36 天下無双銀河統一
カオザツは臆病で卑怯、しかし嘘は付かない。真実を言わない場合が多いが、デメリットになることは隠さない。
菊池にもそうだが、万智緒にもそうなのだろう。
コースは難易度7。昨日駿馬の弟子と疾走したコース。
選んだ、いや選ばせてやったちくわは、マカジキとカツオのハーフ&ハーフ。
「舐めているのか?」
万智緒が軽く歯ぎしり。
「そうよ」
菊池の返答に、だだっ子のごとく地団駄を踏む万智緒。
「怒るところじゃ無いわ。ハンデを恵んであげたんだもの。涙を流して大名行列に遭遇した時のように平服したらどう?」
ハンデとは言ったが、実際には逆だ。
現在の菊池は持っているちくわが限られている。万智緒の情報は記憶の中の……どれだかわからない。
菊池の疾走は動画サイトで検索し……低評価の方から必死で探せば10分くらいで見つかる。時間さえあれば対策は立てられるのだ。
だからハンデと言う名目で、あえて万智緒に選ばせた。それによって万智緒がどのような対策を立てているのか推測できる。
マカジキは追突耐性が高い。自分から他のちくわにぶつけてもリソース減少が緩和されるのだ。ぶつけられるのにはメカジキやカツオより耐性が低い。
だからマカジキは後追い向けのちくわだ。コーナーなどで前にいるちくわにチャージし、対戦相手のコースアウトを狙うのがセオリーとなる。
万智緒が菊池に後追い向けのちくわを選んだのなら、どのような展開を狙っているのか白状しているような物だ。
「レースが終わっても吠え面かくなよ……」
顔を真っ赤にした万智緒は、スタートラインに自分のちくわをセットする。
『天下無双銀河統一』
彼女の赤いちくわには、黒い字でそのように書いてあった。
2年前、新規向けに『ペイントちくわサービス』なるものが行われた。アカウント登録したご新規さんは無償で、ちくわを好きな色に染めたりロゴマークや写真やイラストを描いたりできるサービスだ。
配信者や広告代理店勤務を名乗るプレイヤーに流行し、今でも月間100円+消費税で好きなデザインのちくわに乗れる。なお、上級者やちくライダーには流行らなかった。結果的に自分のちくわの情報を伏せるのはアンフェアに思えたからだ。
「あら、素敵なちくわね」
万智緒の口角が上がった。
「褒めたって何も出ねー……」
「これからボロボロになるんだから、もっと汚いちくわにしたら良いのに。もったいない」
「なんだとッッッッッ?」
「蟹系素材が無駄になるわよ」
「ッッッッッ!」
苦虫を噛んだ万智緒。図星のようだ。
菊池としては別に相手が何のちくわに乗ろうがどうでも良い。どうせ勝つか負けるかしか無い。自分で蟹系素材に乗る時はソロでのタイムアタックだけだが、それを他人に強制などしない。
「仮にチートを使ってるとしても、どうせ豚に真珠なんだからさ……低品質素材でも使えば良いのよ。負けた言い訳にはなるわよ」
近年のVRゲームでチート行為は可能だが、その技術を身に付けるまでに時間と資金と労力が必要になる。それも膨大な量のだ。それができるくらいならば……ゲームなんてしないで、株式やFXの投資用マクロでも作るだろう。きっと札束風呂に入れる。
「なんならアタシをチート呼ばわりしても良いわ。自分に勝った相手を罵るのが目的なんでしょ?いちいち悪口を考えるのも面倒でしょうし、『チート』って連呼すれば貴女のマゾヒズムは簡単に満たされるんじゃない?」
「ぶっ殺すッッッッッ!」
やっぱり特定できない、と菊池は思った。珍走団関係者を煽ると必ず『ぶっ殺す』と叫ぶ。特徴的な発言はまず無い。
「レースで思い知らせてやるッッッッッ!」
万智緒がレース開始を選択。
《デュエル、レディ……5、……4、……3》
菊池はコントローラーを握り、万智緒の動向を見守る。
万智緒は……菊池をにらみ付けたまま動かない。
《……2、……1、スタートッッッッッ!》
タイム計測は始まったが、2人とも動かず。
菊池は万智緒のクロックまたはリバースを警戒。万智緒は菊池の背後に付きたかったようだ。
「……後追いの位置……恵んであげるね」
「なんだと!」
菊池はスモウジャンパーでスタートラインを割る。遅れてボタンを長押しする万智緒。
疾走する菊池のちくわ。万智緒がクロック。だが空を切る。
今回の菊池のシートはターンリフト。前半分がカツオ、火を吹く後半分がマカジキ。もたつく万智緒を眺めながらコーナーへ。
「うん?」
曲がる直前で、万智緒のちくわの穴が開くのが見えた。
この非常に特徴的な挙動はフグ系素材を前半分にした時のみ起きる。初動または低速域までの減速直後に一瞬だけ穴が自動的に広がることで、多くの空気を取り込み瞬間的な加速を得る。フグ系素材はスタートダッシュ超特化だ。
フグの比率にもよるが、動き始めて1秒以内に2チクワン以上には達するはずだ。また4チクワン未満まで減速しても、最大7チクワンまでの超加速が得られる。秒間で2チクワン以上の加速は驚異だ。
「後半分はなんなのかしらね?」
まるごとフグ系素材でちくわを造るよりも、低速域か中速域の加速重視か摩擦などによる減速特化のあるちくわとハーフ&ハーフにすると使いやすい。コーナー突入で減速した後、曲がる途中でクロックなりリバースなりしてフグ系ちくわを前に出し、立ち上がりで加速するのだ。
「まあ考えてもしょうがないか」
体勢のインの方向に傾け、菊池はヘアピンカーブを抜ける。ここで速度は5チクワン。
万智緒はヘアピン半ば。5チクワン未満でなければコースアウトするのに、明らかにそれを上回る速度で、美しいアウト・イン・アウトの曲線を描いた。蟹系素材の含まれたちくわなら、このヘアピンを7チクワンで抜けられるとは聞く。
アクティブシザーが付く蟹100%なら、もっと際どい攻めができるのに。
そんな事を考えながら菊池は、次の右直角コーナーに向けダウンで減速した。




