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40 追う菊池

「行ける、菊池を倒せる」


 耳に入った自分の言葉に驚き、そして実感する。


 菊池のちくわの残りリソース、前9%、後52%。回復ゲートを抜け、41周に入ったばかりの万智緒は前95%、後93%。


 距離は上手く取れている。前に菊池は見えない。いや、リソース減少による重量差は大きい。ちくわ同士のぶつかり合いならこちらが有利だ。


 そう思った万智緒は減速せずヘアピンに突っ込む。


「わっ、ヤバい」


 体をインに傾けたものの、ちくわがアウトへ流されていく。このままではコースアウト……


「別に良いのか……」


 路肩を越え芝生へ、すぐに復帰する。普通の素材ならここまでで最低5%はリソースが削られるが。


「わかってたけどすげえ、全然減らねえ……」


 わずか1%、さすがに小数点以下の減少もあるだろうが、コースアウトしても大してリソースは消耗しない。






 ピヨ……





 ヘアピンの向こうから何か聞こえた気がした。気のせいだろう。


 なんだかんだ万智緒は、難易度7の平均をやや上回るタイムで疾走している。蟹系素材のコーナーリング、突入時、ストレートへの復帰時の補正の賜物だ。路面の傾斜が少ないコースだが、それらへの補正もある。あらゆる速度域での加速やスムーズな減速、再加速の補正もだ。


 平均タイムはコースを疾走った全てのプレイヤーの最速の周回のタイムの平均から弾き出される。ただし蟹系素材の使用などで非公式となったものは含まれない。このコースはコーナーが多いせいで速いタイムが出にくい。


 最速のちくライダーと一般のプレイヤーとでも、難易度7は3分も差が付かない。ちくライダーが単独で疾走する時は消耗を抑えることを重視するのでなおさらだ。


 万智緒に追い付かれるために、菊池は不毛な減速を繰り返していた。だから消耗が激しい。


 リソースの消耗を無視、コースアウト前提でコーナーを強引に攻めれば、追い付くのは可能だとは万智緒も思っている。だが菊池のリソースはいまだ健在。無難に疾走しているはずだ。


 まだ41周。これが60周、70周なら理解できる。


「少し飛ばそう……」


 直角コーナーを強引に曲がる。ガードレールの外側に出てしまうが気にしない。そのままスラロームを突っ切る。ペナルティのアナウンス。それがどうした。菊池が自滅すれば関係ない。蟹系素材は消耗しない。消耗しても回復ゲートをくぐれば良い。






 ピヨピヨ……






 思わず振り向く。


 誰もいない。


 いったい何に怯えているのか。自己嫌悪で万智緒は舌打ち。


 菊池の公開動画は見た。何度も研究した。リアルの峠を攻める走り屋にとって邪道でしか無いロデオワークは、他よりも速度の出し辛いこのコースでは生かしにくい。だから【連合ハマグリベース】での決闘にこだわった。()()()()()()()()()()()()段取りを組んだのだ。


「負けるかよ」


 ちくライダーはレーサーでは無い。その証拠に他のVRレースゲームやシミュレーターでちくフルのランカーはびっくりするくらい通用しない。レースゲームとしてはちくフルは異端だ。


 だから万智緒とそのチームメイトはちくフルに舞い戻って来た。リアルのレーサーやその候補生あるいは実力のあるアマチュアに……VRゲームでさえ全く歯が立たないから、他のVRレースゲームを避けてちくフルに帰って来たのだ。


 万智緒はもう良い歳だ。リアルの運転に支障が出るようになった。クルマを『趣味』に生きてきたのだ。2X世紀では超少数派だ。仕事にも……人生にも響く。クルマに金をかけられる収入は彼女たちには、もう無い。VRゲームは可能だった。


「素人に負けっかよ!」


 万智緒たちにとって、ちくライダーはレーシングのド素人だ。実際に公道で……当然クルマやバイクで競えば圧勝するだろう。ちくわ操縦の技術が乗用車に応用できるはずが無い。


 以前菊池駿馬に叩きのめされた時は、『まあちくわだから……』と笑って許せた。しかし年月を重ねる度に説明のできない感情が涌いて来る。他のVRレースゲームに居場所を作れればそうはならなかった。


 ゲームは娯楽だ。だが彼女たちはそれ以上の何かを求めた。なのに、娯楽だからと真剣に努力しなかった。『それ以上の何か』の中には、不遇への見返りが含まれていた。不遇と毒づく程度の努力はしていたと自負はあった。





 ピヨピヨピヨ……





 やはり排気音が聞こえる。


 空耳だと信じたかった。だから振り向かない。ちくわにバックミラーやサイドミラーなどと言う洒落た物はない。


「ちくわごときにッッッッッ!」


 クルマはもっと……





 ピヨピヨピヨピヨ……






 コーナーを抜ける度に、排気音がはっきりして来る。


 万智緒は疾走る。無理やりコーナーに突っ込み、コースアウトしながらも前へ。





 ピヨピヨピヨピヨピヨ……





「来るなあああああああッッッッッ!」


 クロックとリバースを繰り返す万智緒。背後には誰もいない。隠れる場所だってあるはず無い。


 ホッと一息。


 そうこうしているうちに41周目が終わろうとしている。メインストリート半ばで回復ゲートに入るのを忘れたのに気付く。


 たかが1周。リーソスは89%の87%。まだまだ行ける。


「ぶっちぎれ番長ッッッッッ!」


「行けええええええええええ!」


「根性だあああああああああ!」


 観客のほぼ全てが万智緒の身内だ。当然の声援だが悪い気はしない。手を振ると観客はウエーブ。思わず吹き出す。


 リラックスして42周目。最初のヘアピン。





 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……





 どうせ幻聴だ。無視ししつつ強引にインを攻める。縁石に乗り上げて跳ねた。体がインに寄れてちくわがアウトへ。蟹のコーナーリング補正のおかげでどうにか修正。


 なんだ、これで良いのか。蟹系素材ならそこまでコーナーリングに気を使わなくても良いんだ。やっぱりちくフル、しょせんちくフル。本物のレースに比べれば、クルマのレースに比べればどおってこと無いさ。


 鼻で笑いながら直角コーナーへ。


「これがレーサーだッッッッッ!」


 本格VRレースゲームでも、大枚はたいてやってみたカートでも、峠でも、恵まれた生まれで英才教育を受けた本物に負け続けた万智緒は、大声で叫んだ。菊池への恐怖を振り払うように。


「レーサーに謝れ」


 聞きたくなかった声が、直角コーナーのアウト側から響いた。

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― 新着の感想 ―
(;'∀')<私、菊地 白菊、今、直角コーナーのアウト側にいるの?、なぜなぜ?、続きが気になる!
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