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サーキットに魚介が薫る  ~レーシングちくわに乗った菊池~  作者: 都道府県位置
フォーリングサーモン ライジングリボン
50/93

50 兆し

「カオザツさん、僕の疾走りを参考にしてくださいッッッッッ!」


 コーナーを抜けて入ったスラロームで何を思ったのか離凡は、逆立ちを止め頭を上にして手すりを握る腕を伸ばしシートから尻を浮かせた。


 ならないッッッッッ!、とカオザツは心の中で毒づく。


「このゲームのアバターのスペックは、身長以外は同じと聞きます」


 それがどうしたッッッッッ!、とカオザツは心の中で叫ぶ。


 離凡は手すりの上で、体操選手が鞍馬上で行うように脚を回す。


「貴女にも、菊池さんにもできるはずですッッッッッ!」


 サムライ・リボンソード。ここで初めてカオザツの頭にその単語が浮かんだ。


『見えないけど、あんた以外にできない芸当をやらかしてるのは想像付くわ……』


 良いぞもっと言え、とカオザツは心の中で喝采する。


「やってみなければわからないッッッッッ!」


『やってみなくてもわかるから……』


「すいません。ワタシ、一般のプレイヤーなので無難に疾走りますね」


 現在7チクワンーー時速35Kmで疾走るちくわの上で鞍馬の真似事ができるだろうか?少なくともカオザツにはできない。


『カオザツごめんね……彼……アタシたちと違う世界に生きてるのよ』


 てっきり人間性に何らかの問題があるだけかとカオザツは思っていた。自らのプライバシーを晒さしさえしなければ、そう言うタイプはカオザツにとってたいして脅威にはならない。


 そもそもちくフルは非日常だ。適応できて、(少なくともゲーム中では)真人間として振る舞っているケースをカオザツはいくつも知っている。……フレンドにもたくさんいる。


「ああ、そう言うことだったんですね……」


 離凡は……共同体(ちくフル)にすでに存在する技術を考慮せず、他の分野から持ち込んだ価値観で無自覚に秩序を破壊するタイプだ、とカオザツは判断。


 非常に()()はある。こう言うタイプは良くも悪くも人が寄ってくる。


 カオザツは離凡を追いながらそのの動きを目に焼き付ける。やはり『サムライ・リボンソード』だ。隠すつもりは無いようだ。正直、色々不安を感じる。


「ヒャッハーッッッッッ!」


 皮算用よりも、今はワールドクエストを優先する。もうカオザツは菊池と離凡から離れるつもりは無くなった。クエスト達成して、自分の価値を上げなければ。


 チラリと背後を確認。偉そうなモヒカンがちくわフィンガーを上げようとしていた。すかさずカオザツはダウン。身を伏せて持ち上がった後半分に隠れた。リソースが少しずつ回復する。


「ひたすら盾になるしかありませんね」


 カオザツにはロデオワークはできない。アンチPTAカテゴリなどもっての他。Mリスペクトも難しい。


 かと言って、離凡のような唯一無二の立ち回りもできない。ちくわで鞍馬なんて無理。


「あらよっと」


 今のかけ声は離凡。なんとちくわの上で宙返り。


 不思議ちゃん過ぎる……


 根拠はあったのだろうが、聞いてもどうせ離凡自身にしか理解できないだろう。


 とにかく菊池に追い付こう。離凡がいくら想像を越えた存在でも、チームを勝利に導けるとは限らない。モヒカンのボスを倒せるなら、菊池が『そうしろ』とハッキリ言うはず。合流以外に勝算は無い。






「またスロープが近付いて来たわね」


 ペースは徹底的に落とした。リソースの限界はひたひたと忍び寄る。先に飛び出したのは考えが浅かった。地下からの大ジャンプの時に、煙を吐くピットインを見てそう思った。


 確認しようが無いが、3人で同時にスタートしても何がしかのトラブルは起こったとは思う。


 菊池はピッタリ張り付く過積載ちくわを見る。カオザツたちの方にもまだいた。1本目の過積載ちくわの顛末は、地下から昇る際に菊池の視界に流れた。……危なかった。


 スロープの中で仕掛けるのは避ける。どう転ぶかわからない。合流してから一気に叩くべきか。2人が頼りなさ過ぎて決断ができない。


 急角度の下りから自由落下に移行。


 ここで過積載ちくわが菊池に接触。落下速度が伸びる。


 舌打ちして、軌道を変えるために身を傾け、無事最下層で上に方向転換。


 速い。


 空の光を浴び、天へ。操舵室のある塔の高さを大きく越える。カオザツと離凡の姿は下に無い。スロープに入ったか。


 ちくわのリソースは前が6%。後ろは67%。接触の衝撃で後が削られ、前は最下層の接触で大きく削られた。フィギュアヘッドは可能だが、ここで使う意味は無い。後続と合流しないと話にならない。こちらが追って挟み撃ちにする選択肢は、もう消えた。


 空中でクロックし前後の入れ替え。コース地上部での着地でまた削れ、67%が41%になる。何もかも選択をしくじったが、反省は後だ。


「ヒャッハー」


「助けてえええ」


 過積載ちくわも遅れて着地。2人が大ジャンプするまでは、仕掛けられない。


 コーナーをアウトから攻める。過積載ちくわがインを塞ぐ。リバースしてからウイリーで減速。リソース41%が40、いや39%。


 過積載ちくわの先端がインの路肩にぶつかり、跳ね、後半分がアウトに流れる。


 ウイリーを維持したままクロック。弾かれた過積載ちくわはスピンしてアウトへ。





 ピヨピヨピヨピヨ……


 ピヨピヨピヨピヨ……


「「うわああああああああああッッッッッ!」」


 空飛ぶ2本のちくわ。


 ここだ。ここしか無い。2人が無事に着地すると信じて、アウトにスピンした過積載ちくわにチャージ。






《ムービーを開始します》


 コース外へ転がるちくわ。


 ……菊池の両隣にカオザツと離凡が並んで走る。


 乗組員NPCは救出され、モヒカンは星になり、新たなちくわが乱入し、すぐ背後には……乱入ちくわが1、過積載ちくわが2。過積載ちくわの片割れがボス。


《ムービーを終了します》






 何もかも決着し、長い時間が流れてから、菊池の中の人はたまたま目にした攻略サイトで、このワールドクエストの詳細を知る。


【ボスを除いた過積載ちくわをリタイアさせるとムービーが流れ、地上にいる同じチームの運転手と状況に関わらず合流できる。そして周囲に敵チーム全員が集結する】


「……こんなことなら、さっさと倒せば良かったわ」


 菊池は同じセリフを数年経ってから吐き出すことになる。

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