第十八話
社の中。
香の煙が満ちた広い部屋の中、聖女とクロトを向き合って座っていた。
「で、話ってのは?」
「まずは、自己紹介を。私はシェリー=エルディン。この村では聖女と呼ばれています」
聖女――シェリーが頭から衣をどける。
現れたのは……まだ若い少女の顔だった。
一目見れば、誰もが見とれるような美しさがそこにはあった。
「……へえ」
クロトの口から僅かに驚いたように声が漏れた。
「意外ですか? こんな小娘が聖女で」
「まあ、考えていたのとは少し違うな」
クロトが肩を竦める。
「クロト=メレイム。吟遊詩人をしている」
「ゼルから聞いています。とても綺麗な歌を聞いた、と。是非とも私にも聞かせてもらいたいものです」
「気が向いたらな……それより、さっさと本題に入ろうぜ」
クロトが鋭い笑みを浮かべる。
「俺をここまで招いたのはどういうつもりだ?」
「……貴方にお願いがあるのです」
「願い、ねえ。まあ、聞くだけなら構わんが」
「貴方に、あの娘……アリシャを村の外に連れて行って欲しいのです」
「……なんだと?」
クロトが眉をひそめた。
「どうしてそんなことを……お前も本当はあいつをこの村から追い出したい、ってところか? あいつが病をこの村に持ちこんだと本気で思っているのか?」
「多くは語りません」
意味深に、シェリーが微笑んだ。
「……ふん。お気付きでしょう、ってか?」
クロトが鼻をならす。
「断る。そんなことをしても、俺にとってはなんの得もない」
「いいえ……」
シェリーが首を振った。
「ありますよ」
「随分はっきり言い切るんだな? 根拠は?」
「そうするのであれば、私が貴方達を守りましょう。アリシャを連れ出し、なおかつ二度とこの村に関わらないことを誓ってくだされば……」
「断る」
クロトは二度目の断言をした。
「……このままでは、貴方は死んでしまいますよ。アリシャも」
「生憎、そう簡単にくたばるつもりもないんだ。あいつだって早々くたばるタマじゃないだろう」
「そんなことを言っても駄目です。これ以上この村に関われば、貴方達は……」
「悪魔にやられる、とでも?」
「……」
静かにシェリーが頷いた。
「はっ……甘く見るな。あの程度でやられるほど弱くない。弱い呪いじゃない」
「貴方の、邪神の呪い……ですか」
シェリーが、その単語を口にした。
「……そうだ。やっぱり、お前も知ってるんだな」
「それは当然……悪魔もまた、邪神の呪いを受けた者なのですから」
あっさりとシェリーは告白した。
「そして私も……同じように呪い持ちですから」
「随分と口が軽いんだな……隠さなくていいのか?」
クロトが意外そうな顔をする。
「貴方には、隠す必要などありませんから」
「と言うと?」
「……邪神についての情報を語れば、相手は死ぬ。それが私にかかっている呪いの一つです……ですが同じ呪い持ちである貴方ならば、私の呪いを弾くことも出来になるでしょう?」
「なるほどね……確かに俺の呪いも、呪い持ちには通用しない。呪いっていうのは、そういうものだからな」
クロトは得心がいった様子だった。
「だが、それなら分かっている筈だろう。呪いで俺を直接殺したり出来ない以上、物理的な手段で俺を殺す他、手段はない。だが、俺の呪いは悪魔には負けない。あの程度、どうとでもなる」
「……あの程度、ですか。ええ、そうですね。確かに……あの程度、でしょう」
シェリーが目を細める。
「なにが言いたい?」
「貴方は浅慮です……自分の呪いを過信している。そんなに自分の呪いが誇らしいですか? 心強いですか?」
「……」
クロトの目つきが鋭くなる。
殺気がシェリーに叩きつけられる。
シェリーはそれを全く気にしなかった。
「私は、この呪いが大嫌いです」
「人を癒す呪いなんだろう? マシなもんじゃないか」
「それだけならば。まさか私の呪いが、単純に人を癒す呪いなどとは思っていませんよね」
「……」
「確かに人を癒すこの力は、素晴らしいのかもしれない。私も、人を助けることが出来るのは嬉しい……けれど、その対価は……」
苦しげな顔をして、シェリーが胸元を抑える。
「……もう一つ、教えて差し上げます。私の呪いの一つに、私から悪意を奪い、善意を強める呪いがあります」
「だから対価があっても、人を癒すのを止めることはできない、か……どんな対価なんだ?」
「……」
シェリーが俯く。
「語りたくはありません……このような醜い呪いを聞かせるなど、裸を見せるよりずっと恥ずかしい……例え夫の前で辱められることになったとしても、語りたくなど……」
「……ふん」
クロトが杖をついて立ち上がる。
「まあなんにせよ……悪魔は倒させてもう」
「っ、貴方は……!」
シェリーが声を荒げる。
「……どうして、分かってくれないのですか」
シェリーは手をきつく握りしめた。
「二つ、聞かせろ」
シェリーに背中を向け、クロトが尋ねた。
「……なん、ですか?」
「お前と悪魔は、同じ邪神に呪われているのか?」
「はい……」
「じゃあ……お前の娘も、同じ呪いを受けているのか?」
「っ、はい……!」
絞り出すように、シェリーが答える。
それを聞いて、クロトは社を出た。




