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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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39:ユリシス、トラウマのドアをアポ無しで突破される。


僕はユリシス。

ルスキア王国の第五王子。



今年の聖教祭は、春の花々に彩られ天気の良い青い空のもと始められそうです。

明日から一週間の祭期間の為、王都の住人は準備に明け暮れ、騒がしい様子。


「おお、殿下……ご立派ですぞ……」


「はは………いつも緩い服ばかり着てるから、こういった王室の正装は何だか久しぶりだね」


白いかしこまった衣装に身を包み、鏡の向こう側の自分を見つめます。

映っているのはまだ若い少年。しかし僕もやっと、今年で16歳になります。


そろそろ何かが始まる気がして、ここ最近胸騒ぎがするのです。


「王子、そろそろフレジールの使者が王宮に御着きになるとか」


「分かった。すぐに行くよ、アイザック」


今日から始まる、長い長い一週間。

この国はこれから、どう変わっていくのだろう。


僕は少し乱れた襟元を整え、表情を引き締めました。






盛大なファンファーレと共に、王宮専用の飛行場に降り立った東の大国フレジールの小型飛行艇。


ハッチが開かれ、中から出てきた二人の要人に、ルスキアの幹部たちは注目しています。

現れたのは、話に聞いていた通りフレジールの王女と、若い将軍です。


「お招き、感謝する。妾はフレジール王国第一王女、シャトマ・ミレイヤ・フレジール」


長いふわふわした薄紫色の髪に、黒い蝶の髪飾りが付いているのが印象的な、とても可憐で美しい少女。

しかし、流石は戦火にある軍事国家です。

王女とは言え、軍服を身に纏い、凛とした足取りでこのルスキアの地に降り立ちました。

後ろに控えているのが将軍でしょうか。

フレジールの七将軍と言うように、かの国には7人の将軍がいることで有名ですが、その一人に数え上げられるのだからたいしたものです。

今回は王女シャトマの護衛で付いてきたのでしょう。


あまり顔は見えませんが、背が高く、軍帽の隙間からちらりと金髪の映える、立派な軍人の様です。


へえ……雰囲気あるなあ。


遠目から二人を見た時の僕の感想はこんなものでした。

勿論護衛はいますが、たった二人で他国へ足を踏み入れるそのプレッシャーなどは全く伺えないほど堂々としています。


ルスキアの幹部たちの方が雰囲気負けしてしまいそう。

数じゃこちらの方が多いのに、やはり平和な我々の国家と、戦火の中にある緊迫した国家の幹部では色々と凄みが違うでしょうからね。


「……」


そんな事を、僕がつらつら考えて、仕方が無いけどなあと肩を竦めていた時の事。

敷かれた長いカーペットを歩いてやってくる二人とすれ違った、その瞬間の、大きな心臓の鼓動の音。

理解するより早く、体が反応したのでしょう。


それは、視線。


シャトマ王女の後ろから、ただ大人しく付いてくる将軍の男の、軍帽の中から覗く鋭い視線。

見おろされた、そのたった一瞬のコンタクト。


「……あ」


僕は、その瞬間から思ったものです。

あ、また始まったんだなと。


過去のトラウマの扉が心の奥にあるなら、アポイント無しで訪問されいきなりその扉をぶち抜かれたような、そんな気分です。



勇者。



そのトラウマキーワードが、僕の心の奥からただ一つ浮かんできました。


知っている。あの空気、あの目、あの威圧感。

隠していたって分かる。僕には絶対分かる。その狂気。

以前地球の学校で、先生としての姿を見たときと同じような、電撃の走ったような衝撃。


勇者だ。

奴がとうとう僕の前に現れた。


東の大国フレジールの将軍として、とうとう現れた。

こんなに嫌な汗をかいたのは、本当にいつぶりだろう。







それからの僕は生ける屍と言っていいほどに、全く生きた心地がしませんでした。


フレジール第一王女、シャトマ・ミレイヤ・フレジール。

そして、カノン・イスケイル将軍。


この二人の使者と、ルスキアの王家との食事会で、僕は参列するだけで良い気軽な立場であったと言うのに、まあ全く食事が喉を通りません。

食事会の雰囲気はいたって和やかで、国王とシャトマ王女が世間話をしているのを、たまにレイモンド卿が口を挟んで盛り上げると言った所。


最も心配していたアダルジーザ正妃が、いかにも不服そうな、気に入らないと言う雰囲気をバラまきながらフレジール側を見ていてももう気になりません。


まるでそれどころではない!!


「おや、ユリシス殿下。何だか顔色が悪いですね」


レイモンドの叔父上が隣の僕の様子に気がつきました。

僕はそれほど顔色が悪かったのでしょう。


「すみません。少し緊張しているのかな……はは」


「ふん。第五王子はこう言った場に出てくる事が少なかったから、慣れていないのだろう」


上から目線でここぞと挙げ足を取ってくるのは、第一王子アルフレード殿下。

フレジールのシャトマ王女は、その可憐な顔をニコリとさせ、僕を見ます。

ああ、公務慣れしていない駄目な王子の印象を与えてしまったかな。


「ユリシス殿下、あまり無理をなさるな」


「……御気遣い、ありがとうございますシャトマ王女。ですが大丈夫です」


僕も顔色が悪いながら、精一杯の笑顔で返します。

いつもニコニコしてばかりだと言われるくせに。

あれ、笑顔ってこんなに難しかったっけ? というくらい引きつっていたかもしれません。


だってシャトマ王女の隣に居る彼の視線が、本当に刃物の様に突き刺さるから。


「実を言えばわらわはな、そなたにとても興味を持っていたのだユリシス殿下。色々とレイモンド卿から話を聞いていたのでな」


「……はは」


叔父上は元よりフレジールの王家と通じているが、いったい僕の事をどのように伝えたと言うのだろう。


シャトマ王女は僕と同じか、少し下の年頃の様に見えますし、体も小柄ですが、態度は立派な国家の要人。

堂々としたオーラもあります。


「確か、最近は白魔術に通じていると聞いている。才能がおありだとか」


「……いいえ、王宮の魔術師に比べたらたいしたものではござません。たしなみ程度ですよ」


レイモンドの叔父上め。色々と吹き込んでるな全く。


「そうそう、姫様。ユリシス殿下の母上は優秀な元宮廷魔術師だったものですから、遺伝でしょうね。私も少し手を付けようと思った事はあるのですが、これが全く身にならなくて。いや、魔術とは才能ですね」


レイモンド卿は笑い声を上げ、慣れた口調で会話しています。

この人のコミュニケーション力にはつくづく驚かされる。

国王が「ほお、それは知らなんだ」と僕の方を見ていますが、僕はこれ以上この事に突っ込まれるのがたまらなく苦痛でした。


だって、勇者が!!

勇者こと将軍カノン・イスケイルが、なんか笑いを堪えている!!


そりゃね、僕の白魔術がたしなみ程度と言ってしまえるはずもありませんが、仕方ないじゃないか。

ここではたしなみ程度で通しているんだから、いらない事を言うなよ、と。


元勇者、そして今では東の大国フレジールの将軍であるカノン・イスケイルは、前世から相変わらずの、どこか見下したような薄ら笑いを浮かべている。


ああもう、本当に、どうしたら良いだろう。

マキちゃん、透君、僕は君たちに会う事無く、またこの世界をおさらばするかもしれない。


多分勇者がここに来たのは、その為だろうから。



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