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22 アタシはメカジキステーキを食べるッッッッッ!

 風呂から出た菊池は、消耗して短くなったカツオ100%ちくわの前に座る。


 日は高い。と言うか、ちくフルはクエストが絡まない限り夜にはならない。ただし例外はある。食事の時だ。


 メニュー画面で時間を深夜に。空に天の川が現れた。


「ふむ、絶景絶景」


 ピットインの中の照明が厳かに光る。菊池はストレージを開けて()()()()()()()()()()


「メカジキステ~キ♪」


 青い猫型ロボット風に料理の名前を呼んだ。食べる前の菊池はテンションが高い。


「危ない危ない……」


 100g前後のメカジキステーキは無意識に動かされた箸によって、菊池の口元のギリギリ手前まで運ばれていた。彼女が自制しなければ、メカジキ消失事件が発生していただろう。


「蟹には負けないッッッッッ!」


 メカジキステーキは菊池の好物の1つだ。マカジキのように……ドカ食いは避けて味わいたい。


 メカジキステーキを皿に置いて深呼吸。ゆっくりと箸を動かす。






 メカジキマグロは他の魚に比べ、水銀が多く含まれている。厚生労働省によると妊婦や幼児は、週に80g以上の摂取は避けるべきとされている。


 まあちくフルはVRゲームなので問題は無い。






 菊池の動かす箸が鮮やかに焦げ目の付いた肉に触れた。強い理性によって制御された箸は、魂が宿るかのごとく丁寧に身をほぐす。脂の匂いで菊池の意識が飛びかけたが、どうにかこらえる。


 箸の先端が小さくほぐされた身を摘まんだ。慎重に菊池の口に運ばれ、舌に乗せられた。脂の風味、遅れて肉の甘味と旨味。


 舌が口に納められ、モゴモゴと動く。ピンチに覚醒するバトル漫画の主人公のように、クワッと彼女の目が開かれて顎の動きが加速する。


 とうとう喉が動いた。咀嚼されたメカジキステーキが、菊池の操作するアバターの胃袋に入ったのだ。


「ふおおおおおお……蟹には負けんッッッッッ!なんぼのもんじゃあああああああッッッッッ!」






 5分後。


「消えた……消えた……なぜ……」


 菊池はドカ食いの衝動に負けた。善戦はした。善戦したのだ。善戦したのに……


 しょせんVR。腹は膨れない。なのに菊池はゴロンと横になった。まるで牛だ。


「こうなったら、あの動画を見て食べたつもりになろう……」


 弁当は、もう無い。もう、無いのだ。






 ■





「参ったな。味噌汁もっと飲みたかったのによ……」


 ふてくされた駿馬に、NPCが耳打ちした。


「えっ、蟹が獲れた?ワタリガニ?」


 NPCが頷く。


「味噌汁旨いの?マジで?」


 別のNPCが金属製の鍋を持って来て、カセットコンロに火を付ける。


「良いの?こんなにもてなされて良いの?」


 NPCたちは親指を立てた。


「いや~マジか。後ろめたいなぁ♪」





 ■






「あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″……」


 菊池は床に向けてラッシュ。ビクともしないッッッッッ!


「この動画……どこで撮ったんだろ……」


 脳内にしか存在しないMPを枯らした菊池は、動画を観察する。


 イン率が廃人としては少なめの菊池だが、行ける場所の9割は訪れているはずだ。行けていない1割は有名な配信者が広告収入を課金につぎ込んで得たプライベートサーキットか、大手クランが支配する地域のみ。どちらも配信動画で観るだけは可能。菊池だって歯ぎしりしながら観た。


 駿馬の残した動画は全て隅々までチェックしてある。だが動画を撮影した地点は、漁港ということしかわからない。


「メカもマカも本マもミナミもキハダもメバチもメジもビンチョウもカツオもシャケも鯛も虎ふぐも鱧も鰻もドジョウも穴子もアジもイワシもタラもサバもイカもタコもノドグロもヒラメもカレイもキスもハマチもエビもシャコもハマグリもサザエもアワビもウニもアサリもシジミもホタテも鮎もマスもワカサギも鯉もヤマメも、えーとなんだっけ……色々食べたいけど、蟹が食べたいよぉ……」


 菊池は天の川に向かってラッシュ。効果は無いッッッッッ!


 言い忘れていたが、通貨として使われる貝類は摂取可能である。





「やっぱり、あのクエストの後編を進めなければダメなのかしら?」


 前編をクリアして動画デバイスを得たのだ。クエスト作成者が残した動画と関係無いはずが……


「『関係ありませんでした~♪』ってのがあり得るから怖いわー」


 駿馬はゲス野郎だ。深い付き合いのあるちくライダーは、誰もがそう語る。


 そんなゲス野郎となぜか馬の合う菊池が、他のちくライダーからどのように評価されているのか……いやいや、ちくライダーはだいたい同じ穴のムジナだ。


「そうだ」


 疾走中に得た動画と風呂場にあった動画の存在を思い出した菊池は、ストレージからそれらのデバイスを取り出し再生しようとする。






《この動画デバイスは、特定のNPCにしか閲覧できません》






「んー。どういうことだろ」


 今手元にあるのは『2/3』と『3/3』だ。日付で無ければ『1/3』が存在するはずだ。


「合体して閲覧できるようになるのかしら?でも……」


 気になるのは【動かぬ証拠】と言うタイトルだ。


 ちくフルのNPCには、はっきりとした悪人は存在しない。


 確かに『ヤ』が付く職業ーー薬剤師でも乳酸飲料を販売するお姉さんでも無い職業の外見を持つNPCは存在する。しかし全年齢向けらしく、外見と発言が怖いだけで気の良いおじさんでしか無い。


 言葉は理解できるが話が通じないNPCも存在するが、好感度が上がればバグを疑うレベルでデレる。


 NPCがプレイヤーに暴力を振るう時は、100%プレイヤーになんらかのマナー違反を起こしている。ちくフルのマナーの基準は厳しいので、一般的なプレイヤーはそのように解釈しにくいが。


「【動かぬ証拠】……気になる」


 特命を受けたコンビが、愛で棒を振るうような後味の悪い内容では無いだろう。もともとちくフルは『ちくわでレース』をするゲームだ。何もかもおかしい。


 クエストのシナリオライターも、苦戦している……とブログで愚痴を吐くほどだ。しょっちゅうライターの精神が崩壊して、矛盾以外見つからないシナリオのクエストが発見されるのは日常茶飯事なのだ。


「相対的に【菊池駿馬の弟子】が……神シナリオに感じられるわ……」


 それもまたちくフルの魅力だ。掲示板に晒してみんなでワイワイ騒いぐのが、一般的なプレイヤーの楽しみ方である。






 うんうん唸ってマップを見る菊池。マップには中継地点兼チェックポイントのピットインに至るまでの経路が、ちくフルにそぐわない深紅に染まっている。


「あっさり見つかると良いんだけどねぇ」


 ピットインから、最初に動画を見つけた結婚式場をなぞる。そこで手を止め、指をピットインに向けた。


「その先へ……」


 指をまっすぐ進め、結婚式場からピットインと同じくらいの距離で止める。


「菊池公園……」


 まさかとは菊池も思う。

補足


メカジキは水銀含有量が多いのですが、妊婦さんでも量を食べなければ大丈夫です。


週に80g以内なら問題無いそうです。


マカジキ、本マグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、キンメダイも水銀多めで、


マカジキ、ミナミマグロは週160gまで。


本マグロ、メバチマグロ、キンメダイはメカジキと同じ週80gまで。


妊婦さんだけでなく小さなお子さんもそのくらいにした方が良いみたいですね。


他にも水銀含有量が多い魚がいるので、『魚 水銀』でググると調べられます。関心のある方はどうぞ。


一般の成人の方は、アレルギーが無ければ大丈夫でしょう。




しかし80gに160g……


寿司に乗ってるネタが約8g。刺身一切れで20g以下。


メカジキの握りだったら10貫、刺身なら4切れ。メカジキステーキって80gでも結構ボリュームあるんで……そんなに食べられるだろうか……


マカジキは……食べたこと無いからわからぬ。

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