む家を、俺、自分で見てみたいんです」

 Gは、やや困惑した表情を保っている。

「それは……いや、それで君が安心してくれるというなら、こちらは断る理由はないよ。しかし、レディ……」

 視線を向けられて、マリア・Bはひらりと片手を振った。

「レディは止めてくれないか。そんな柄じゃない。貴方は、サーとでも呼ばれたいとでも?」

「私にサーの称号は早すぎますよ」

 苦笑して、Gが返す。

「ともかく、エースはもう十六だ。自分のことは自分で決められます。……これが一年早かったら、絶対に許可は出さなかったがね」

 ぴり、と一瞬、マリア・Bの言葉に含むものが刺さって、エースは小首を傾げた。

「保護者の同意が得られているなら、問題はありませんよ」

 しかしそれには気づかなかったのか、あくまで穏やかにGは答えた。

 頷いて、マリア・Bはエムの前にしゃがみこむ。

 少女は既に泣き出しそうな顔をしている。

「エム。いつでも連絡してきていいし、いつでも会いたいと言ってくれていい。結構近いんだ、私はいつでもお前に会いに行くよ」

「マリアお姉さん……!」

 とうとう目に涙を溜めて、エムはマリア・Bに抱きついた。よしよし、と、その柔らかなストロベリーブロンドを撫でてやる。

「エース。エムを頼んだぞ」

「ああ」

 頷くと、エムの肩に手を置いて促した。

 後部座席に収まってからも、窓ごしに手を振るエムに、にこやかに手を振り返す。

 Gと別れの挨拶を交わし、滑らかに走り去る車を見送った。


「戻って、くるだろうか……」



 しばらくの間、車内は静かだった。

 エムはごしごしと目を擦り、エースはぼんやりと窓の外を見ていた。

 車は、すぐに広場に入り、そして通過する。

 親方には迷惑をかけてしまった。

 昨夜のうちに休みたい、とは連絡したものの、もう今日の仕込みを始めてしまっていたかもしれない。

 今夜にでも、また電話をかけて謝らなくては。

 やがて、車は街の境界線である川に差しかかった。片側二車線のそれを渡っていく。

 近代に掛け替えられた橋はコンクリート製だ。Gが、片手で見慣れない操作をした。

 一瞬、ふわりと身体に浮遊感を覚える。

「わ?」

 思わず出てしまった声に、隣に座るエムがきょとんとした顔になり、そしてくすくすと笑いだした。

空気(エア)に切り替えたんだ。振動がないだろう?」

 運転席からGが声をかける。

 確かに、タイヤから伝わる振動は減った。エンジンによるものが、僅かに感じられる程度だ。

「コンクリートの上を走るのも初めてだな……」

 小さく呟くのに、怪訝そうな視線をバックミラー越しに送られた。

「俺は、アウルバレイから出るの、今日が初めてなので」

「初めて? 今まで、一度も?」

「はい」

「旅行とかは?」

「うちの孤児院はかつかつなんですよ。今年からは俺も稼いでるし、人も減ったからやっていけてますが」

 総勢三十四人だった頃は、大変だった。

 無論、最年少のエースにとっては、さほどの苦労があった訳ではないが。

「エムね、ナレインフットに行ったことあるよ!」

 得意げに、少女が告げる。

「お、凄いな、エム。俺より経験豊富だ」

 乱暴に頭を撫でてやると、嬉しげにえへへ、と笑う。

 穏やかな目でその様子を伺っていたGが口を開く。

「本当に、大切にしてくれたんだね」

「家族ですから」

「家族、か……。エース」

「はい」

「そう言う、堅苦しい話し方は止めてくれないか。私はエムの仲間で、君はエムの家族だ。もう少しくだけた関係でいいと思うがね」

 思いがけない申し出に、ちょっと戸惑う。

「……あんたがそう言うなら」

「頼むよ」

 目が笑ったのがかろうじて見える。

「〈神の庭園(ガーデン)〉の仲間たちには、昨日連絡していてね。君に会ってみたいと言っていた。だから、今朝、実はこちらから同行をお願いしようとしていたんだ」

「俺?」

 少しばかり驚いて、尋ねる。

 今までの人生において、彼は大抵誰かのおまけだった。義母(はは)義姉(あね)たちや、親方などだ。

「そうだよ」

「どうして俺を?」

 素朴な疑問に、しかし珍しくGは言い淀んだ。

「それは……、いや、着いてから話してもらった方がいい。ちょっとややこしい話になるからね」

 更に首を傾げるが、とりあえず更には問い質さなかった。

「それはそうと、あんたとエムが『仲間』って、どういうことだ?」

 代わりに気になったことを口にする。

「どう、とは?」

 だが、Gは思いがけないことを聞いた、というように、繰り返した。

「あんた、エムとは家族じゃないのか? それで保護者って名乗ったのか?」

 返答次第では、エムを連れて引き返すことも考えなくてはならない。

 内心で、割と物騒なことまで計画しているとも知らず、ああ、とGは呟いた。

「私たちが住んでいるのは、ある種の施設だ。孤児院とは違うが、でも趣旨は似たようなものかな。私たちは、ある目的のためにそこに住んでいる。そうだな、関係性は、家族というよりは仲間というのがしっくりくるね」

 だからと言って、エムを大事にしていない訳ではないよ、と続ける。

「その辺は、一通り、レディ……ええと、マリアさんにお話してあったのだけど」

「姉貴は隠しごとが上手くてね」

 肩を竦めて、返す。

「ともかく、その施設が、あんたのいう、〈ガーデン〉てところなのか」

「正式には、〈神の庭園(エル・ガーデン)〉という。略して、〈ガーデン〉、とだけ呼ぶことが多いね。あと、一部の人たちは、〈エデン〉とも呼ぶよ」

 楽園(エデン)

 その大仰な名前に、何となく気圧されてしまったのは、確かだ。




 幹線道路から、高速道路へと進む。

 さほど長い時間そこを走っていた訳ではないが、エア・カーの滑らかな加速に、エースは少々驚いていた。

 やがて再び一般道路に戻り、ちらほらと建物の密度が高くなってくる。

「ナレインフットに入ったよ」

 その報せに、改めて窓の外を見る。

 見慣れた黄色い石の建物は、殆どない。

 伝統的な民家自体が少なく、直方体にそびえ立つ建築物が目についた。

 と言っても、せいぜいが十階建て程度のものだったが、しかしエースは街の教会以上に高いものを、映像以外で見たことはない。

 空を、山の稜線以外が切り取るのが物珍しい。

 そして、人が多く、動きが早い。車の数は言うまでもなかった。

「ほら、あの山の向こう側がアウルバレイだ」

 いつの間にか眠ってしまったエムを起こさないように、Gが小声で告げながら、西の方を示す。

 断崖絶壁だった見慣れた山と違い、こちら側は緩やかな斜面に、木々が茂っている。頂上付近に、見覚えのある純白の建物があった。

 そして中腹辺りから、似たような建物がちらほらと散見できる。

 車は、やがてそちらへ向けて進路を変えた。


 ふもとの辺りで、頑丈な高い塀と扉が行く手を阻む。

 門扉の手前で車が止まると、脇の詰所から門衛が姿を見せた。

 Gとの短いやりとりと、身分証明書らしいカードの提示で、門が開く。

「……厳重だな」

 これは、抜け出すのにエムもこちらのルートを取らない訳である。

「君のところと大差ないよ」

 滑らかに車を発進させながら、Gは返す。

「うちに門番を雇う余裕はねぇよ」

 苦笑して、エースはそう答えた。



 車は頂上までは向かわず、中腹の辺りで枝道に入る。すぐに、十台ほどが停められるガレージが現れた。

「エム。着いたぞ」

 静かに揺り動かすと、小さな呻き声を漏らして、エムは顔を上げた。

「着いたの……?」

「ほら、しっかりしろ。久しぶりに会うのに、よだれ垂らした顔とか嫌だろ」

「垂れてないもん!」

 一瞬で目を覚ますと、エムはエースに食ってかかる。

 小さく笑い声を漏らしたGにも、憤然とした視線を向けた。


「おかしくないかな?」

 車を降りて、そわそわと幼い少女は尋ねた。

「ちゃんと顔は拭いたぜ」

「エースの意地悪!」

 ぷい、と顔を背けるエムに、まだ笑みを浮かべたままGが口を開く。

「大丈夫だよ」

 不審に満ちた顔で二人の保護者を見ると、エムはくるりと向きを変えた。ガレージから見える、四階建ての白い建物に向かう。

 すぐに二人もエムに追いつく。ポーチに足をかける頃には、Gが先頭を歩いていた。

 ふいに、エムの小さな手が、ぎゅぅ、とエースの手を握る。

 勇気づけるようにそれを握り返すと、不安そうな目で見上げてきた。

「ここにいるよ」

 小声で囁くと、俯いた。

 この小さな手が、ここから出ていくことを決意した原因は、まだ、本人の中から消えてはいない。

 Gが、扉横の金属製の壁に、掌を当てた。電子音が微かに鳴って、解錠されたがちゃん、という振動が続く。

「さあ、エム」

 静かな声で促されて、エムとエースは扉をくぐる。

 屋内には照明も点いておらず、酷く暗い。

「どうなってるんだ、G?」

 長身の青年は、無言で扉を閉めた。

「G……?」

 重ねて声をかけたその瞬間に。


 闇の中、幾つもの破裂音が響き、そして火薬の臭いが満ちた。




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