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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
167/408

44:トール(トルク)、追憶11。



こうやって客観的に自分の過去を覗くと、一つの疑問が浮かんでくる。


なぜ黒魔王は、あんなにヘレーナを愛したのだろう。


その時は全く疑問を持つ事がなかったが、今こうやって覗いてみると、その点がとても不思議に思える。

恋に理由が必要なのかと言われると、そうではないのかもしれないが、あのように盲目的に彼女を愛した理由を、俺は少し考えてみる。


ヘレーナは美しく、おおらかで明るく、どうしても彼女を気にせずにはいられなかった。

何が今までの妻と違ったのか……。


やはり彼女の魅力は、その記憶が無いと言う事にあったのだと思う。

自分の事も、世界の事も、黒魔王の事も知らないと言う事。


だからこそ、何のフィルターも無く、何の障害もなく、俺自身の事を見てくれているのだと思った。

そう言ったただの人間は、もうこの世界には居ないと思っていたから。



ヘレーナを心から愛していた。

それが、当然の事であるかの様に。







約2000年前

北の大陸・ヨルウェ王国山岳地帯“アイズモア”


トルク:200歳〜









「……何……!?」


白賢者が死んだ。

勇者に裏切られ、殺された。


東の国で謀反があったらしく、それに勇者が関与していたとか。激怒した白賢者が彼を追ったが、返り討ちにあったらしい。

他の仲間たちも、死んだ者、重傷の者、行方不明の者がいて、実質勇者一行は壊滅状態である。


こうなるとは思わなかった。

俺や紅魔女の関係の無い所で、俺たちを手こずらせた勇者たちが、こんな……。


「いや、これからなのか……」


そうだ、何もこれで終わった訳ではない。

勇者が生きている。誰より、何より厄介な奴が、生きている。


奴は勇者と言う存在から一気に反逆者に成り下がったが、きっと本人にはどうでも良い事なのだろう。


勇者であろうが反逆者であろうが、奴が第一の目標としている事は、“魔王”を殺し尽くす事なのだ。


「……紅魔女は大丈夫だろうか」


ふと、ここ二年ほど会っていない紅魔女の事が思い出された。

彼女がこのアイズモアに来なくなってから、二年経ったとは言え、俺たちに取って二年なんてあっという間のことであるが。


この二年間は本当に、静かだった。

それでも、俺たちを討伐しようと言う動きが無くなった訳ではなかったが。



「トルク様!! まだお休みにならないのですか?」


俺が、白賢者の訃報を聞いて、色々と考える事もあり窓から吹雪の様子を見ていたら、ヘレーナがひょっこりと顔を覗き込んできた。

彼女は2年前より少し大人びて、より美しい女性に成長していた。このころ、すでに俺の正妻の座についていて、黒魔王の寵姫として世間でも有名な存在になっていたが、彼女自体は昔と何も変わらず、明るくおおらかであった。


俺を黒魔王と呼ぶのをやめ、トルクと、名で呼んでくれた唯一の妻である。

今までの妻は、恐れ多いと名を呼ぶ事も無かった。


「ああ……少し、知った者が死んだのだ。あいつが殺されるなんて……いったい何があったと言うんだ」


「……トルク様」


俺は白賢者を、最後まで気にくわない存在だと思っていたが、その力は認めていたつもりだ。

それは紅魔女も同じだろう。


この世界で、数少ない同じ土俵の人物が死んだのだ。

しかも、自分が育てた、正義の象徴のような者に殺された。彼の無念は相当なものだったろう。


「………」


だけど、俺は白賢者に、哀れみの言葉をかけるつもりは無かった。

死してなお残せるものが、彼にはあっただろうから。


魔王であるならば。









予感はしていたのだ。

白賢者が殺されたのであれば、勇者は次に、俺や紅魔女を狙ってくるのだろうと。彼にはもう、気にすべきお国の事情も、仲間も、大義も無い。


「黒魔王様っ!! 勇者が……勇者カヤが……!!」


兵の報告で、奴がこのアイズモアに侵入した事を知った。

いよいよかと思って、俺は剣を腰に下げ、黒いマントを羽織る。


「……トルク様……」


ヘレーナは心配そうに、俺のマントを掴む。

その様子を愛おしいと思い、俺は彼女を抱きしめた。


「ヘレーナ……お前は一番奥の棟に隠れていろ。何があっても、そこから出てくるな」


「……トルク様……でも……っ」


「いいな」


俺は、勇者に負けるつもりは毛頭なかったが、白賢者ですら負けてしまったのだ。

何があるかなんて分からない。


でも、何かあったとしてもヘレーナだけは守らねばならないと思った。

彼女は弱い。何の力も無い、最愛の人だ。


俺とヘレーナは口付けをかわし、惜しみつつ別れた。








それから、丸一日の間、勇者はアイズモアの内部に留まった。

俺の魔導要塞国家なのだから、奴の居場所は分かって当然だったのだが、勇者は白賢者から奪った精霊を利用し、国内の魔族兵を翻弄した。

白魔術の厄介な点はもう一つある。

自分の情報量の公開を制限出来る魔法だ。奴はこれを最大限利用し、国内に身を潜めたのだ。俺の魔導要塞は、登録された人物の情報に反応し、居場所を探る。

勇者は、白賢者に鍛えられたその魔法を戦略的に駆使し、この国に隠れ潜んだ。


それがとても不思議ではあったのだ。

なぜ、勇者は俺を殺しに、すぐに現れなかったのか。


身を隠し、まるで奴は時間を稼いでいるかの様に。


俺は、勇者が自分だけを狙っているのだと信じ込みすぎていた。

今まで奴は、どんな状況でも被害を最小限に留めるような戦い方をしていたから。


慎重な奴の事だから、俺だけを確実に仕留められる機会を探っているのだと思っていた。


兵士たちに守らせていた、妻たちや子に変化は無く、ヘレーナも部屋でじっと、戦いが終わるのを待っていると報告があった。

だから、この間に勇者が、まさかヘレーナと接触していたなんて、考えもしなかったのだ。










俺は魔族兵に城を守る様に言って、ただ一人アイズモアの国境近い雪原の上に立った。

一人でいれば、勇者は必ずやってくると思った。もう、全ての決着をつけよう。


「………」


「………来たか」


案の定、勇者は俺の前に現れた。


「…………黒魔王、ここがお前の死に場所だ」


勇者はそう言うと、勇者の証でもある金色の剣を腰から抜いた。

俺も自分の黒い剣を抜き、魔導要塞のモニターをいくつか表示する。


勇者と魔王、その最終決戦にふさわしい要塞を、俺は長年考えて来た。



「魔導要塞……“白夜のーーーっ」



しかし、魔導要塞の名の、その先を唱える事は無かった。

いきなり、背に感じられた小さな衝撃と、覚えのある感触に、俺は思わず目を見開き、振り返る。


「………ヘレーナ……?」


「………」


薄いブロンドの髪は、良く知っているものだった。

彼女は俺に、縋る様に抱きついて、顔を背に埋めている。


「い、いったい、どうやってあの場所から出て来た……っ」


彼女の居た棟は、厳重な警備によって守らせていた。

ヘレーナのような普通の女が、出てこられるはずは無い。


「…………トルク様……」


俺は、まずいと思った。

今ここで勇者と戦ったら、ヘレーナを巻き込んでしまう。


「……っ」


俺は勇者の動向を確認しつつ、どうしようかと考えていた。


その時だ。

鈍い音がした。


「…………?」


ジワジワと、腹部に違和感を感じる。その感覚は、今まで何度となく感じたものでもある。

人に背中から刺された事など、何度だってあるのだ。そうだ、その時の感覚に近い。


でも、何かが違う。


勇者は、ただ俺とヘレーナの方を、瞳を細め見ていただけだった。

奴は何も言わないし、手出しもしてこない。


「……へ、ヘレー……ナ………」


「…………トルク様……ごめんなさい……っ」


ヘレーナは身をブルブルと震わせ、俺から一歩下がった。

その瞬間、ズルリと引き抜かれた刃の感触の後、今まで感じた事の無い痛みに襲われる。


俺はそのまま、地に倒れた。



「…………っ」



いったい、何が起こったと言うのだ。

俺は今まさに、刺されたのだ。


誰に?


ヘレーナだ。


「……ヘレーナ……」


霞み始める視界。それでも俺は彼女を見た。

ヘレーナはぼろぼろと泣きながら、両手で剣を握っていた。


霧のような、ぼんやりとした、形の無い短剣だ。

いや、俺の視界が霞んでいるからか。


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ、トルク様…………黒魔王様……!! でも、私……思い出してしまったの……っ。私は……私の名前は…………」



何を言っているんだろう。

俺にはもう、その先の言葉は聞き取れなかった。


普通なら、この程度の怪我なんて治癒魔法によって回復し始めるのに、いまだにその術式が働いている感じが無い。

ドクドクと血が流れ、ただただ、意識が遠のくばかりで。


勇者は俺をただ一度見た後、どこか遠く、夜明けの空の向こう側……そう西側の方を見つめ、険しい顔をした。

まるで何かが、そちらから来るかの様に。



そして、ヘレーナは俺を置いて、勇者と共に去っていったのだ。



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