第65話 決戦
元孤児の中でも選りすぐり諜報員3人がマシア王国に潜入したけど、帰って来たのはウェインという諜報員1人だけだった。こいつが同期の出世頭2人を殺した可能性について最初は疑ったけど、どうやらマシア王国の王はかなり強固な王権を持っているようで、スパイは見つけ次第殺すような国らしい。うちでも即惨殺はしないことを考えると、かなりヤバイ国だな。
そして得られた情報としては、まずこのマシア王、元々は第二王子だったらしいけど王に対してクーデターを起こして政権を奪取。父親を国外追放すると共に、兄妹13人を全員殺している。まるで女王バチみたいな奴だな。生かしておくといつ何時王位を請求されるか分からないし、兄妹を皆殺しにする気持ちは分からなくはないけど。
そして兄弟が全員殺されたということは分割されるはずだった直轄地をそのまま引き継いだということで、そこから徐々に王権を高めた結果、うちのような独裁体制に入っているとか。この世界、独裁体制の方が国内は平和って皮肉だよな。まあ王権が弱い国はそこに付け込んで封臣達が好き勝手するから国内の戦争が増えるだけだけど。
……どの世界のどの時代も、兄弟での後継者争いというのは発生する。みんな大好きフリー素材偉人の織田信長も弟を殺しているし、女体化する必要のない英雄ジャンヌダルクが活躍した百年戦争なんか元々は後継者を主張した者同士の争いだ。
血が繋がっているからこそ、一番怖い相手。本人が相続を放棄したとしても、その者の生まれや血筋は変わらない。いずれ家臣に担がれて、再度相続を要求するかもしれない危うい存在なんか、殺しておくに限る。
聖王ヴァーグナーに対し、俺が唯一持っている正当な確固たる請求権。クラウス公爵領に対する請求権を行使する。戦争名はディール王国のパルマー・K・ディールによるクラウス公爵領請求戦争だな。
前にヴァーグナーの息子を攫った時も同じ理由でカルリング帝国に対して宣戦布告して、それはまだ休戦中のはずだけど、ヴァーグナーが独立した時にカルリング帝国がカルリング王国になってクラウス王国が誕生したから有耶無耶になったままです。なので改めて宣戦布告。いよいよあの長男と、決着を付ける時だ。
一番最悪のシナリオはこの兄弟喧嘩でお互いに疲弊したところをアルフレートに漁夫の利されることだけど、ボルグハルト王国が地震と疫病のダブルパンチで動けないのは確認済み。南のエストアニ王国は王の軍が壊滅状態な上、内乱でそれどころではない。
東のレナート帝国が宣戦布告してきても、シュルト公国とジェレミアス公爵が盾になってくれることは確約済みなので安心して叩ける。なお嫁の実家相手なのに結構な量の食料と武器を提供しないといけなかった模様。外交って難しいな。まあシュルト公国からは塩を、ジェレミアス公爵からは大量の鉄を貰ったから別に良いけど。
農民兵まで動員して、ほぼ全軍を動員したディール王国軍の内訳は常備軍が2500人と、不死身の奴隷兵が1000人、精鋭の奴隷兵が2000人、普通の奴隷兵が2000人。農民兵という名のパルパル教狂信者が2500人なので合計1万人です。これだけ兵の数が多いと、兵站の確保も大変だけど幸いクラウス公爵領はディール公爵領のお隣だ。
ディール公爵領内のインフラは拡充し続けているし、乾物は大量に作っているので戦地で飢えることはないだろう。水は魔法で作ることが出来るけど、魔力の無駄遣いになるので基本は略奪か現地調達です。水を運ぶのはめっちゃ大変だししょうがない。いざという時のための水ぐらいは持って行くけど、クラウス公爵領の井戸や川はちゃんと覚えているので問題ないです。
対峙しに来たクラウス王国の兵数は7000人程度で、同盟国カルリング王国の兵は3000人。向こうも1万人と五分の大軍だけど、兵の練度はこちらの方が上。特に不死身奴隷と精鋭奴隷は他領の常備軍より明らかに強いし、負けることはないな。
とか思っていたら開戦していきなり正面の不死身部隊が苦戦をする。不死身の奴隷兵と精鋭の奴隷兵だけの、文字通り不死身部隊が押されているのだ。相手の正面は、かなりレベルの高い魔法使いだけで構成されているようで、不死身部隊がまず接近すらできないという事態に陥る。完全に火力不足だ。
そこへ両軍が大砲を撃ち込むけど、不死身部隊に大砲は効かないし、敵の精鋭部隊も魔法で大砲の弾を撃ち落としている。これは必然的に、長期戦になりそうだな。向こうの魔力が尽きるか、こちらの根気が尽きるか。まあこちらの根気が尽きることはないだろうから、向こうがいつまで時間稼ぎを出来るかかな?
……側面の方は互いに常備軍を左右に分割して回り込もうとしているけど、ヴァーグナーの常備軍と俺の常備軍のレベルはほぼ同じか。傭兵団を取り込み、あれだけ過酷な訓練を施して互角とか向こうも相当練度高いな。
局地的には普通の奴隷兵と農民兵の混成部隊がカルリング王国の部隊やヴァーグナーの農民兵を相手に辛勝しているし、正面の奴隷がぐちゃっとなっては復活している分はこちらが有利だけど、簡単には勝てないか。この平原を決戦の地に選んだのは俺の方だけど、この地で訓練している分は向こうに地の利がある。
そして正面の魔法が飛び交っている地域に、一際大きな氷の塊が空中に現れる。……居場所を隠す気ないなあの聖君。ああしていれば、俺が釣れるとでも思っているのだろうか。




