最終話
食堂には、ロブフとネーファが倒れていた。
それを見て、アリシャはよろめいて背中を壁につけた。
そのまま背中を擦るように、緩慢な動きで階段を上ると、自分の部屋に入って行った。
開けっぱなしのドアにクロトがよりかかった。
アリシャは力なくベッドに座り込む。
「……ねえ、どうして?」
「なにがだ?」
いきなりの質問に、クロトが怪訝そうな顔をする。
「どうして、あの時……私を助ける為に、エリナを犠牲にしたの? 私のことなんて、助けてくれなくてよかったのに。エリナの方が、もっと生きるべきだったのに」
「別に、あれはお前を助けようと思ってしたわけじゃない。ただ、そうすることが一番あいつに動揺を与えられると、判断しただけのことだ」
「……そう、なんだ」
アリシャの口元に、空っぽの笑みが浮かぶ。
「そうよね……あなたが、わざわざ私を助けようとするわけ、ないか」
「……随分と落ちこんでいるな」
「当然でしょ。落ちこんでる、なんてもんじゃないわよ……」
「ふうん」
呪いで村人達を犠牲にしてしまったアリシャの後悔や失望は、罪悪感を持たないクロトからしてみれば縁遠い話だった。
「……滑稽よね。あなたのことは散々言っておいて……私だって、沢山の人間を殺してる」
「滑稽だな。そりゃ間違いない」
クロトが意地の悪い笑みを浮かべる。
「そう言ってくれると、少し……楽、かな」
「滑稽って言われて喜ぶとか、お前変態かよ」
「……違う、と思うけど。でも、きっと今、私は誰かに侮蔑されて、罵倒されて、見下されて……ずたずたにされたい」
アリシャがベッドに横になる。
「ねえ、一つお願いを、させてくれない?」
「……聞くだけ聞いてやる」
「私のことも、喰らってよ」
「断る」
返されたのは、はっきりとした断言だった。
「え……」
アリシャが目を丸くした。
しかし、次の瞬間には自虐的な笑みを浮かべる。
「私みたいなのは、喰らう価値もない?」
「別に。お前……というか邪神を喰らうことに、価値がないわけじゃない。フィナは魔神を喰らえば喰らう程に力を増す。それは、いずれ来る復讐の時に振るえる力が増すということだ。俺にとってそれは利益でしかない」
「だったら、どうして?」
「簡単なことだ」
クロトが肩を竦める。
「お前に命を救われた。だから、俺はお前の命は奪わない。それは、絶対だ」
アリシャは一瞬、それがなんのことだか分からなかった、
「私が、あなたの命を……?」
「そうだ。悪魔が初めて複数出てきた夜、お前は俺を悪魔の爪から守った。もしあのままだったら、俺は呆気なく死んでいたろう」
「あ……」
アリシャにしてみれば、それは咄嗟の行動だった。
恩を着せるだとか、そんな思いは欠片もなかった。
「あんなの、別に大したことじゃ……」
「それで俺が助けられたのは事実だ。だから俺はお前を殺さない」
「……なんでそこだけ律義なのよ」
「道理や道徳、倫理なんてのはどうでもいいがな……義理だけは果たす。道理も道徳も倫理も、俺にはなに一つ役に立たないが、義理だけは人から与えられる。なら、それを返すのは当然だろう?」
「……変なの」
アリシャが小さく呟く。
「じゃあさ……その義理を、私を喰らうことで果たしてよ」
「命を救ってもらったことへの義理果たしが命を奪うことなんて、それは通じないだろう」
「……なんでよ。私がそれを望んでいるんだから、いいじゃない」
「俺が違うと思っている。だから、しない」
「なんなのよ……それ」
アリシャの目から、涙が流れ出す。
「……もう、辛いのよ。生きてるのが」
「だったら死ねばいいだろう」
「殺してよ」
「それはしない。死にたいなら自分でやれ」
「……出来ないわよ」
アリシャがシーツを握り締める。
「どうして、かしらね。もう生きたくないの……死にたいの。そう思っているはずなのに……生きたいと、心が叫んでる」
「……もしかしたらそれも呪いなのかもしれないな」
「呪い?」
「生きたいと願う呪い」
「……なに、それ」
アリシャが涙交じりの笑みを浮かべる。
「どれだけ残酷な呪いよ……」
「お前は自分の意思じゃ死ねない、ってわけだ。なるほど、残酷なのかもな」
「流石は邪神。人を苦しめる術を分かってる……ってところかしら?」
「よく分かってるじゃないか」
クロトがにやりと笑う。
「早くも呪い持ちらしくなってきたんじゃないか?」
「……そんなの、嬉しくないわよ」
「だが自覚した以上は、どれほどゆっくりにでもそうなっていく。否応なしにな」
「そう、なんだ」
アリシャは涙でぬれた目で、天井を見上げた。
「……ねえ?」
「なんだ?」
「私、これからどうすればいいと思う?」
「そんなのは知らん」
クロトはあっさりと切り捨てた。
「冷たいわね」
「性分でな」
「……はあ」
アリシャが息を吐いて、クロトを見る。
「……ねえ?」
「なんだ?」
「私のこと、連れてってよ。ロブフ叔父さんも、言ってたもの。旅のことをなにも知らない私は、しばらくあなたの世話になるべきだ、って。邪神のことも、呪い持ちのことも、まだまだ、分からないことだらけ……私自身のことですら。それに私は……役に立つわよ。あなたのために、魔術を使うわ。あなたが望むことを、誰かを犠牲にして叶えてもいい。だから、連れていって」
「……」
「一人は、嫌なの……こんな私が一緒にいられるのは、あなたくらいなのよ」
「……ふん」
クロトが身を翻す。
「お前の呪いだって、直接的に邪神や呪い持ちは干渉できない。俺の復讐相手を出せと願っても叶わないし、他の呪い持ちを探すことも出来ない。第一、俺はフィナ以外の邪神の力を利用するつもりはない。復讐は、俺と……そして、フィナの力で成し遂げる」
「……そっ、か」
なら仕方ないか、とアリシャが諦めかけたその時――。
「だが……この村に来る前に奴隷が一人死んでな……荷物持ちが欲しかったところだったんだ」
「……え?」
「もしどこかに都合のいい荷物持ちがころがっているなら、それを拾うのも悪くはないかもしれない」
「……それって、どういうこと?」
半ば呆然と問うアリシャに、クロトは口の端を持ちあげた。
クロトが部屋を出ていく。
「……」
しばし固まっていたアリシャは、すぐにはっとしてベッドから下りた。
そして部屋の中で必要なものを鞄に押し込んで、部屋を飛び出した。
というわけで、これで終わりです。
最終的に、どうしようもない終わり方になってしまいましたが、どうでしょう。
正直作者としては、恋愛とか友情とかを書いているより、こういうどうしようもない話のほうが書いてて楽しいんですよね。
ただやっぱ、改めて自分の文章を見て、構成力とか、複線の張り方とか、演出力とか、そういうもろもろが全然足りないなぁ、と反省とかいろいろしてみたり。。。
精進せねば。
ここまで読了いただいて、誠にありがとうございました!




