第66話 長子と末子
戦場に現れた巨大な氷は、ヴァーグナーが作り出した氷だろう。近づきつつ、一応斥候を放ったらヴァーグナーが無双していることの確認が取れたので、騎乗して急行する。このお馬さんは殺したくないので、最前線付近まで来たら下馬してグラミリアンに乗らせて帰らせる。……いや臆病なのは分かっていたけど本当に帰るんかい。主君の一騎討ちを見届けないのはもう逆に清々しいわ。
俺の事を視認するなり、ヴァーグナーは炎と氷の球を連射するけど当然通らない。挨拶が炎と氷の球って酷いな。俺が2発撃っただけでガス欠するレベルの魔法を一度に数十も撃つの止めてもらえませんかね。
「久しぶりだな、兄上」
「今更貴様と語ることなどあると思うか?外道」
久々に会ったので、声をかけたら炎の鞭が飛んでくる。そういえばこいつの大事な息子を誘拐したまんまだった。というかそれ以外にも外道と言われる心当たりが多すぎてちょっとだけ自己嫌悪に陥ったよ。ちょっとだけ。
……俺が15歳だから、ヴァーグナーは24歳か。24歳ってたぶん人生で、一番身体が動く時期なんじゃないかな?さっきからおぞましいレベルの魔法を連打し続けているし、魔力量が桁違いなことは分かっていたけど、ここまでの差を見せつけられるとへこむ。
別に、ヴァーグナーに虐められていた過去はない。年の差もあり、ヴァーグナーの視界に俺は入ってなかった。分割相続とはいえ、クラウス公爵の座を受け継ぐヴァーグナーに対して、俺はディール公爵領のフェンツ伯爵領のみ。
天と地ほどの差、とは言わないけど高尾山とエベレストぐらいの差はあったんじゃない?もしも俺が前世日本人とかじゃなければ、領土を没収されて一生軟禁生活か、それか単純に戦場で殺されていたかのどちらかだろう。
いつでも、自分の地位の全て奪う可能性がある兄弟という存在。その長子と末子が向かい合って殺し合いをするのは、この世界では普通のことだ。王同士じゃなくても、公爵同士、伯爵同士、男爵同士。何なら農民ですら、土地が狭くなったら兄弟で争う。
文明が進んだ日本でも、相続で何も揉めない、なんてことは少ないだろう。土地、家、現金、趣味のグッズ……果てにはポイントカードに貯まっているポイントですら、遺恨の元となる。
ヴァーグナーから一方的に魔法を撃たれ続けること数分。背中側に仕舞っていた爆弾は全て誘爆して背中がズルむけになり、用意していた硫酸を投げようとしたらそのビンを壊され、気化した硫酸を吸い込んでしまいむせる。容赦ねーなあいつ。
おそらく硫酸のせいで顔は爛れ、酷い有様になっているだろう。回復するとはいえ、数時間はこのままなんじゃないかな。冷静に魔法を撃ち続けているヴァーグナーは、すげえイケメンなのもムカつく。本当に、何でも持って生まれた男と、生まれた時点では何も持てなかった男の喧嘩だなこれ。
別に一騎討ちってわけじゃないから、ヴァーグナー以外からも魔法は飛んでくるけどうちの不死身の奴隷が文字通り肉盾になってくれているので被害は少ない。そろそろ仕掛けようかと思って鞭を持ったところで、明らかに今までの氷の塊とは違う先の尖ったドリルのような氷がヴァーグナーの頭の上に浮かぶ。
そしてその周囲を螺旋のように駆け上がる炎の渦。何あれ格好良い。氷と炎の相反する属性魔法を高いレベルで操りながら、汗1つ流さないのもポイント高い。それが高速で俺に近づいて来たけど、回避する手段も防御する手段もないわ。
……今まで氷の刃は何度か撃たれたけど、かすり傷すら負わなかった俺の身体の胴の部分にそのドリル状の氷は突き刺さり、刺さった部分の周囲の熱が急激に奪われていくのを体感する。ついでに炎の渦が当たっているところは超熱い。熱湯をずっと浴びせられている気分。
火炎耐性、冷凍耐性は当然MAXなんだけど、それでもこのダメージということは相当な高温と低温だな。痛みも出てきたし、身体が動き辛いからかなり不味い。……こんな状況でも生きているって、どういう状態なんだろう。
ドリル状の氷を抜くために、両手で氷を掴むとあまりの冷たさに手が動かなくなる。うわやべえ。触れた瞬間に手が凍るレベルかよ。どれだけ強烈な魔法を使っているんだ。
仕方がないので、後方の奴隷に指示を出してゼロ距離砲撃を撃ち込んでもらい、何とか氷を俺の身体から追い出す。砲兵が前線にいる時代じゃなかったら死んでたかもな。そうこうしているうちにドリル状の氷が2発目、3発目と飛んでくるけど、近くの奴隷を投げ飛ばして対応する。お前らも耐性つけろ。どうせ死なん。
距離が空いたので、今の内に奴隷達にアーティファクトを持って来るよう指示。そして靴の中に仕込んでいた、デメリットしかないアーティファクトを持つ。
見た目は、小さなハーモニカのようなもの。それを一度吹けば、たちまち相手が洗脳される便利なもの……だったら良かったのに。
実際には、このハーモニカのようなものを吹くと身体が燃えます。……これによる、メリットは特にない。使用者は、火炎耐性やら再生能力やらの耐久力が凄まじく高い状態じゃないと、まず死ぬ。身体が燃えるもん。そりゃ普通は死ぬよ。
しかも別に音色は良いものじゃないというか、平凡だし製作者は何を考えていたのか分からない逸品。まあでも使用者に「燃えている」という状態をいつでもどの状況でも付与できるこのアーティファクトは、使用者本人が燃えていても大丈夫なら使える。耐性上げに重宝してるし。
さて、前世の知識を利用した戦い方を今からしよう。その戦い方の名は「全身火ダルマ抱きつき戦法」だ。爆弾を持っての自爆特攻は、爆弾を接近する前に爆破されると特攻すら出来ないが、これなら俺の気力が尽きぬ限り、何度でもトライすることが出来る。




