45 この作品に登場する物理法則や論理観は全てフィクションです。ご了承ください。
「ヒャッハー!何隻も船を沈めた白い鯨を倒す前提の水中銃ごときが、オレたちのちくわに効くかってぇのッッッッッ!」
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
鉄パイプを片手にちくわを乗り回す長めのモヒカンが、やたら説明的な煽りをしながら漁船の乗組員NPCを追いかける。
すごい絵面だ。離凡とカオザツは呆然としている。菊池も反応に困っている。
「オレたちゃあ、この海を仕切ってる『鮭を独占する会』だッッッッッ!この海の鮭はオレたちのモンだぜェェェェェッッッッッ!」
1番長いモヒカンのNPCがナイフ……いやナイフの柄の付いたちくわを舐めた。
素行はともかく組織名はまとも……いや、わかりやす過ぎて逆に狂気を感じる。
「テメェらなんざよぉ、おとなしく鱒でもしゃぶってろやぁぁぁぁぁッッッッッ!」
なんか卑猥だ、と菊池は思った。
ポンポコピー、ポンポコピー……
「ぐはっ、やめろ……」
短めのモヒカン数名が呻く船長を長さ10cmのちくわで殴る。ダメージは……恐らく精神的なダメージは深刻だッッッッッ!
「突っ込んだ方が良いんですかね……」
大型漁船の甲板にゴミのように投げ捨てられたカオザツが、本日4度目のゲップの後にそう言った。
ちくわでも音速でぶつければ豆腐の角のように生き物を殺傷できるだろう。モヒカンの振るちくわの速度は、草野球でビール腹に養分を捧げたライパチ君のスイングスピードよりも遅い。
「一応ロールプレイしましょ……」
菊池はそう言うが、どうしろと。
「(棒読み)わぁこわいです」
カオザツの演技力では、存在しない恐怖を再現できない。
「(棒読み)あれはでんせつのちくわ……てきなアレ」
そして菊池は応用力が欠けている。
「おいッッッッッ!ちくわで殴るなんてッッッッッ!ひどいことをするなッッッッッ!」
離凡は違和感より正義感が勝ったらしい。ロールプレイできるタイプでは無いから、本気で言っているのだろう。
行けッッッッッ!離凡ッッッッッ!
菊池とカオザツの心はひとつッッッッッ!適切なロールプレイ的突っ込みが思い付かないし……正直、突っ込んでめちゃくちゃにしたい欲求に抗うだけで精一杯ッッッッッ!
「ひどいことぉ……やめなかったらどうするってんだよッッッッッ!」
モヒカンの1人が、白鯨に関係ありそうなNPCを掴んでこめかみにちくわを突き付けた。NPCはブルブル震えている。このモヒカンどもは白鯨を上回る脅威だとでも言うのか?
「何をするつもりなのか……どんな効果があるのかわからないけど、やめろッッッッッ!」
離凡の止め方が悪い。どうなるのか菊池とカオザツは気になって仕方がない。ちくわでいったい何ができると言うのか?
「フゥ……」
モヒカンがちくわの穴に息を吹きかけた。
「うわっ!魚臭いッッッッッ!」
臭いらしい。精神的ダメージは甚大のようだッッッッッ!
「どうだ?テメェも喰らえッッッッッ!」
ちくわが離凡に向けられた。モヒカンと離凡の距離はおよそ5m。咳やくしゃみなら楽勝で届く距離ッッッッッ!
「フゥ……」
どう反応しろ、と不必要な正義感の呪縛から逃れた離凡はアイコンタクトを菊池とカオザツに。
心のままにアドリブで行けッッッッッ!
2人のジェスチャーが、浅い人間関係と言う名の絆を通して伝わるッッッッッ!
「(棒読み)うわぁ、やられたぁ」
渾身なのは理解できたがあまりにもヒドいリアクションによって、その場にいる全ての存在が時間を停めた。モヒカンどもでさえも。
いや。
時間停止の原因ーー離凡だけが自由だ。
自らが生み出した時間停止の影響を受けない離凡は、隙有りとばかりにモヒカンから自称白鯨関係者を引き剥がし菊池とカオザツの元へ。
他の漁船乗組員のNPCは、未だにちくわを突き付けられているので解決には程遠いッッッッッ!
「なんだぁ。テメェ」
世紀末カラーが最も強いモヒカンが、右手の全ての指にちくわを嵌めながら離凡に近付く。
「コイツが見えねぇのかよッッッッッ!」
離凡は絶望的な表情で菊池とカオザツに『意味がわかりません、助けてください』とアイコンタクトを送った。2人は『ありのままのあなたで良いのよ』と親指を立てた。
「こっちの手にも嵌めちゃうぜぇ~」
手下が集まり、偉そうに差し出された左手にもちくわが嵌められた。
ちくわフィンガーの完成である。
「……その行為に何の意味があるんだ?」
菊池、カオザツ、自分自身、そして読者ッッッッッ!
誰もが知りたい疑問を、離凡は毅然とした態度で言葉にした。
世紀末カラーが最も強いモヒカンは、両のちくわフィンガーを天に掲げる。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
「まだ4本かよッッッッッ!」
ちくわフィンガーを装備したモヒカンは、無人のちくわに飛び乗る。
残ったモヒカンどもは、離凡から引き剥がした自称白鯨関係者を含む3人の船員NPCを抱え、残りのちくわに無理やり乗った。
「コイツらは預かったぜ。助けたければレースで勝負だッッッッッ!」
ちくわ4本は仲良くコースへ疾走って行く。
「ええと、ちくわから息を吹きかけると……臭い、だけですよね?」
試験で難問にぶち当たったような顔で離凡が聞いた。
「アンタさ……『やられたぁ』とかほざいていたわよね?」
「いや、なんか、そう言わなくちゃいけない気がして。言ってしまったんですよ……」
「『意志を操作』された、って離凡サンは言いたいんですよね?」
VRゲームはあくまでも演出の範囲でだが、プレイヤーの感情を誘導する場合がある。
「操作……ですか?やらなきゃいけないような気持ちは、確かに涌いて来ましたけど……いくらなんでもゲームですよ?画面に向かってピコピコするヤツで、そんなことが……」
「いや、筐体に入ってフルダイブしてるでしょ。脳味噌の中にナノマシンを経由して電波送ってるわけだし」
「……うわあ。怖いなぁ」
「何も知らずに生きてきたアンタの人生のが怖いわ」
「……ぐぬぬ。それで菊池さん。これからどうするんです?」
そんなのは決まっている。
過程がどれ程酷くても、今ワールドクエストの真っ最中で、しかもNPCに喧嘩を売られたのだ。
ぶち抜くわよ、と言いかけた菊池だが。
「………………菊池さん。レースのルールですがね」
カオザツの顔が青ざめた。
「法人所属者……全員参加なんですけど」
菊池も青ざめた顔でカオザツを見返す。
カオザツは最低限の疾走はできる。問題は。
「菊池さん。ずっと言おうと思ってたんですけど、さっきのレース感動しましたッッッッッ!」
離凡は……もうすでに表彰台に登ったような表情をしている。
「このレースの勝利を、お二人に捧げますッッッッッ!」
馬謖がやらかした時、きっと孔明はこんな気持ちだったのではないだろうか?
菊池はできるだけ絶望感を顔に出さないようにして、楽しみねと言った。




