19 Mリスペクト
トラックトラックトラックトラック……
背後のデコトラがクラクション的な何かを鳴らしながら菊池を煽る。潔く止まる理由は無い。
律儀に左側通行を守る菊池は、身を傾けてガードレールの隙間から歩行者のいない歩道に入る。
ゲームでも轢くと後味が悪い。今まで見た経験の無いクエスト中の歩行者を、必死で確認しながら菊池は疾走る。
デケデケデケデケ……
ギター?いやまさか。
ちくわにバックミラーなど無い。サイドミラーもだ。恐る恐る振り向く菊池。
ギター音は、ガードレールが吹き飛ぶ効果音のようだ。何tだか菊池にはわからないが、デコトラのスペックは何をどう間違ってもちくわを上回る。
視界のマップを見る。ドローンのナビは正面。迫る右コーナー。左手は田畑ッッッッッ!
「農家の皆さん、ごめんなさぁぁぁぁぁいッッッッッ!」
菊池はウイリー。歩道のガードレールにぶつかり菊池は落下。真下は用水路。ウイリーを止めて、ちくわを水平に。シートに体の一部が乗っていれば落下の衝撃で放り出されることは無い。
ケロケロケロケロケロケロケロケロ……
「普通の効果音は無いのかああああああああああッッッッッ!」
上手く用水路に落ちたちくわ。水没したが、水路の底や壁際に菊池が触れなかったのでセーフのようだ。
水浸しの菊池を乗せ、ホバークラフトのように用水路を進むちくわ。リソースは後半分が8%減少。思ったよりも損害は少ない。
トラックトラックトラックトラック……
後方頭上の陸橋からクラクション。まずい、と思ってもちくわにアクセルは無い。できるだけ速く落下地点から離れたいが、全力のウイリーと水面への着地で速度は5チクワンまで減少。
「うわあああああああああああッッッッッ!」
この物語はドラゴン●ールでは無い。叫んでもちくわの速度は上がらない。
デケデケデケデケ……
デコトラがガードレールを粉砕。落下には効果音は無いようだ。
菊池はウイリーして用水路から脱出を試みる。フェンスに乗り上げたが……速度が足りずにちくわがずり下がる。やけくそで右に体重をかけた。ちくわは水面に平行になる。
ちくわを水面に戻そうとした菊池。しかしちくわは予想外の挙動を見せた。そのままフェンスの上……横を疾走ったのだ。
サーキットで同じようにガードレールを疾走ったちくライダーはいた。メリットが無いように思ったのでその技術は身に付けなかった。まさか使い道があったとは。
ちなみにこの技術は『Mリスペクト』と呼ばれている。『M』は運転免許を持たないスタッフによって制作された、伝説のアニメーションから取ったそうだ。
ケロケロケロケロケロケロケロケロ……
ポンポコピー!
先ほど味わった効果音。そして……知っているが、想定外の効果音。まさかデコトラと水面がぶつかった音でもあるとは。
ちくわはフェンスに平行に疾走って、デコトラの落下地点から離れていく。ちくわの速度は10チクワン。用水路に黒い液体が流れるのを見た。
空に向けて体をひねる菊池。よじれたちくわは空へ向かいフェンスを登る。ここで菊池は立ってちくわの先頭へ。同時にリバースし、その勢いで彼女はフェンスの向こうへ飛ぶ。リバースで水面を打ったちくわも、弾んで宙へ。リバースそのものは中断された。
ホーホケキョ!
爆発と呼ぶには難解な効果音。ワイヤーを限界まで伸ばした菊池はすかさずリワインドし、ちくわの角度を変えて着地。爆風がちくわの底をあぶる。その陰の菊池はまだ無事だ。
爆風の影響で、空中のちくわは横転する。底からちくわが着地する瞬間にクロック。底で着地したのも、最高のタイミングでクロックを決めて横転の勢いを殺したのも偶然。
「上手く行くなんてね……」
その場しのぎの思い付きで実行した菊池は驚いた。このクエストは録画してある。後で投稿することに決めた。
「今は先に進もう」
Mリスペクトと偶然の着地でリソースは大きく減った。マップを見る限りまだ序盤だ。
トラックトラックトラックトラック……
トラックトラックトラックトラック……
トラックトラックトラックトラック……
背後の田畑の向こうに砂ぼこり。何者が上げてるのか言うまでも無い。
「逃げるしかないわね……」
ちくわでデコトラ相手にチャージすればどうなるかを、試す勇気は菊池には無い。
ドローンがナビする方向は農道。デコトラどころかトラクターが通れるかも怪しい。轍が無いから通れないのだろうと判断。農道の両脇は水田。デコトラは通れまい。
菊池は農道を進む。前後をカツオ100%にしたのは正解だった。デコボコ道がちくわの底を擦る。リソースは前78%、後64%。
正面は今のところ障害物無し。右手の住宅地には異変無し。左手の土手の上には……デコトラが1列になって疾走っている。土手が崩れないのか菊池は不安になった。
「こんなのラリーじゃないわ……」
少し余裕があるので苦情をGMコール。少しは気持ちが落ち着いた。
田園を抜け、住宅地の入口へ。十字路の左の先にデコトラが見えた。菊池は直進。道の先にデコトラ。反対車線にもデコトラ。バス停の前に停車しているのもデコトラ。背後に迫るクラクションもデコトラ。
デコトラ、デコトラ、デコトラ……
効果音では無い。菊池の中でデコトラがゲシュタルト崩壊しただけだ。
トラックトラックトラックトラック……
反対車線のデコトラがクラクションを鳴らし……進行方向を菊池に向けた。
「もうこのゲームは……」
菊池は重心を思い切り右に傾ける。
「全年齢向けとは呼べないでしょうがああああああああッッッッッ!」
菊池へと向かうデコトラの右側をすり抜け、絶賛営業中のスーパーに突っ込む。スーパーの名前は『スーパークビレ』。ナビで知ってはいたが。
「紛らわしいんじゃあああああああああああッッッッッ!」
店内に人はいない。積んである缶詰やトイレットペーパーを吹き飛ばして別の出口を目指す。無人だがなぜかラーメンの匂いを漂わせるフードコートを突っ切り、カートの並んだ出口を通る。
そこは駐車場で……停車している車両は全てデコトラだった。
M = マッハ
スタッフはクルマのことを全く知らないので、かえって固定観念に縛られない作品になったそうです。




