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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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34:マキア、無駄に恋しい。



私はバロンドット卿との密会を終え、その後レイモンド卿との色々な打ち合わせをしました。


明日から、アルフレード殿下の奪還作戦は本格的に始動します。

第一王子の陣営は、広い王宮の中でもこことは全く別の棟にあり、関係者以外立ち入り禁止となっています。

特にアルフレード王子の部屋は厳重な護衛に囲まれている様で、彼を救出するのはなかなか大変だとか。レイモンド卿いわく、大貴族会議までこちら側から表立った衝突のきっかけを作るのを避けたいらしく、この計画は敵陣営の幹部の視線を他の事に向け、その間に実行すると言う事になりました。


敵陣営が目を向ける他の事、その時とは、まさに大貴族会議の一週間前から王都の一番大きなホテルで行われるパーティーです。

このパーティーはいつもの王宮のパーティーとは違って、大貴族会議を前に王都に集まった貴族達の為の“黒のサロン”と言われているとか。

王宮の事情やこのルスキアの情報を、王宮の目を気にする事無く噂し、集める事の出来る場所と言われています。このパーティーは大貴族だけでなく、国中の貴族もこぞって集まり、立場やコネクションを求めるのです。自分の存在をアピールする場所でもあり、睨み合いの場所でもあります。貴族達にとっては、この場は王宮のパーティー以上に重要な社交場と言えます。


第一王子の陣営も、この場を気にせずにはいられないでしょう。

王族はこのパーティーに出てこないのか通例なので、アルフレード王子がここに出てくる事は無いでしょう。

しかし、第一王子の陣営の者がそのパーティーへ人をよこす、その人物こそがバロンドット・エスタだとか。


バロンドット・エスタは、当然陣営の言う事を聞いてこのパーティーに出席するのですが、そこで“私”に接触し私を敵陣営の巣穴におびき寄せる算段らしく、私から情報を引き出したり、どうにかして陣営の手駒に引き入れたいのだとか。

レイモンド卿が私に極力魔法を使うなと言っていた事が、ここに来て実を結びつつあります。第一王子の陣営は、私の魔法をトールやユリシスの補助魔法か何かだと思っていて、私一人だと大した事が出来ないと考えているらしい。

いや確かに、いつも護衛が沢山居ましたからね。仕方ありません。私のようなか弱い女子は、悪者に攫われてしまうのが運命です……。


とまあ、これがバロンドット卿に聞いた、敵陣営のシナリオ。

私たちレイモンド陣営が、この情報を得て考えたシナリオは、そこから先が本番です。


敵陣営が私に気を取られているうちに、手薄になった陣営の奥の間のアルフレード殿下を、ユリシスとトール、レピス達が救出します。

私は攫われているうちに、救出の為の時間を稼がなくてはなりません。

この作戦は私の責任がかなり重く、また私にとって非常に危険らしく、トールはまたぎゃーぎゃー文句を言っていました。


明日から、この作戦の為に色々動かなくてはなりません。黒のサロンの初日が、勝負ですから。








「はあ……疲れた」


私は話し合いの後部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込みました。

異様に疲れたのです。うつ伏せに倒れたまま、靴を脱いでベッドの外に落としました。


「おい、そのまま寝るんじゃないぞ」


「ん〜」


私は仰向けになって、適当に返事をします。トールは呆れた様子で私を見下ろし、靴を拾ってきっちり並べました。

相変わらず御付き体質が抜けない男です。


「バロンドット卿はなかなか変わった男ね。胡散臭い奴は沢山見て来たけれど、あんな風に何でも正直に言っておいて食えない奴って、初めてだわ。あとちゃっかり者よね、しっかり者って言うより」


「………まだ、気を抜くなよ。奴がいつ俺たちを裏切るか、分からないぞ」


「そうねえ……。でも、あの人本質的に正直者らしいわよ。魔術師のくせに」


私は、名前からその人の本質を何となく見抜く事が出来ます。トールもそこは「うーん」と唸っています。


「まあ、作戦が上手く行かなければ何とも言えないな……。でもあまり気を許すなよ、お前はそれでなくとも危ない役目なんだから」


「分かってるわ。……ふふ、上手くやってみせるわよ」


私はバッと起き上がると、目の前でまだ難しい顔をしているトールに手を伸ばした。


「トール、手を握ってちょうだい」


「………は? 何で……」


「いいじゃないのよ。それとも何、私の手は握れないって言うの?」


「………」


トールはしぶしぶ、私の手を握りました。

トールの手は非常に冷たい。


「ああ……やっぱりトールの手の方が落ち着くわね。冷たいけど」


「………なんだよそれ」


私は強がっていても、やはり色々と緊張していたのでしょうか。

バロンドット卿は、思っていたよりずっと面白そうな男でしたが、彼の手は冷たくも熱くもありませんでした。


「お前……手、熱いな」


「……多分血の巡りが良いのよ」


「……そういうものか?」


トールから手を離し、自分の手を見つめます。

我ながら細くて白くて、小さな手です。そしてやたら熱い。


私はトールの手をまた握りました。


「ね、あったかい?」


「………いや無駄に熱い」


「あんたの手が無駄に冷たいのよ」


両手で彼の手を包んで、何度か摩ります。トールは「何やってんだか」という表情です。

彼はそのままベッドの端に座り込んで、私の手の上から、更にもう片方の手をペシッと重ねました。


「うわっ、冷たっ」


「はは……ざまーみろ」


「……あんたって本当、どうでも良い事するわね」


「う……うるさい……っ」


トールはバツの悪そうな顔をして、バッと私から手を離しました。

私はそんな彼の様子が面白くて、いそいそと彼の隣に座ります。


「あーあ……やっぱりあんたの隣が落ち着くわね」


「お前な、そんな事言って作戦が上手く行ったら、あの男にもっと言い寄られるぞ。結婚するかもしれないんだぞ。大丈夫かよ」


「結婚なんかするわけないでしょう。バロンドット卿は嫌いなタイプではないけれど………でもやっぱりしっくり来ないわ」


「はっ……最初からしっくりなんかくるもんか」


「そうなの? ……流石、経験者は違うわね」


「ばっか、そういう話じゃねえよ……」


トールは妙につんけんしています。私はニヤリと笑って、トールの腕をツンと突きました。


「なになに〜。私がお嫁に行ったら、あんた寂しいの? ご主人様がいなくなったら寂しい?」


まったく過保護な上に、可愛い奴め。

しかしトールはじとっとした目で「は?」と。


「何言ってんだ。どうせ結婚しないくせに」


「……まあねえ……難しいでしょうねえ……」


問題は沢山ありますとも。


トールはちらりと私を見て、そして何か言おうとして、やめた様でした。

いったい何を言おうとしたのか。彼はそのまま、立ち上がります。


「おい……もう飯食って風呂入ってさっさと寝ろ。明日は早いぞ」


「そうね。明日から……忙しくなるわね」


「俺はもう帰る」


そう言って、彼は部屋の出口の方へスタスタと歩いて行きました。

何だか変な態度です。


「え、もう帰っちゃうの? 一緒に夕飯食べましょうよ」


「………」


「……ねえトール」


私はトールがいまいちかまってくれないので、シュンとしてしまいました。


しかし、何となく分かっています。

トールってば、無駄にバロンドット卿との縁談話を意識して、私が危ない役を請け負ったりするから怒っているのです。

私は嬉しいような、申し訳ないような気になります。トールは騎士として、いつも私の心配をしてくれていましたから。


トールはこちらをちらりと振り返ります。


「……何だ」


「……何よ、あんたもう帰るんじゃないの?」


「お前が無駄に止めるからだろ」


「……別に、あんたと一緒に夕飯食べたいなって思ったのにな……。残念だなーと思って………」


私はベッドの上で膝を抱え座り、彼から視線を逸らしました。

そしてそのままコロンと横になります。トールは大きくため息をつきました。


「残念だなと言いながら、丸くなって転がるのかお前は……。お前の事を褒めちぎったバロンドット卿に、この姿を見せてやりたいぜ」


そう言いながら、トールはこちらにスタスタ戻って来て、テーブルに付きます。なんだかんだ、やはりトールは良い男です。

私は無性に嬉しくなって、ベッドから飛び上がって裸足のまま、椅子に座るトールに駆け寄り背からガバッと抱きつきました。

そのせいでトールの首を勢いよく締める事になったのですが。


「うおっ……ぐるしい……」


「ふふふ、やっぱりトールだなあ……」


「何がだ」


「しっくりくるかって話よ」


良く分からない男の人を無駄に縁談相手だと意識しなければならなかったので、私は良く慣れたトールが恋しかったのでしょうか。

無駄に触りたくなったのでした。

トールは私の腕を外すと「いいからさっさと座れ」と、向かいの席をびしっと指差したので、私は大人しく座りました。


そして、いつもの様に二人で夕食を食べ、いつものようにどうでも良い会話をしたのです。

その心地よい空気が、自然な時間が、私にはやはり必要に思いました。

いつまでも大切にしたいと。


トールもそう思ってくれて居るのでしょうか。それは私には分からないけれど、同じであれば良いなと願います。





珍しい事に、その日はとても寒い夜でした。

窓からは大粒の綿雪が舞うのが見え、私はトールが部屋を去った後、部屋を暗くしてじっとそれを見つめました。


だんだんと積もっていく雪の白い重なりに、静かに高鳴る胸。

私は寒いのが苦手でしたが、それ以上に雪の乱れない白い面がとても好きで、明日の朝、もし積もっていたら、子供の様に足跡を付けてみたいなと考えていました。


窓辺でそっと、自分の手に触れます。

この冷え込みの中、やはり無駄に温かい手でした。





読んで下さって、本当にありがとうございます。

今回が今年最後の更新となります。


今年は沢山お世話になりました。また来年も、皆様に読んでいただけるよう頑張って書いていけたらと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


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