91 サブちくわ その2
ピヨヨヨヨ……
ちくわの排気音に似た効果音。
ウイリーしながら砂埃を上げ、スケトウダラのちくわが菊池と離凡の間をすり抜けてあっという間に置き去りにして行く。
ムービーでは無い。どんなクソストーリーのムービーが挿入されるか色々予測して覚悟していたのに!
現在、菊池のちくわの速度は6チクワン。離凡も同じ。ここまでの疾走に無駄は全く無い。
「くっ、駿馬ェッッッッッ!」
異常な速度。どう見ても12チクワンを上回っている。まさかチート?
「離凡君ッッッッッ!2人で力を合わせてGMコールよ!」
「何を言ってるんですッッッッッ!」
「チート以外あり得ないわ!」
亡霊の駆るスケトウダラちくわは、明らかに菊池たちの倍以上の速度で疾走り抜けていった。
他にも敵がいて、それらが協力しあわなければあの速度は出ない。いや、ウイリーによって……柔らかそうな砂だとは言え地面を擦りながら疾走っている。減速しないのはおかしい。
「さあ早く!アタシはもうGMにメッセージ送ったわ!ちゃんと『告訴』の2文字を入れるのよ!」
「いや、そんな器用なことできませんって!」
告訴は大げさである。
「そもそも何を訴えるんです?」
「『チートで心が傷付いた罪』で訴えるのよ!」
「無茶な!……きっと同じような速度を出す方法があるんですよ」
言ってはみたが、離凡には方法が思い付かない。
「『仕様』……クソGMがあああああああッッッッッ!」
内容の無い返答が来たらしい。仕事が早い。
「クソがぁ、やってやんよ!」
腹をくくった菊池。だが……バトルアニメのように精神的な理由ではちくわの速度は上がらない。叫んでビームライフルを発射しても威力が上がらないのと一緒だ。ガ●ダムならあり得るが……このゲームはちくわレースであり、作者はト●ノでは無く都道府県位置なのだ。気が変わらない限りあり得ない。
「……地平線の向こうに消えましたね」
亡霊が砂にちくわで抉った直線を追う2人。やってやれそうに無い。
「こりゃ……ちくわの素材うんぬんの話じゃ無いわね……」
「やはり菊池さんの言うようにチートですか?」
「落ち着いて考えると、運営会社がチートなんかするはず無いわ。商売あがったりになっちゃうもの」
これまで生き延びて来たのが不思議なくらいにちくフルクオリティである。逆に運営会社の税金対策のためにサービスを継続してる、と言う噂もあるくらいだ。何も知らず純粋にレースを楽し……む…………プレイヤーや、観念的な理由で入り浸っているちくライダーに見捨てられたら、スポンサーは撤退するだろう。
「チートプレイヤーのプレイ動画を見たことあるけど……」
明らかに初速が20チクワンは越えていた。そのプレイヤーはチートちくわを制御できずガードレールや壁に激突しまくった。
「こんな風に跡が残らないのよ」
砂に刻まれた直線は、やや右に曲がり始めた。
「ちくわが壁やガードレールやアスファルトを擦ると、なにがしかの痕跡が残るの。……無駄に力が入ってるわ」
もっと力を入れるべき部分はある。主にクエストのストーリー。世界観は仕方ない。中世ナーロッパでちくわレースをするのは、流石にアレだ。
「チートでは痕跡は残らないわね。きっとアカウントだって残らないし、裁判とかで日常生活だってままならないわ……」
そもそもがチートは割りに合わない。VRゲームは膨大な人数のSEによって生み出された膨大な量のデータによって構成されている。そんな化け物のような存在に違法な干渉をして、得られるのは自己満足と一生かけてもかけても払いきれない賠償金と悪い意味での知名度である。
台無しにされた一生を支払いにのみ費やすなど、普通は望まない。運営内部にチーターがいるのも考えにくい。
「と、なると……」
何らかのギミックがある……いやちくフルクオリティだし。でもちくフルクオリティでもクソギミックくらいは付ける。多分。きっと。
そしてそれっぽいのは菊池と離凡の左手の指に嵌まっていた。
「この標準サイズのちくわを食べると……加速ですか?」
疑問符の辺りで菊池はちくわにかぶり付くが。
「硬い……」
このちくわは食べられないようだ。
菊池はとりあえず離凡に向けてみた。狂ったんですか、と表情で語る離凡。喜怒哀楽その他のアイコンは出ない。以前とは使い道が違うようだ。
「まさか……」
このちくわが火を吹くのだろうか?推進力が生まれて加速するのだろうか?
亡霊が手にちくわを嵌めていたかは確認していない。ウイリーで砂が巻き上げられて見えなかった。
「砂で隠したわけか」
ちくわを背後に向ける。何も起きない。
左手の砂丘に太陽が隠れる。手を伸ばせば砂地にちくわが届きそうだ。
「離凡君、減速して。試すわ」
意図を理解した離凡はウイリー。なかなか減速しない。半ちくわ身、1ちくわ身、と徐々に離凡が下がる。
菊池は左手を伸ばし、サブちくわを砂で擦る。
サブちくわが熱い。火を吹いた。菊池は右に寄れた。一気に流れる景色の中、彼女は左手を背後に向けた。指でサブちくわの向きを調整し、体勢を立て直す。
たった1本のサブちくわが燃え尽きるのと同時に左手の砂丘が途切れた。軽い登り。その後は下り坂。地平線まで砂漠。
砂ばかりでは無い。溝が見えた。溝は緩やかに右手に曲がっている。遥か先な端には砂埃。
振り向く。砂丘の陰の黒点は離凡だろう。右の人差し指を離凡には見えない標的に向ける。ダメもとだったが、離凡は察したようだ。
ちくわのリソースは後ろ半分が72%。前半分は手付かず。
亡霊が時計回りに巨大な円を描いているなら、内側から回り込めるのでは無いだろうか?
スペックに越えられない壁があっても、ちくわが疾走る限り菊池は諦めない。




