44 この鮭漁もフィクションです。ご了承ください。
「網かしらね?鮭の進む方向のずっと向こうに見えるわ」
意識内のウインドウに集中している菊池の両目が寄る。
「網ですね。刺し網みたいに鮭が刺さるんですかね?」
やはり意識内のウインドウに集中しているカオザツの目が寄った。
なんか面白くて離凡は鮭視点の動画に集中できない。
「おっ、視線が真下にッッッッッ!」
「うわぁ、ジェットコースター苦手ですからッッッッッ!」
菊池とカオザツが体を前に傾ける。
面白いを通り越して痛々しくなった離凡は視線をよそに向ける。
「うほっ、鮭の動きがスタイリッシュだぜ」
「ほほう、この動き……ワシに対する挑戦か」
「FUUUUUUUU、ノリノリだZE!」
船に乗っているNPCも菊池と同じように体を前傾させた。
「くっ、ログイン中は視力が上がるから、海流が目に見えるッッッッッ!」
「世 界 の 法 則 が 乱 れ ま す」
ヤバいお薬をヤッてるわけでも無いのに、菊池とカオザツは体をゆらゆら左右に揺する。
「スリル、アンド、アクションッッッッッ!」
「まだだ、ワシを振り切れると思うなッッッッッ!」
「ウェイウェイウェ~イッッッッッ!」
NPCもヤバい事になっている。
「うわっ、進行方向の角度が変わったッッッッッ!」
「んほおおおおおおおおおおおッッッッッ!」
菊池とカオザツは白目を剥いてブリッジ。もうお嫁にイケないッッッッッ!
「なんてGだ……こいつがスタイリッシュッッッッッ!」
「地球の重力が……重すぎるッッッッッ!」
「死~ん……」
あっ、これはバグだ。
離凡はGMコールした
「網の中を見上げると、別の網があって、他の魚が纏まってるのね」
「そうか、わかりました。魚によって普段いる水深が違うわけですから。網の水深で棲みわけさせてるんですよ」
GMの速やかな対応によって、無自覚に綴られた黒歴史は離凡の記憶の底に封じられた。
「網にぶつかると魚は潜って、好きな水深に移動するんです」
何事も認識していなかったカオザツの言う通り、全部が全部と言うわけでは無いと思うが、魚は通り抜けられない大きさの網にぶつかると潜る習性がある。
網による漁は様々な種類がある。
例えば古いドラマや時代劇、最近ではバラエティ番組でも見かけるようになった地引き網。多くの人が海から網を引く姿を、1度くらいは見かけた事は無いだろうか?
カオザツが挙げた刺し網。これは仕掛けた網の大きさで、捕まえる魚を選ぶ。
巻き網と言う物もある。これは大小2つの漁船で行う。魚群の近くて大型の漁船を付けて、小型の漁船で網を引き魚群を丸ごと網に納めるのだ。漁獲量は多いが、網で圧迫されて魚に傷が付いたり潰れたりするのが難点だ。
菊池たちが見ているのは、定置網と言う。
魚の習性を利用して、種類ごとに振り分け水揚げするまで捕獲するのが定置網だ。
「白菊ちゃん、定置網を見るのは初めてかい?」
白い鯨あたりと戦って生き延びてそうな雰囲気の老いたNPCが、バグ修正のおかげで普段通りに過ごす菊池に声をかけて来た。
「聞いたことあるわね……」
大学でドカ食い気絶サークルに……まだ人がいた頃、トン単位で季節の魚介を発注していた水産問屋から菊池個人にお歳暮で届けられた冷凍鮭切身の発泡スチロールの箱に、『私たちが獲りました』とにこやかに映る漁師の写真と共に北海道定置網なんたらとか書いてあったのを、菊池はおぼろげに思い出した。
「聞いたことあるだけかい、淋しいねぇ。定置網は色々獲れるんだぜ」
低い機械音と共に、漁船に網が引き揚げられる。野郎どもトンズラすっぞッッッッッ!とばかりに鮭が暴れるが後の祭りである。
「イクラ、白子、イクラ、白子、イクラ、白子……」
「カマ、ハラス、カマ、ハラス、カマ、ハラス……」
菊池とカオザツは、フードファイト系の異世界に転生したらフードファイト系のスキルで無双するんだろうなぁ。
NPCの親切丁寧な説明を聞き流す2人を見た離凡は、こうはなるまいと硬く誓った。
「でも、僕ら鮭しか漁業権が無いんですよね?」
様々な説明をありがたく受けたけどリアル脳筋なので全くと言っていいほど理解できなかった離凡は、疑問に思ったことを聞いた。大丈夫、漁業権は理解できたッッッッッ!
「まあ、そのうち増えてくさ」
ポンポコピーッッッッッ!
ちくフルのサーキット上での独特な衝突音。同時に震動。
漁船が傾き、煙を吹く。
菊池は手すりを掴んだが、カオザツが落ちる。離凡が腕を掴んで引き揚げた。
こりゃあ、僕に惚れたかなッッッッッ!と調子に一瞬で乗った離凡。『ありがとう』の言葉の替わりに、クリームソーダが薫るゲップでカオザツが返した。この2人が恋に落ちることは無いだろう。
「来たわね」
予想はしていた。クエストーーワールドクエスト【鮭を水揚げしろ】を受けているのだから、ただで終わるはずが無い。今始まったのだ。
「まあ……レースなんだろうけどね」
「何をしやがるんだッッッッッ!」
この船で1番偉そうなNPCが飛び出し傾いた甲板を必死で登り、いきなりぶつかって来た大型漁船へ飛び乗る。
「野郎どもッッッッッ!行くぞッッッッッ!船長に続けッッッッッ!」
人間に向けたら明らかにオーバーキルとなるライフル風の水中銃を担いだ白鯨NPCが、船長を追いかけた。
「「「「「おうよ」」」」」
明らかにオーバーキルなバズーカや、明らかにオーバーキルなチェーンソー、明らかにオーバーキルなモーニングスターなど、ブチ切れた船員NPCが後に続いた。
「これ……続かなきゃダメですかね……」
ヒロイン要素皆無の存在を、姫君のように抱え落下を堪える離凡が言った。
「ダメっぽいわね」
この状態から海に落ちる以外の何かは起きないだろう。
「良いんですよ離凡サン。ずっとお姫様を守護る騎士でいてくださっても……」
言葉の前に1発、後に1発。炭酸を飲むとゲップが出るのは宿命だろうか?
苦痛によってリミッターが外れた離凡は『船長に続け』と傾く漁船のはしごを登り、飛んだ。小さく嘔吐する音が聞こえたのは気のせいか?
「ちょ、アタシを置いてくのッッッッッ!」
どうにか菊池も大型漁船に乗り込む。
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
ちくわが飛んだ。運転手の頭がモヒカンなのは見えた。
大型漁船の甲板に存在するレース場を見た菊池は、合体するために縮尺が変わるロボットを思い浮かべた。




