第二十七話
アリシャは認めなかった。
あるわけがない、と。
自分はそんなものではない、と。
「俺とお前のは似ている」
クロトは嗤う。
「他者の命を犠牲にする呪い……お前は、自分の願いと引き換えに、誰かの命を奪う……そう」
「やめて……」
アリシャはもうそれ以上、クロトの言葉を聞きたくなかった。
なのに、クロトは無情に言葉を続けた。
「お前も……呪い持ちだ」
「――」
アリシャの心が、空っぽになった。
魔力の膜が、揺らぐ。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
シェリーが魔力の膜を引き裂いた。
目の前で叫ぶシェリーに対して、アリシャはもう抵抗する気力もなかった。
「……なんだ」
自分が誰かの力になれるのだと、アリシャは信じていた。
誰かの為になるのだと、信じていた。
けれどそんなのはまやかしで……。
「私は……誰かの為になんかじゃなくて……」
アリシャがしてきた全ては、違う。
ただ自分の願望を叶えてきただけ。
大きな目標を掲げながら、その実アリシャは、人の命を奪って来た。
自分の為に。
「……最低」
シェリーが腕を振り上げる。
あとは振り下ろすだけで、アリシャの身体は引き裂かれる。
このまま自分は死んでしまった方がいいのだろう。
アリシャがそう思った、瞬間だった。
シェリーの腕が振り下ろされた。
肉の裂ける音がした。
「……え?」
血肉が飛び散る。
けれどそれは、アリシャのものではなかった。
シェリーのものでもない。
まして、クロトのものでも。
シェリーがアリシャに爪を振るう直前、両者の間に投げ込まれたものがあった。
赤ん坊だ。
アリシャも、シェリーも……硬直した。
「この村には、俺達三人以外にも呪い持ちがいる。当然そいつは、呪い持ちだから呪いによる直接的な干渉は受け付けない。この病にも罹らなかったわけだが……」
その赤ん坊を投げ入れたのは、クロトだった。
瓦礫の陰に隠した腕に、赤ん坊を抱えていたのだ。
「分かるか? そう……次期聖女……」
「ァ……!」
シェリーが、地面に膝を吐く。
八つ裂きにされた肉片の一つを、その手にすくった。
「ァ、アア……」
「エリナ、とか言ったか? お前の娘だよ、聖女様」
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
この世の全てへの憎悪の声をシェリーが発した。
クロトを引き裂こうと、シェリーは振り返る。
瞬間――シェリーの咽喉に、剣が突き刺さった。
そこは森でクロトが刺した場所だった。
古傷のように残っていた跡に、剣を刺しこんだのだ。
剣を突き刺したのは、もちろんクロトだ。
「そこまで動揺してくれると助かる。流石に、普通の状態のお前に剣を突き立てられるとは思わんからな」
シェリーの咽喉を貫通した剣が、瓦礫に突き立つ。
瓦礫に縫い止められたシェリーが足がく。
「さて、ここでお前達に俺の呪いをもう一つ見せてやろう」
クロトがシェリーから一歩距離を取る。
「前に話したよな。もし悪魔をどうにか出来れば、他に呪われた者を開放する手段を持っていると。あれな、実は……本当なんだ」
クロトの背後で、赤い妖光が生まれた。
「え……どうして」
フィナの写し身は、人の魂を使って構築するもののはずだった。
この場にいるのは呪い持ちだけ。
ならば、どうしてフィナの妖光が生まれるのか。
「これは他の誰でもない、俺の魂を使って構築する写し身」
妖光が、いくつもの糸が折り重なるように絡まり合い、輪郭を作る。
腕ではない。
まるで、空間に亀裂が入ったかのようだった。
ゆっくりと亀裂は開いていく。
その奥のぞろりと鋭い歯が並ぶ。
口、だった。
「さあ、貪れ……フィナ」
それを合図に……フィナの口が、シェリーに喰らいついた。
シェリーに抵抗する術はない。
周りの瓦礫や地面ごと、シェリーがフィナの口の中に取り込まれる。
骨が砕ける音や肉の潰れる音がフィナの口の中から聞こえた。
すると、フィナの閉じた牙の間から、青い光が噴き出した。
その光はまるで獣の顔のように形を変える。
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
獣が悲鳴をあげる。
「あれが邪神だ」
クロトの口元が歪む。
「フィナは、写し身を通し、呪い持ちを喰らうことで、そこから次元を超えて呪いをかけた邪神そのものを喰らうことが出来る……邪神喰らいの邪神さ」
「邪神、喰らい……」
「ァアアアアアア、ア、アア、ァアアアアア!」
邪神の声が、途切れ始める。
青い光が薄らぐ。
「往生際が悪いな。さっさと喰われろ」
フィナの口が開く。
その隙に邪神がフィナの口腔から逃れようとするが……あまりにも遅い。
フィナの口が閉じる。
今度は、完全に邪神を口に収めた。
そして、嚥下される。
フィナの口の両端が歪なほどにつり上がった。
かと思うと、フィナの口が霧散した。
後には、クロトとアリシャだけが残った。




