35 そのルビは苦しい
菊池はサーキットを目指す。後にカオザツが続く。その後になんか着いて来る離凡が並ぶ。
「ドラ●エみたいですね」
とカオザツ。
「うん。言うと思った」
男が先頭じゃないんだね、と離凡に目を向ける。
「あの……ドラ●エって何ですか?」
時間が凍り付いた。
ギリシャで昔使われていた通貨だ、と菊池はボケようとしたが、カオザツが真面目に応える。
「リボンさん……でしたよね。言って良い冗談と悪い冗談があってですね……」
2X33年現在、ナンバリングタイトルは4桁に届こうとしている有名ゲームだ。ドカ食いによって青春をドブにダンクシュートした菊池でさえプレイしたことがある、本当に誰でも知っている名作シリーズである。
「いや冗談のつもりは無かったんですけど……携帯端末のアプリとか、そう言うヤツでしょうか?」
間違ってはいない。間違ってはいないが。
「気を悪くさせてごめんなさい。僕、本当にモノを知らなくて。去年やっと携帯端末を手に入れて、生まれて初めてアニメを……サザ●さんを見たんですよ」
20世紀から放映されている国民的アニメーションは、全て……いまだに続いている。黴菌は相変わらずあんパンにぶちのめされ、小さくて丸いヒロインは……時代を経てリアル系になった。園児が呼ぶ嵐はマイルドになり、忍者の卵は現在も修行中。小学生探偵は次の世紀も小学生のままだろう。声優は変わるだろうが。
「その、レントゲンクエストは知ってたよね?」
レントゲンクエストは有名RPGの知名度には遥かに及ばないが。
「買ったばかりのVR筐体を使って、体操で検索したら出てきたんですよ。情報端末の操作は小学校で習ったんで簡単でした」
「そ、そう……」
先週くらい、いきつけのジ■ウ系ラーメンにおいてあった週刊誌の表紙に、『サムライ・リボンソードの毒親 虐待一歩手前! 行き過ぎた精神論の功罪』と書いてあったのを菊池は思い出した。
読んではいない。自分に関係無い話だと思っていたから。
「サザ●さんを初めてですか……うーん。ワタシも中学校に入る頃には見ていないですし、意外と見ないものかも……ですね」
「雰囲気悪くしてすみません」
離凡は深く頭を下げた。離凡はくだらない嘘をつくタイプではないと菊池は思っている。もし全てがキャラ付けだったとしたら、その時は笑って許してやるだけだ。人が相手によって態度を変えるのは当たり前のことだろう。
「ゲームよ」
「え?」
「ドラ●エはゲームなの。レントゲンクエストみたいなオンラインゲームもあるし、1人用のもあるわ。携帯アプリもあるし、アニメや漫画にもなったわ」
「ボードゲームもありませんでしたっけ?」
察したカオザツが口を挟むが、斜め上の発言だった。
「いや、どうだろ。ゲームブックならあった気がするけど」
「ええと、人生のゲームみたいなボードゲームなんですか?」
離凡は、人生を題材にしたボードゲームは知っているようだ。
「いやRPG……アクションもあるわね」
「何て言うか、一言では言えませんね。もし興味があるならナンバリングの『666』をお勧めします」
「カオザツ……賛否両論を勧めないで。リボン君、『49』にしときなさい」
「菊池さん……貴女……腐女子ですかッッッッッ?イケメン以外の登場人物出ないヤツでしょ!リボンさんは男の子ですよ?ぱふ●ふがッッッッッ!やべーことになってるヤツじゃ無いですかッッッッッ!」
「え?そうなの?LV15で挫折したからよくわかんないわ」
「エアプですかッッッッッ!」
「余裕ができたらやってみます。それより待ち合わせがあるんですよね?」
そうだ。行かなくては。
サーキットの事務所に入る。15分早く着いた。雑談を切り上げなくても良かったようだ。
奥のソファーに和服の女性がおしとやかに座っていた。『万智緒』とネームが頭の上にある。
まちお……まともお……まんともお?
普通過ぎて逆に読み方がわからない。彼女がカオザツが言ってた人物か。
「バンチョウさん。お早いですね。待ち合わせにはまだ15分あるのに」
予想外の単語がカオザツの口から出た。この和服美人に番長要素は見つからない。
キョロキョロ事務所を見回す。なにやら他よりも大きな机で判子を押しているNPC。黒板にチョークで書いたり消したりしているNPC。窓に息をかけ雑巾でひたすら拭き続けるNPC。情報端末で釣りのサイトを見ているNPC。
一体どこに番長要素がある?
「菊池……白菊……」
ドスの聞いた声が和服美人の方向から聞こえた。少なくともクランに誘える空気では無い。
一杯食わされたか。……いつものこと、と菊池は気持ちを切り替えた。利用する気満々で近付いて来たのは知っている。
「ええとバンチョウさん。面識ありましたっけ?」
和服美人に問う。かなり苦しいが『バンチョウ』と言う読み方なのだろう。
「菊池駿馬に会わせろ……」
正直、菊池には心当たりが無数にあった。様々な当て字の『バンチョウ』はこれまでたくさんであったし、あだ名が『番長』なのもいた。自ら『●●●の番長』と名乗る者も。(伏せ字にはちくフル内の地名が入る)
そういった輩は目立つプレイヤーに絡んでくる。乗り物がクルマでもバイクでも戦闘機でもロボットでも無く『ちくわ』なだけで、ちくわフルスロットルをプレイヤーごと見下していたのだ。
彼らはたかがちくわごときと、リアルやゲームでのドラテクを持ち込んでプレイヤーに挑んで来る。意外にも通用し、薄っぺらい優越感に浸った。上級者までだが。
彼らは変態には届かなかった。徹底的に叩きのめされた。特に菊池駿馬は容赦しなかった。
「忘れたとは言わせないぞ……」
『バンチョウ』と言うワードで思い出すとでも考えていたのだろう。
「うーん。過去に駿馬が何か貴女にしたのですかね?その場にアタシはいましたか?」
いくつかのケースは記憶にあるが……あり過ぎて判別できない。
「菊池駿馬を出せッッッッッ!今すぐにッッッッッ!」
「引退しましたよ」
「今すぐ呼び戻せッッッッッ!」
振る舞いからして、リアル珍走団あたりだろう。閉鎖的な共同体の価値観がオンラインゲームで通用すると信じて疑わない。珍走団関係者はそんな奴ばかりだ。
「お断りね」
菊池は駿馬の連絡先を知らない。知っていても教えなどしない。
「なんだと?アタイを誰だと思っているッッッッッ!」
万智緒は菊池をにらみ付けた。
「お前こそアタシをなんだと思っている」
立ち上がり、菊池の胸ぐらを掴もうとした万智緒。その手は見えない壁に阻まれ、菊池のライダースーツに触れられない。
【連合ちくわベース】のNPCは全て菊池の味方だ。彼女の危機にNPCたちは集まろうとする。
が、菊池は手で制して首を小さく振った。
「ちくライダーだ。アタシはちくライダーなんだ」
チラリとカオザツを見る。カオザツは菊池と万智緒を争わせたいのだろう。経験上見返りは用意しているはずだ。
菊池は万智緒の目をまっすぐ見た。
「ちくライダーに何かを語りたいなら、ちくわに乗ってレースで語れ」
それがちくライダーのルールだ。




