57 12チクワン越え
Q どうして伏線入れないんですか?
A 菊池と離凡以外、設定が固まっていないからです。
この時代でサラブレッドの乗馬を経験するにはどうすれば良いのか?
一般人なら選択肢はほぼ一択である。
『西洋風VRMMORPGにログインする』
それ以外に無い。
『競馬ゲーム』はあるが『本格乗馬ゲーム』はだいぶ前に廃れてしまった。『乗馬体験ゲーム』も存在するが、ユーザーにストレスを与えないために高い補正が入る。そもそも『乗馬ゲーム』に需要が無い。需要を実現できる人々は本物に乗る。
本物の乗馬はとても難しい。未経験者では、ちょっと乗っただけで性別不問で股間や尻や内股が痛くなり、そこでたいてい脱落する。体格の良い者ならなおさらだ。
難しさは技術的だけでは無く、金銭的、機会的な部分もある。金銭的……に関しては言うまでも無い。あなたが扶養する家族がいて年収が平均程度なら、かなり迷うくらいはかかる。
『機会的』についてだが、皆さん……ちょっと考えてみて欲しい。乗馬できる施設が自分が生活している地域にあるだろうか?
作者である私の生活する地域にはいくつかあるが、乗用車での移動が前提になる程の近場となる。
あくまでも令和日本の話である。
菊池が生きるこの時代では、技術、金銭、機会のハードルはさらに高い。特に乗馬できるサラブレッドは令和より希少になる。
ならば戦闘行為が前提になるが、乗馬要素のある西洋風VRMMORPGをプレイした方が早い。
競馬学校はこの時代にも存在するが、体重規制は令和よりも厳しい。
ピヨピヨピヨピヨ……
カタキの体がコーナーのインに向けて小さく鋭く傾く。ちくわが曲がる。静かに鋭く。カタキの傾きが垂直に戻る。静かにちくわの後部がアウトに流れる。今度はセンチ単位でアウトに傾き、鋭く戻る。ちくわ後部の慣性が消えた。
その後はインに、次はアウトに。何度も繰り返すうちにコーナーを鮮やかに抜けた。
騎手か?
いや、競艇の匂いもする。両方は無いだろう。とは光線銃は思う。
騎手にしろ競艇選手にしろ、原則的に若いうちから養成学校で訓練を受けなければならない。
だがどちらも訓練生となった時点で、最大公約数的な意味でのオンラインゲームのプレイを禁じられる。八百長防止のためだ。一個人のVR空間での行動の把握は可能だが、労力がかかる。訓練生のうちから不都合な人脈ができるのを防ぐためだ。当然プロも禁じられる。
実名を晒した上で常時マスコミや第3者機関の監査を受けながらであれば、オンラインゲームのプレイは可能だ。もちろんVRMMOもオンラインゲームである。
であれば明らかなボッチのカタキは、騎手か競艇選手のなりそこねなのだろう。前方に体を傾けたカタキの乗り方はモンキー乗りに近い。モンキー乗りは、木に猿が股がるように見えるのが由来だ。
西洋風RPGでは、もっと体を垂直に立てる。大きく長い剣や槍を持ってモンスターや人と戦う前提ゆえに、モンキー乗りの習得には向かない。
中世和風RPGにも一応乗馬要素はあるが……リアル志向なので脚の短い馬しかいない。中世日本の馬はサラブレッドよりも脚が短く小さい。本当に移動や輸送くらいしか使えないゲームばかりだ。
独学によるモンキー乗りの習得は困難だと作者は考える。具体的にどのような体勢なのか調べた上で、抱き枕でも馬の背中に見立てて試してみると良いだろう。騎手はこの体勢を維持して数分の間サラブレッドに乗り続けるのだ。
実際に作者はこのくだりを書く数分前に試して、現在絶賛腰痛中である。
「やるじゃないか」
「うるせえ」
光線銃の素直な称賛を、カタキは毒で返した。
VR空間とは言え、モンキー乗りを実戦的に使うプレイヤーを光線は初めて見た。モンキー乗りその物を騎手OBを名乗るプレイヤーが使っているのは何度も目撃したが、例外無くネタで終わった。コーナーでアンダーステアしてしまうのだ。
「その綺麗な疾走にロデオワークが加われば……」
競馬、競艇と言った単語を避ける光線銃。どこでモンキー乗りを身に付けたのか、聞かない方が良さそうだ。
「駿馬のロデオワークに、ママは負けた。意地でも使わないッッッッッ!」
「意地を張るのは構わんがよ、褒められたら喜べ。光線銃が褒めるなんて滅多にねえぞ」
「ケッ」
わずかに前に出たカタキに、毒皿が追い付く。
「かなり上手いと思うけど、繊細な疾走だけじゃ勝てない。荒い疾走もいる。少し考えてみてよ」
「ロデオワークはやらないッッッッッ!」
「別の何かを身に付けたら、ちくライダーでは無い別の何かになれるかも知れない」
ちょうど同じ頃、別のサーキットで離凡がちくわの上を舞っていた。
「しかし、追い付かねえな」
「そうだな。居眠り店主のちくわが全然見えない。アンチPTAカテゴリでも使っているのかな?」
「アンチPTAカテゴリだって覚えないぞッッッッッ!」
「カタキはそれでいいさ。今はクエストだ」
クエストの敗北条件は、1人以上のリタイア。このまま追い付けなければ、ちくわのリソースが尽きる。
「まずはコースの全容を掴もうぜ」
コーナーは多いが角度は緩く、ストレートは長めだ。連続するコーナーもあまり無い。速度は出やすい。2人がサポートすれば、カタキも12チクワンを維持できるだろう。
「これは、速度を落として待たないと遭遇できないんじゃないか?」
現在、3人揃って12チクワン。向こうも12チクワンなら差は縮まない。
ピヨピヨピヨピヨ……
ギリギリギリギリ……
長いストレートの中央で3人は振り向いた。背後から追ってくる。
最高速度で疾走っている3人に、ちくわが追い付こうとしている|。それもストレートで。
「さて、面白いことになって来たじゃねーかッッッッッ!」
10年目の改革の中心は、菊池白菊だけでは無い。
単独での最高速度の限界が、これから剥ぎ取られようとしていた。




