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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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36:メディテ卿、色々と助言してみたり。

「殿下あああああ!!! うああああああ!!!」


「もうちょっとうるさいんだけどアイザック君」


「メディテ卿はなんでそんなに飄々としておられるのですか!! ていうか、何か半笑いなんですけど」



研究機関の一室にて、ユリシス殿下とマキア嬢が眠ってしまってどれほど経っただろうか。

俺は窓辺の椅子に座って、月夜を見上げながら二人の目が覚めるのを待っていた。


ユリシス殿下の専属王宮魔術師であるアイザック・ケリオスが、さっきから落ち着きが無くうるさい。

魔王たちが前世と現世の狭間で揺れ動く哀愁漂う空気をぶちこわしてくれる。


「きっと四国会議の疲れが出たのです。どいつもこいつも殿下に頼ってばかりで……っ」


「仕方が無かろう。白魔術師の最高峰たるお方だ。誰より隙無く説明が出来るさ」


「……とは言え、他国の王は殿下が“白賢者”の生まれ変わりだなんて知らないのですから!! 適当に説明しても、あの人たちには魔導回路の事なんて分かりませんよ」


「……案外適当だね君」


アイザックは幸薄そうな細身の男だが、ユリシス殿下への忠誠は凄まじいもので、その忠誠心がある種彼を出来る魔術師にした。

昔は取るにたらない陰険そうな王宮魔術師の一人だったのに、今じゃそれなりに名のある魔術師だ。

彼の側には水の精霊ウォテールが居る。ユリシス殿下はウォテールをアイザックの契約下に留めているのだ。100精霊と契約していると言うだけで、周囲の視線は変わるから。


白賢者は相当な教育者であったと記録にあるが、さりげなくアイザックも育てていたのだろうか。

なら流石としか言い様が無い。


ちなみにアイザックの魔力数値は2200程度と並の魔術師レベルである。



「アイザック君、君がユリシス殿下に望むものはなんだい? 次期王はレイモンド副王だと言う流れが強いが」


「………それは、殿下が王を望んでいないからです。殿下が望めば、レイモンド卿にも第一王子も、届かぬ高みに居る方なのに。……不可侵だった聖域を有するルスキアと言えど、今は他国、他大陸との緊張下にあります。こんな時代だからこそ、殿下の様な大きく正しい力と正義を持つ方が国を導くべきだと……信じているのです」


「しかし、とうのユリシス殿下が国王になる事を拒否し、レイモンド卿が王になる流れに身を委ねている……と」


「そうなんです!! それが我々陣営としては悔しいばかりで……」


「………」


俺は今の状況をアイザックよりよほど理解している分、彼が哀れで少し笑える。

もし、殿下が前世を受け入れ、緑の巫女と再び共に生きる道を選べば、アイザックやバスチアンなどのユリシス陣営の面々はさぞやがっかりするだろう。まだわずかに残っている王になる可能性、その権利を、失う事になるのだから。


王室から緑の巫女の花婿になる話はよくあるが、その者は王位継承権を王室に返上しなければならない。

ルスキア王が緑の巫女の夫であると言う構図を作らない為だ。あくまで、聖域とルスキア王宮は権力を分離していなければならない。


さて、殿下はいったいどんな答えを出すだろう。







「………殿下?」


「……アイザック……」


ユリシス殿下が目覚めたようだった。

俺はその様子を横目に確認する。


「……殿下、どうかいたしましたか!?」


アイザックの慌てようも分かる。殿下は静かに涙を流していたが、彼は一つ息を吐くと、手で濡れた顔を拭って、表情を引き締め、ベットから降りた。

隣の簡易ベットで寝ているマキア嬢を見て、彼女の顔にかかっている前髪を優しく払う。

そして、自分の従者であるアイザックに向かって、はっきりと言った。


「アイザック……僕はこれから、君たちを裏切る事をするかもしれない」


「………どういう事です、殿下」


「……僕は、王位継承権を王室に返上しようと思う」


「!!?」


アイザックの青白い顔が更に色を失っていく。

おやまあまあ。


「……ふふ、殿下……緑の巫女に求婚するおつもりで?」


「メディテ卿……」


部屋の端で息を潜めていた俺にやっと気がついたのか、殿下は少し驚いた顔をしていたが、頷くその顔は精悍だった。


「ええ……僕は緑の巫女の花婿に立候補します」


「そ、それは……本気……なんですか、殿下……」


アイザックの言葉が震えていた。

驚きと、少しの脱力感と、色々とあるだろう。


「すまない、アイザック。今まで僕をずっと支えてくれた君たちの期待を、僕は自ら裏切る事になる。……でも、これだけは譲れない。もう、決めた事なんだ………僕は今度こそ彼女を幸せにする」


「潔いですな。あんなに悩んでおられたのに」


「……メディテ卿、あなたは何もかもお見通しでしたか。……ええ、でも……決断する勇気をくれたのはマキちゃんです」


殿下はマキア嬢を優しく見下ろした。


「僕は今から聖域に行き、ちょっとした用をすませたら“ペルセリス”を迎えに行こうと思います。マキちゃんが目覚めたら、そう伝えて下さい」


「……起こさなくていいのですか?」


「僕のせいで、疲れていそうだから」


そうして殿下は白い上着とマントを羽織ると、背筋を伸ばし部屋を出て行こうとした。


「で、殿下、……お、お待ち下さい……」


アイザックは言葉を詰まらせながら、それでも殿下に縋る様に彼を引き止めた。

しかし、殿下のまっすぐな瞳を見たアイザックは、少しだけ悲しそうな表情をした後、その顔のまま笑った。


「……殿下……それが殿下の望み……なのですね」


「…………うん」


「そうですか。なら、私は、何も……言えません。私は、あなたが幸せになる方向へと……っ。それだけで満足ですから。何があったって、あなたが王位継承権を返上したって、私はあなたに付いていきますから……」


「………アイザック」



膝を崩し泣く弱々しい彼の姿は、どこか昔の彼を思い出す。

聞いた話によれば、アイザックはもともと第一王子の陣営の魔術師だったが、ユリシス殿下の命を狙った際彼に許され、そのまま彼の従者になったのだとか。


ユリシス殿下はアイザックの肩に手を置き、瞳を揺らした。


「ありがとう、アイザック。君のような家臣がいて、僕は幸せだよ」


そして、殿下は表情清々しく再び立ち上がった。

俺は一つ彼に助言をする。


「殿下……緑の巫女の花婿は、大司教、または幹部クラスの司教の推薦が必要です。あなたに一番条件の良く、まだ候補枠を残した推薦者は……現緑の巫女の兄でしょうな。次期大司教の第一候補であり、その為の修行として幼い頃から世界の調査に出ていた者です。最近教国に帰ってきたと言っていたましたから……彼の推薦を得れば、有利かと」


「………そうですか。それは良い事を聞きました」


「しかし変わった者ですから、説得には骨が折れるかもしれません。あの者もあなたたちと対等に戦える力を持っていますから」


「………? 了解です。気を引き締めていましょう」


「……ふふ、頑張って下さい」


楽しい事が、楽しいものが見られる様に。

ユリシス殿下はそのままマントを翻し、部屋を出て行った。


俺はそんな、白くチラチラと細かな光を最後まで見送り、床に膝をつけるアイザックに声をかけた。


「そんなにがっかりしなくとも。君の対応は実に見事だったよ。……第一王子の陣営に見せたかったくらいだ」


「………そうは、言われましても」


彼はローブの裾で涙を拭って、どこか複雑な思いを滲ませている。

それでも彼は、ユリシス殿下の思いを尊重した。

ここ最近勝ち目の無い戦いだと言うのに、とうの殿下の感情無視で活動している第一王子陣営には見られない光景だ。


「……と言うか、推薦人あなたでも良かったのでは?」


「あははは、何の事だい?」


アイザックのジトッとした瞳。切り替え早いなこいつ。

確かに、花婿の推薦候補枠を持つのはメディテ家も同じである。


「だけどね、適材適所ってあるだろう? ユリシス殿下はこうやって、“彼”と繋がりを持つ事が出来るんだよ。それは、彼ら魔王クラスの運命的な繋がりであり、聖域はきっと無視出来ない繋がりだよ」


「………あなたは相変わらず自己満足自己完結ですね。意味不明です」


「はははは、そうだろうとも!!……だけどねえ、どうしても見てみたいんだよ。彼らの……彼らの繋がりの生む可能性をね。魔導回路だって、結局その為のシステムなんだろうから」




アイザックはもっと意味不明そうな顔をした。

その時、丁度マキア嬢が飛び起きる様に目を覚ました。


「ユリシス!!!」


「………おはようございます、マキア嬢」


彼女は一時キョロキョロして、寝起きの思考を整理している。

そして、やっと現状が分かった様で、隣のベットに殿下がいない事を確認すると、表情を激しく驚かせた。


「あ……ああ、あいつっ!! 私を置いていったのね!!」


「まあまあ、マキア嬢。殿下は緑の巫女を迎えに行くと言っていましたよ。婆様の報告によれば、今巫女様はトール君と一緒に教国と研究機関を越えた海岸線に居るとか。ここから近い場所ですよ……あんまり人は行かない場所ですがね」


「………?」


マキア嬢は懐かしい婆様の所のローブを羽織りつつ、俺の言葉に耳を傾けた。


「知ってます? あの教国と研究機関に挟まれた海岸線、昔まれに子供が神隠しにあったりする言い伝えがあったんですよ。だから一般人は侵入不可というか、あの海岸線には行きません」


「……はあ?」


マキア嬢は最初、俺の言葉だからかめちゃくちゃ胡散臭そうな顔をしていたが、何かにピンと来た様子だった。


「……残留……魔導空間……」


「あれ、なんだ知っていたんですね。そうです、あの辺りには残留魔導空間が沢山残っているんですよ。何でか分かります? かつてのメイデーアの神々が国を分ける前に暮らしていたのが、聖地ヴァビロフォスだったと言います。彼らの魔力の痕跡が、ここらには沢山残されているのですよ。だからこそ、研究機関もこの辺りに作られているのです」


「…………」


何か思い当たる事のある表情のマキア嬢だ。

何だか良く分からないが、面白い。


「……わかったわ。とりあえず、私もそっちに向かいましょう」


そう言って彼女は早歩きで部屋を出て行った。

アイザックはきょとんとしたまま、とりあえずベットを綺麗に整え始めた。


「さて、俺はそろそろ彼らの後を付けますか……」


「………ストーキングですか?」


「君はいいのかい? 大事な王子様のあとを付けなくて」


「………」


アイザックは少しだけ顔を上げ、そして困った様に笑った。


「殿下はそれを望みません。それに私は、正直言って彼らの前世には興味が無いのです。だって、私が仕えているのは白賢者ではなくユリシス殿下なのですから。あの方の出した答えを信じ、それについていくだけです……」


「………ほお」


なかなか良い事を言う。

彼らに魔王クラスのヴェールをかけずにはいられない自分にはとても考えられない事だ。



しかし俺は俺。


さあ、彼らの行動の一部始終を記録しに行こう。

楽しい奴はまた一人増えたのだから。










「おおお〜……やってるねえ………」



研究機関の脇を歩いていく度に、聞こえた凄まじい爆音。

道が開け、海岸線への崖の上に出たとき、月夜の中ぽっかり浮かぶいくつかの化け物のような大きな影。そしていたる所に仕掛けられた無数の魔法陣。



「こりゃあ、魔法陣の消耗戦だあ……」


白魔術師にとって魔法陣のストック数が、ある種のたま数と言っていい。

しかし、本来尽きる事を知らない魔王クラスの魔力であるが、相手がまた“魔王クラス”であれば、話は別なんじゃないかな?


煙管を取り出し、高みの見物といこう。


彼らの始まりの場所で、彼らがまた繋がっていくのを、確かめながら。




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