第二十四話
子供達の手から、飴玉が落ちた。
次々に子供達の瞳から光が消え失せ、その身体が倒れ伏していく。
クロトの背後で、妖光が噴き上がる。
妖光の中から、フィナの右腕が形成された。
棺の扉が開き、その内に収められた大剣をフィナが握り締める。
同時、一斉に悪魔達がクロトに飛びかかった。
「これだけの魂を込めた一振りだ。前回のようにはいかないぞ」
直後、正に神速とも言うべき速度で大剣が振り抜かれた。
両断された悪魔の身体が三体分、地面に転がる。
「貴方は……!」
シェリーが忌々しげに、クロトを睨んだ。
「貴方は、どれほど外道なのですか!」
「いい目だ……そして、その質問は今更だろう?」
嗤い、クロトは子供達の魂で形成された力で悪魔達を薙ぎ払う。
悪魔が、フィナの腕を傷つける。
すると、子供の一人の腕から血が噴き出す。
「っ……やめて!」
シェリーが叫ぶ。
「この子達はなんの関係ないでしょう! 邪神にも、私にも、悪魔にも、なにも!」
「そうだな……それで?」
クロトは嗤い続ける。
シェリーの表情が凍りついた。
「それがどうした? こんなのは、別に天災や事故に遭うのと変わらんだろう? 運悪く出会ってしまった。それで命を落としたならば不幸。生き残れたならば、不幸中の幸いだ」
「……貴方は、化物です」
「お前だけには言われたくなかったんだがね」
振るわれたフィナの大剣を、悪魔の一匹が掴む。
「……やはり、個体差があるのか」
クロトが目を細くする。
悪魔には、明らかに強さに差があった。
あるものはフィナの大剣で肉塊に成り果てるのに、あるものはフィナの大剣を真正面から受けとめて見せる。
「大方、代を重ねた聖女の方がより優れた悪魔になる、ってところか?」
「……」
「肯定か」
フィナの腕に、力が籠もる。
「だがまあ、今回はその程度じゃ防がせないさ」
徐々に悪魔の腕が曲がっていき……次の瞬間、ついに支えきれなくなる。
大剣の刃が悪魔を縦に割った。
「十数人分の魂で作った写し身だ。威力は、それなりに真に迫っているぞ?」
返す刃で大剣は悪魔を二体薙ぎ払う。
左右から襲いかかった悪魔が、さらにフィナの腕を深く傷つけた。
子供達の中で、身体から血を噴き出す者が続出する。
「だめ……だめよ!」
シェリーが叫ぶ。
悪魔達はフィナの腕に襲いかかり、子供達は傷ついていく。
「どうやら、悪魔達があんたの言うことを聞くことはなさそうだな」
「やめてっ! もう、お願いだから! 今すぐここから逃げて、この子達の魂を解放して!」
「聞けん話だ」
クロトがシェリーの懇願をあっさりと切り捨てた。
「やめ……っ」
悪魔が切り飛ばされる。
子供達が傷つく。
「やめて……!」
肉が潰れ、裂け、貫通する。
血が噴き出し、降り注ぐ。
「お願いだから!」
広場は、あっというまに惨劇の舞台になった。
子供達の身体は血染めになり、悪魔達の数が減っていく。
「もう、傷つけないで! やめて!」
シェリーにとって子供達は、村の未来を担う愛おしき者達だ。
シェリーにとって悪魔達は、自分と同じ運命を背負った家族だ。
「やめてってば……」
子供達は、果してまだ全員生きているのか。
悪魔達は、あとどれくらいで全滅させられるか。
「くっ」
クロトの咽喉が震えた。
「く、はっ」
クロトが顔に手を当てて、空を仰ぐ
「ふ、く、はっ、ははっ……ははははははははははははははっ!」
哄笑が響き渡った。
クロトは楽しそうに惨劇の中心で笑う。
「やめてぇえええええええええええええええ!」
シェリーがクロトに向かって、駆けだした。
クロトに飛びかかろうとするシェリーに……煌めきが襲いかかった。
「え……?」
シェリーの口から、短い声が漏れた。
煌めきは、剣だった。
クロトがいつのまにか、棺の横に差されていた剣を引き抜いていたのだ。
その剣尖が、シェリーに突き立てられていた。
――シェリーの咽喉に。
「ぎ……ぁ……!?」
「安心したよ。どうやら悪魔になっていない内は、あんたも普通の人間並みの力しか持っていないんだな。もし悪魔と同等の身体能力を持たれていたら、危なかった」
剣が引き抜かれる。
シェリーの首から、血が噴き出した。
「……!」
声を発することも出来ず、シェリーは地面に倒れる。
シェリーが焦点の定まらない目でクロトを見上げる。
「そこで見ていろ」
クロトはフィナの腕を繰った。
悪魔が、子供が、死んでいく。
シェリーはそれをただ見ていることしか出来なかった。
子供の頭が弾け飛ぶ。
悪魔の胴が断たれる。
子供の四肢が捻じれ飛ぶ。
悪魔の首が撥ねられる。
最悪の光景だった。
傷つかないのは、クロトただ一人。
悪魔の数はあっという間に減って、最後の一体となった。
最後の悪魔が、クロトに向かってとびかかる。
目で追い切れないような速度だ。
フィナの大剣が振り下ろされる。
だが悪魔は腕の一振りで大剣の軌道を逸らしてみせた。
強大な威力の込められた大剣を力づくで逸らしたせいで、悪魔の腕が潰れる。
それでも鈍ることのない動きで悪魔はクロトに肉薄した。
悪魔の口が開く。
口の端が裂けて、直角よりもより大きく開いた口腔には、細い歯が並んでいた。
「ふ……!」
クロトが剣を悪魔の口に突き刺す。
が、剣が噛み砕かれた。
「ちっ」
悪魔の腕が振るわれる。
クロトは後ろに跳ぶが、避け切れずに腕を浅く裂かれた。
さらにクロトに攻撃を加えようとする悪魔を、フィナの大剣が叩き潰す。
それでも悪魔は死ななかった。
悪魔は、フィナの大剣を片手で受け止めていた。
けれど大剣の圧力に耐え切れず、悪魔の腕が軋む。
悪魔の膝が折れた。
「ァ……!」
悪魔が力を振り絞る。
「アァアアアア……!」
フィナの大剣が、悪魔の掌にめり込み、そのまま手首、肘とゆっくりと割いていく。
そのまま大剣は、肩から胴へ入り、そのまま……。
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
悪魔が絶叫しながら、足を伸ばし、飛び出した。
そのせいで悪魔の半身が断たれるが、止まらない。
悪魔が、フィナの腕に噛みつく。
その瞬間、ついに損壊に耐えられなくなったフィナの腕が、砕けるように無数の赤い光の粒になって消滅した。
子供達の身体が、一度大きく痙攣し……動かなくなる。
最後の力を出しつくしたのか、空中で悪魔は灰に変わっていく。
フィナの大剣が、地面に落ちる。
そして、後に残ったものは子供達の死体と、無傷のクロト、そして地面に転がる大剣だけ。
「……ん?」
シェリーの姿がないことに気付いて、クロトが眉を寄せた。
「やれやれ……元気なことだ」
肩を竦めて、クロトは歩き出した。
†
「……」
アリシャは森の上空を飛んでいた。
村の中は既に探したが、クロトの姿は見つからなかった。
棺以外の荷物は置いてあったから、旅立ってしまったということはない。
ならば村周辺の森の中だろうと、アリシャは森を探しているのだ。
「ここら辺で一回、降りようかな……」
徐々にアリシャの高度が落ちていき、木々の隙間を抜けて、ゆっくりと地面に下りる。
「それにしても、どうしていきなり……」
適当な方向に向かったアリシャは歩き出した。
クロトが動くことといえば、邪神関係のことだと推測するのは難しくない。
しかしそれならば、どうしてアリシャを連れて行かないのか。
クロトはアリシャを利用すると堂々と宣言している。
昨夜のアリシャの叱責で遠慮を持つような性格をしているわけもない。
むしろ、お前がいなければ自身の呪いでさらに人が死ぬかもしれないぞ、とアリシャを脅してきてもおかしくないくらいだ。
「なのに……」
なにか嫌な予感がアリシャの胸の中で渦を巻いていた。
草をかき分けて、アリシャは森の中を進む。
すると、なにかが聞こえた。
「……?」
奇妙な音だった。
建物の隙間に風が吹き込むような、吹き損ねた口笛のような、そんな音だ。
微かに聞こえる音のする方へ、アリシャは向かった。
そこには根元に大きな洞のある巨木が生えていた。
洞の中に、人影があった。
「……え?」
咽喉を抑えたシェリーが、そこにいた。
シェリーの虚ろな目が、アリシャを見る。
「どうして、こんなところに……?」
疑問に感じながら、アリシャはシェリーに歩み寄る。
そうして、シェリーの咽喉から、大量の血が流れ出していることに気付いた。
「どうしたんですか!?」
慌ててアリシャはシェリーの前に屈みこんで、首を抑えている手をどけさせた。
と、シェリーの首に空いた穴から血が流れ出す。
「い、今、治します!」
アリシャがシェリーの首に手をかざす。
淡い光がシェリーの首を包み込んだ。
ゆっくりと首の傷が小さくなっていく。
「……っ、っ」
シェリーが、なにかを伝えようと口を動かすが、声にならない。
「早く……早く治って……!」
必死にアリシャが治癒魔術を施す。
治りながら、シェリーの傷口からは血が流れ出した。
その量は、明らかに致命的だった。
「死なないで……!」
アリシャの治癒魔術は、手遅れだった。
「ね……! な……で!」
その瞬間までシェリーはなにかを伝えようとしていた。
「ねが……、わ……で……」
だが、それを伝えることも出来ず。
「…………」
シェリーの呼吸が、止まる。
心臓の鼓動が止まる。
死が、シェリーに訪れた。
「そんな……!」
悲鳴のような声をあげながら、アリシャは治癒魔術を行使する。
しかし、もう魔術の効果はシェリーには発揮されなかった。
死者の生き返らせることなど出来ない。
どんな秘法を以てしても覆すことの出来ない、絶対の摂理だ。
「お願い……死なないで!」
それでもアリシャは諦められなかった。
無駄な魔術を繰り返しシェリーの亡骸に施す。
けれど、意味などなかった。
「いや……!」
アリシャの双眸から、涙が零れる。
どうしてシェリーがこのような状態になっているのかは分からない。
けれど、アリシャはもう目の前で人に死んで欲しくなかった。
まるでアリシャの、誰かの為に力を奮いたい、という夢をあざ笑うかのように、次々に彼女の目の前で、彼女の力の及ばぬ死が命を奪って行く。
「死なないでよ……!」
摂理は、アリシャの願いを聞き入れない。
「お願い……死なないで、死なないで」
けれど、一つだけアリシャの願いを聞き入れるものが、あった。
「死なないでぇええええええええええええええええええ!」
どこかでなにかが哂う。
摂理が……砕けた。
死は不変である――その絶対が、反転する。
光が、シェリーの身体から噴き出した。
「っ……!」
その光は空を貫くように、螺旋を描きながら伸びていく。
空高くまで聳えた光が、次の瞬間、シェリーの胸へと飲みこまれた。
最後に一際強い瞬きを遺して、光は消える。
「……」
突然の事態に、アリシャは呆然とした。
「……んっ」
声が、聞こえた。




